試合に遅刻
プロ野球の試合を開始する時刻になった。
しかし、困ったことがある。まだ審判が球場に到着していないのだ。
「何か事故でもあったのでしょうか?」
球場のスタッフが心配して、携帯電話で確認してみると、タクシーで向かっている最中だという。今日の審判全員が、同じタクシーに乗っているのだとか。
事故などではなく、のんびりしていての遅刻だそうで、
「どのくらいで到着できますか?」
いらいらしながら尋ねるスタッフ。
「たぶん十、いや、八分以内には。で、試合の方は始めちゃってください。あと、この電話は切らないで」
変なことを言ってくる。審判がいないのに、試合を始めろなんて。
とはいえ、球場に向かってきているのは、本当のようだ。たぶん十、いや、十五分以内には到着するだろう。
とりあえず、片方のチームの先発投手には、マウンドで軽めの投球練習をしていてもらう。
すると、電話の向こう側から、
「えーと、今のはストライク! あと、球場にいるテレビ局のカメラさんに、もっとキャッチャーミットを拡大するよう言ってください。それと放送室に行って、この声を球場内に流してもらってください」
タクシーの中で現在、ワンセグの映像を見ているという。球場に到着するまでは、こうやって試合の判定をする気らしい。
「とにかく急いでください!」
そう言うとスタッフは、球場にいるカメラマンに、キャッチャーミットを拡大してくれるよう頼みに行く。
なんで、こんなことをしなきゃいけないんだろう。放送室にも寄らないといけないし。うう、急がないと。
一方、タクシーの中では、運転手が次のようなことを考えていた。
助手席にいる審判と球場スタッフとのやり取り、それをさっきから聞いていたが、
(何だか面白そうなことをしているから、少し遠回りしちゃおうかな♪)
何気ない顔で最短ルートから、別のルートに変更する。
数分後、片方の耳にイヤホンをつけると、ラジオをオンにした。
助手席とラジオから、まったく同じ声が聞こえてくる。
「プレイボール!」
ちょっとしたイタズラ心から、運転手も叫んでみる。
「プレイボール!」
すると、自分の声がラジオからも聞こえてきた。
ハンドルから片方の手を外して、小さくガッツポーズをする運転手。
その直後だ。
助手席にいる審判からも、後部座席にいる審判たちからも、
「今、大事な試合中なんで、静かにしてください!」
次回は「ケーキ」のお話です。




