検死の結果
ある殺人犯の検死作業が終わった。
そのあとオフィスに戻る途中、深夜の廊下で、俺は見知らぬ女と出会った。
「これを渡しに来た」
女は無表情に告げると、こちらの白衣のポケットに、複数の札束を押し込んでくる。
俺には、わけがわからない。とりあえず、思ったままを口にしてみる。
「人違いでは?」
返ってきた答えは、冷たい銃口だった。俺の顔の前に、黒い穴を突きつけてくる。
「私の個人的な感想だが、あの男の死因は、車によるものではないと思う。いいな?」
女からの圧力に、俺は屈した。黙ってうなずく。今ので、わかった。彼女がここに何をしに来たのか。
「驚かせてすまなかった。こっちも仕事だ。悪く思わないでくれ」
そう言うと女は、俺のポケットに札束を残したまま、足音を立てずに去っていった。
それから一時間後。
俺はオフィスの中にいた。一人でコーヒーを飲んでいる。いつも検死が終わったあと、報告書を書く前には、こうしているのだ。
コップを置いて、しみじみと考える。それにしても、運のない犯人だ。逃走中に、あんなことになるなんて。天罰というのは、本当にあるのかも・・・・・・。
しかし、検死の報告書に、「死因は天罰」と書くわけにもいかない。
この犯人、若い女性を殺害して逃走中、ものすごい災難に見舞われたのだ。
まず、殺人現場の建物を出てきたところで偶然、警官たちと遭遇した。焦った男の発砲により、銃撃戦が開始。警官たちの撃った弾が数発、男の体に命中した。
さらに、その場にたまたま駐まっていたために、犯人の男が遮蔽物として使っていた宝石会社の車、それが突然の大爆発を起こした。ガソリンに引火したものだと推測される。
いきなりの爆風に吹き飛ばされて、男は近くにあった高速道路へ。そこで三台の車から立て続けに、バレーボールと同じ扱いを受けた。
宝石会社の車と、そのあとの三台の車、この四台はメーカーこそ違うものの、いずれも高級車だ。
犯人についての話を続ける。
最後の車にレシーブされたあと、高速道路の外へ一直線。その先には老舗高級ブティックがあり、店のショーウインドーを突き破った。
そこに偶然いたのが、世界的に有名な映画女優だ。
驚いた彼女はとっさに、男を全力で蹴り上げた。
街の監視カメラの映像によると、警官たちの撃った弾が命中してからここまで、わずか五秒の間に起きた出来事だ。
しかし、男の災難はまだ続く。
女優に本気のキックをお見舞いされて、高級ブティックを門前払いされたあと、道路を走ってきたバイクと正面衝突した。
このバイク、愛好家の間ではものすごい値段で取引されているそうで、「走る化石」と呼ばれているのだとか。
よほどオーナーの手入れが良かったようで、かなりのスピードが出ていたらしい。
男は公園の方へと、ゴルフボール同然に飛んでいく。
公園内の池に落ちれば良かったのだろうが、わずかに届かず、その手前の地面に激突した。
さらにさらに、犯人を不幸が襲う。
この上空を飛行中だったヘリコプターが突然、制御不能に陥ったのだ。パイロットは緊急脱出し、機体だけが男のすぐそばに墜落してきた。
そして爆発、大炎上。
その余波で、男は池ポチャした。
かに思えたのだが、飛びすぎてしまう。池の反対側まで弧を描き、再び地面に叩きつけられた。
そこに最後の不幸が舞い降りる。
公園に隣接する野球場から、場外ホームランが飛んできたのだ。しかも、頭部にクリーンヒット。
警察が公園に駆けつけた時、男は絶命していた。
以上、警官たちの弾が命中してから、たった十秒間の出来事である。
で、その死因を俺はこれから、報告書に書こうと思うのだが・・・・・・。
机の上には今、コップの横で、大量の札束が積み重なっている。
会計記録には残らない、その裏で忍び寄ってきた金だ。俺が黙ってさえいれば、出所のわからない金。
今夜、俺を訪ねてきたのは、最初の女だけではなかった。あのあとも、女の同業者と思われる連中が、ぞろぞろとやって来たのだ。
この事件、あまりにも無茶苦茶すぎて、朝になったら世界中のニュースで、面白おかしく取り上げられるだろう。
そうなったら当然、犯人の死因にも注目が集まる。色々なことが起きたが、どれが犯人の命を奪ったのか。
たとえば、それが自社の高級車によるものだったら・・・・・・。
そんな不安を抱いた者たちが、秘密裏に行動を起こしたのだ。それぞれが裏社会の専門家を雇い、俺にメッセージを届けさせた。
その結果が、こうして机の上の札束になっている。
俺はまだ、犯人の死因を誰にも話していない。
検死作業をしたのも、自分一人だ。他人の手は一切借りていない。俺が報告書に書いた内容が、そのまま奴の死因になるという状況。
札束の山を見ながら、頭の中で一つ一つ整理していく。宝石会社はあった。自動車メーカーも全部あった。老舗高級ブティック。それから・・・・・・。
残っているのは二つ。警官たちの発砲と、場外ホームランだ。
どちらも本当の死因ではないのだが、この際仕方がないだろう。
俺も警察側の人間だし、
「死因はホームランでいいか」
報告書にペンを走らせた。
次回は「入手困難なチケット」のお話です。




