表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/85

南極大陸、目的の場所へ

 男は南極大陸を歩いていた。


 そして、唐突とうとつさけんだ。


「こんなこと、だれが決めたんだよ!」


 あたり一面にさえぎるものがほとんどないため、声は遠くまでひびいていく。


 そのあと男は、いらいらしながら視線を横へと走らせた。


 五メートルほど離れた場所を、カメラマンが歩いている。重たそうなカメラをかまえていた。今の叫びに対して、ほがらかな笑顔を向けてきている。


 この旅に同行しているのは、カメラマンだけではなかった。番組制作会社の人間が他にも数人。彼らはカメラの撮影範囲に入らないよう、後方から静かについて来ている。


 どうして、このような状況になっているのか。


 男は現役のプロ野球選手で、ある記録を二か月前に達成していた。


 それこそが、この旅の原因だった。


 プロ野球の世界には、いくつか変な習慣が存在する。その一つが、「記念のボールを本人自ら、特定の場所に置いてくる」というものだ。


 たとえば、初ヒットのボールなら、日本国内に数か所の候補地がある。


 一方で、達成者が少ない記録ほど、とてつもなく辺鄙へんぴな場所だったりする。


 男は二か月前、ある試合においてホームランを打ったのだが、それは普通のホームランではなかった。


 代打サヨナラ満塁ホームランだ。


 しかも、その試合の勝利を決めるだけでなく、その年のリーグ優勝も決める一打となった。


 で、試合のあとに、「記念のボールを置いてくる場所」を調べてみたら、「南極」だった。それを知った瞬間、頭の中がホワイトアウトした。


 そういうわけで、せっせと南極行きの準備をしていたところ、あるテレビ局が接触してきたのだ。


 南極の旅にかかる費用を全額負担するから、その様子をらせて欲しいと言ってきた。年末の特番にするらしい。


 そんな経緯があり、こうして番組制作スタッフたちを引きれながら、男は南極大陸を歩いているのだった。


 同行している彼らに対して、これといって不満はない。


 この極限状況の中、本当によくやってくれている。テントや食料などの荷物は、彼らが代わりにはこんでくれているのだ。


 そのため、男自身が背負せおうアウトドア用リュックサックの中身は、ほとんどが「私物しぶつ」である。


 しばらくして、カメラマンが機材のバッテリーを交換し始めた。雪上を歩きながらだというのに、さすがに手慣れている。


 このタイミングで、他のスタッフたちが追いついてきた。全員が明るい顔をしている。


 その理由をたずねてみると、


「あと二百メートルほどで目的地です!」


 彼らの一人が興奮気味にかたり、南極大陸の地図と一緒に、GPS端末を見せてきた。


 この朗報ろうほうに、男は元気を取り戻す。ついに、ここまで来ることができたのかと思うと、感動せずにはいられなかった。


「さらに、南極点も近いです」


 これも朗報だった。


 南極点のすぐそばにある基地から、帰りは空の旅になる。セスナ機がむかえに来てくれることになっていた。


 自分の足で南極大陸を歩くのも、ようやく終わりが見えてきた。


 バッテリー交換が済んだと、カメラマンが伝えてくる。


 すでに男の頭の中では、番組風のナレーションが流れ始めていた。さあ、間もなく目的の場所です。


 その場所までは、数分しかかからなかった。


 雪と氷の地面に広がる、大きな割れ目。この巨大なクレバスこそが、今回の旅の目的地だ。


 ひとしきり喜んだあとで、男は持ってきた記念のボールを、クレバスの中へとポイする。あの試合の「代打サヨナラ満塁ホームラン」のボールだ。


 偉大なる先人たちが積み重ねてきたげんかつぎ。これをしておくと、のちのち野球関連のことで、大きな幸運が舞い込んでくるのだとか。


 そして、少し休憩きゅうけいしたあとで、次の目的地に向かって歩き出す。


 そう、南極点だ。






 数年後、十人の男たちが南極大陸を歩いていた。


 間もなく目的地だ。


 数分後、南極点の近くにあるクレバスに到着する。雪と氷の地面に広がる、大きな割れ目だ。


 その場所に、こうして一人の脱落者も出さずに、十人全員でたどり着くことができた。


 あとは、予定していた作業が済み次第しだい、南極点を目指めざせばいい。


 南極点のすぐそばにある基地から、帰りは空の旅になる。セスナ機が迎えに来てくれることになっていた。


「それでは作戦を開始する。例のボールを回収するぞ。各自くれぐれも、安全には注意してくれ」


 ここでの作業の役割分担は、日本にいる間に決めてあった。


 クレバスの中に降下するのは、特別なトレーニングをつんできた二人だ。他の八人は地上に残り、サポートにてっする。


 この十人は全員が、あるプロ野球球団の熱狂的なファンだ。


 先日、その球団の主力選手が一人、FA宣言をした。


 ところが、記者会見での発言が良くなかった。球団批判に、ファン批判。


 自分は意地でも他の球団に行く、そんなアピールをしたいのだろうが、大勢のファンを激怒させた。


 その中の十人が、やつ鉄槌てっついくだすべく、こうして行動を起こしたのである。


 なんでも、プロ野球界の習慣にあるらしい。「記念のボールを特定の場所に、本人が置いてくる」と、のちに「野球関連のことで、幸運が舞い込んでくる」というもの。


 過去に奴は、ある記念のボールを、南極大陸に置いてきている。


 だったら、それを回収してやろうじゃないか。


 奴に幸運など不要! 不幸がお似合いだ! 移籍先で大失敗してしまえ!


 他の八人の思いも背負って、二人がクレバスの中へと降下していく。


 すぐに朗報が届いた。野球のボールを発見したらしい。


 ところが、直後に悲報(?)がもたらされる。他にも、野球のボールを発見した!?


 しかも、新たなボールを発見したという知らせは、さらに続くことになる。


「どういうことだ?」


「わからん」


 地上にいる八人は戸惑とまどっていた。


 このクレバスにあるのは、「リーグ優勝を決めた、代打サヨナラ満塁ホームラン」のボール、それだけのはず。そんなに数があるとも思えないが。


 まさか、南極点に向かう探検隊が、いちいち野球のボールを投げ入れたりはしていないだろうし・・・・・・。


「奴のファンが、マネでもしたんでしょうか?」


「その可能性はあるな」


 数年前の年末にあったテレビの特番で、このクレバスに奴がボールをポイする場面は、日本中に流れているのだ。


 ちゃんと手続きをすれば、民間人でも南極に来ることができる。あの特番に影響されて、奴と同じことをマネした者がいても、別におかしくはない。


 だが、それにしては、ボールの数が多すぎるような・・・・・・。


 すでに二〇個を越えている。


 地上にいる八人が考え込んでいると、クレバスの中から新たな情報が届いた。


「え? 今度のボールには、文字が書いてある?」


 そのボール、奴のサインと一緒に、次の言葉が書かれているそうだ。「バカめ!」と。


 それで完全に理解する。


「くそっ! 奴め! あの時、カメラの回っていないところで、ニセモノのボールを大量に投げ込んでいきやがった!」


 こんなに多くのボールがあるのは、本物のボールを簡単に回収させないために違いなかった。


次回は「アメリカにいる日本人選手」のお話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ