ボールと盆栽
間もなく百歳になる老人が、街中の一軒家に住んでいた。
趣味は盆栽で、そのコレクションは二〇以上だ。庭の一角に棚を設けて、所有している盆栽すべてを、そこに並べていた。
老人は昔を思い出して、長い息を吐く。
三〇年以上も前から、この盆栽棚は今と同じ場所にあった。
そして年に十回は、野球のボールが飛んできたものだ。この近所には空き地があって、子どもたちがよく野球をしていた。
あの当時、大事にしている盆栽を、いくつも破壊された。その場面の一つ一つを、今でも鮮明に思い出せる。それほどのショックだった。
だが、あんな思い出のどれもこれもが、今となっては心から懐かしい。
最近は本当に静かになった。もう野球のボールが飛んでくることはない。
しかし、そこに疑問がある。
野球どころかキャッチボールまで禁止する公園が、全国的に増えているそうだが、近所の空き地は違う。
未だに、子どもたちが野球をやることを禁止していない。大人には門戸を閉ざしているが、子どもたちには野球に触れる機会を開いている。
そのため最近でも、真新しい野球道具を持って、あの空き地に向かう子どもたちを、当たり前のように見かける。
子どもたちは今でも、あの空き地で野球をしているのだ。にもかかわらず、この家にボールは飛んでこなくなってしまった。
子どもたちの体力が低下した、というのが原因だろうか。
もしそうなら、残念でならない。今の時代の子は、ホームランを飛ばす力もないのか。近所で見かける子どもたちの中には、体格の良い子も混ざっているのだが・・・・・・。
ひょっとして、子どもたちの体力が低下したわけではなく、他に原因があるのだろうか。
この辺りの風景も、昔と比べて随分と変わった。背の高い建物が増えた。そのせいで風の流れが、大きく変わってしまったのかもしれない。それでホームランが出なくなったのかも・・・・・・。
老人は再び、長い息を吐いた。こうして昔を懐かしむことが、最近は本当に多くなったように感じる。
実を言うと、今でもたまに聞こえてくるのだ。ボールが飛んできて、盆栽をかち割る音が。
そんな時は急いで、庭の盆栽棚に目を向ける。しかし、コレクションは一つとして欠けていないし、野球のボールが地面に転がっていることもない。
(空耳か・・・・・・)
老人は寂しさを感じずにはいられなかった。
野球場で見る野球もいいが、ああいう空き地や公園でやる野球こそが、子どもたちの野球に対する原体験としてふさわしいだろうに・・・・・・。
老人はうつらうつらし始める。数分後には寝息を立てていた。
ちょうどその頃、近所の空き地では、子どもたちが野球を楽しんでいた。
試合中に一人の女の子が、大きなホームランを放つ。
老人の家のはるか上空を、ボールは軽々と越えていった。さらにずっと先にある高齢者向けのマンション、そのベランダへと到達する。
このマンションでは以前から盆栽が人気で、多くの住人たちが自分のコレクションを、ベランダの日当たりの良い場所に並べていた。
そういうわけで、今日も盆栽を派手にかち割る音がする。
たしかに、三〇年前と比べると、子どもたちの体力はいくらか低下しているかもしれない。
だが、野球道具の性能向上はすさまじかった。特に、バットの飛距離は大幅に進化している。
子どもたちの打ったホームランが老人の家に飛んでくる、そんなことは、空中にいるカラスにでもボールが命中しない限り、もはやあり得ないのだった。
次回は「野球部の女子マネージャーたち」のお話です。




