変則DH
監督は一人で部屋に籠もって、考えごとをしていた。
今日の試合、そのスターティングメンバーをどうしようか。
ある程度は覚悟していたものの、いざとなると、ここまで悩むことになるとは思わなかった。
今シーズン、自分たちが加盟しているリーグでは、一部の試合において、特別なルールが適用される。『変則的な指名打者制』だ。
これによって、ここムー大陸における野球の歴史が、大きく変わることになるかもしれない。
指名打者制の可否については、これまでも、たびたび議論されてきた。
そういった中で、折衷案として出てきたのが、今日の試合で適用される『変則的な指名打者制』だ。
その内容を端的に言うなら、次のようなものになる。
試合の前半は『指名打者制あり』で、試合の後半は『指名打者制なし』という野球だ。
試合が始まってから「打順が二巡りするまで」は、『指名打者制あり』。
二巡りしたあとは、『指名打者制なし』だ。「その時点で試合に出ている投手」が、指名打者の打順に入ることになる。
そんな投手に対して、代打を送ることは、もちろん可能だ。しかし、それをすると、投手は降板扱いになる。その試合ではもう、投げることができなくなる。
投手が好投している場合や、チームの中継ぎ事情によっては、代打を送らずにそのまま打たせる、というのも選択肢の一つになってくる。
これが、『変則的な指名打者制』の概要だ。
リーグ運営本部の言葉を借りるなら、以下の利点があるらしい。
先発投手でも、試合の後半まで投げ続ければ、自ら打席に入ることができる。投手が打席に立つチャンスを、完全に奪ってしまうわけではないのだ。
他にも利点がある。投手交代のタイミングをどうするか、ここで代打を送るべきか、そういった作戦面の駆け引きも残すことができる。
と、いいことずくめのように運営本部は言っているが、これがうまくいくかどうかは、実際にやってみないとわからない。
まずは少しだけ試してみて、ファンの反応を調べ、それを参考に、来シーズン以降の導入を検討するのだとか。
監督の立場としては、正直なところ、この『変則的な指名打者制』を歓迎していない。
というのも、野球解説者が口をそろえて言っているのだ。「この『変則的な指名打者制』は、監督の力量が大いに問われるだろう」と。
そのせいで、余計なプレッシャーを感じている。
さて、間もなく試合だ。そろそろ決めてしまわなければならない。今日のスターティングメンバーをどうしようか。
この『変則的な指名打者制』において、重要になりそうなのは、次の二点だと思う。
今日の試合の指名打者を、誰にするのか。
そして、その打順を何番にするのか。
試合開始時の指名打者には、三巡目の打席が回ってこない。
打てる回数に制限があるという意味では、「代打」に近い存在なのだが、大きく異なる点がある。
代打と違って、任意のタイミングで使えるわけではないのだ。チャンスの場面で打席に立てるかどうかは、打順の巡り合わせ次第。
一方で、試合の後半には、投手が打席に立つことになる。
それがチャンスの場面なら、代打を使った方がいい。
つまり、この『変則的な指名打者制』においても、ベンチに代打要員は必須なのだ。打てる選手をまだ残しているとなれば、相手チームに対して、多少なりとも警戒を強いることができる。
監督として、本当に頭の痛い問題だ。チーム内の限られた攻撃力を、試合の「前半」に傾けるのか、試合の「後半」に傾けるのか。
うーむ、試合開始時の指名打者を誰にしよう?
育てたい若手に、一軍での出場機会を与えるか。それとも・・・・・・。
そのあと十分近く悩んでから、ようやく迷いを断ち切った。色々と不安はあるものの、今日のスターティングメンバーは、これでいこう。
両チームのスターティングメンバーが、次々と発表されていく。
ファンの注目は、やはり指名打者だ。
先攻のチーム、その枠に入ったのは・・・・・・む? 先発投手?
さらに後攻のチームも同じだ。先発投手が指名打者の枠に入っている。
これでは、指名打者制がないのと同じことでは・・・・・・。しかも、どちらも九番バッターだ。
球場内がざわつく中、両チームの監督は相手側のベンチを見て、「ですよね」という顔をしていた。
新しいことに挑戦するのだ。どうしても最初は、手探りになる。
その上で試合に勝とうとするのだから、まずは自分の慣れているやり方でいく。これが一番だ。
次回は「大掃除」のお話です。




