記念のボール
今日の試合で、俺はヒットを打った。プロ野球選手になって、初めてのヒットだ。
記念のボールは、すぐさま回収される。
俺はベンチに戻ってから、そのボールを受け取った。
こういうことは、プロ野球の世界では当たり前だ。記念のボールは本人へ。
このボールを、本人は大事に保管している、そんな風に世間では思われているみたいだが、実は・・・・・・。
数日後、俺は先輩選手と一緒に、山奥の滝を訪れていた。
で、持ってきた記念のボールを、滝の上からポイする。
こうすることも、プロ野球の世界では当たり前なのだ。
偉大なる先人たちが積み重ねてきた験担ぎ。初ヒットのボールを、この滝に投げ込むと、のちのち野球関連のことで、大きな幸運が舞い込んでくるのだとか。
ほとんど一瞬で、ボールは滝の下へと飲み込まれていく。
俺は両手を合わせた。プロ野球選手としての飛躍を祈願しておく。
これで、ここに来た用事は済んだ。
あらためて、先輩にお礼を言う。せっかくの休日なのに、わざわざつき合ってくれたのだ。しかも、車まで出してくれた。
俺一人だったら、電車やバスを乗り継いで、そのあとは徒歩になっていただろう。この場所に来るのに、もっと時間がかかっていた。
「気にするなよ。後輩の面倒を見るのも、先輩の務めだ」
そう言ってから、「実は・・・・・・」と打ち明けてくる。
「こっちの用事にも、ついて来てもらっていいか?」
それを聞いて、俺は思い出す。
先輩は先日、サイクル安打の記録を達成していた。となると、その記念のボールを受け取っているわけで・・・・・・。
先輩の説明によると、初ヒットのボールはこの滝だが、サイクル安打のボールは別の場所だという。達成する記録によって、ボールを投げ込む場所が、細かく決まっているらしい。
なお、達成者が少ない記録ほど、とてつもなく辺鄙な場所だったりするのだとか。
「といっても、ここからなら、そう遠くはない。途中まで車で行って、そこから先は歩きになる。今日中とはいかないが、明日の午前中には済むはずだ。今夜は山の中で野宿になる」
どうりで出発前に「明日の予定は?」と、探りを入れてきたわけだ。
特に断る理由もないし、俺は先輩に同行することにした。
滝を離れて車に戻ると、先輩からアウトドア用のリュックサックを渡された。
「現地に向かうまでの間、中身に目を通しておいてくれ」
「かなり本格的な荷物みたいですけど、そんなに険しい山なんですか?」
ところが、リュックサックの中身を見て、俺は驚いた。
てっきり登山グッズ一式が入っているのかと思ったら、全然違った。
荷物の大半を占めているのは、『十字架』とか『ニンニク』とか、そういった物ばかり。
これって、もしかして・・・・・・。
嫌な予感がする俺に対して、にこにこしながら先輩が言う。
「いやあ、サイクル安打のボールを投げ込む場所、かなり危険って評判でさ。そういうものが必要らしいんだ。俺一人じゃ不安だったから、一緒に来てくれて本当に助かる。あ、そのペットボトルに入っているのは、『聖水』だから」
車が走り出した。
次回は「南極大陸」のお話です。




