この時期になると『FA宣言』
今は試合中だ。その様子を、球場にある個室席の一つから眺めながら、球団社長は深いため息をついていた。
シーズン終盤で、チームは最下位。
ここ数年、この時期になると、『FA宣言』の文字がちらついてくる。
というのも、外野席にいるお客さんたちの何十人かが毎年、同じTシャツを着ているのだ。『FA宣言』と大きく書かれたTシャツを。
彼らはこの球団に対して、こう伝えようとしているのだろう。「これまでは熱心に応援してきたけれど、そろそろ『FA宣言』を考えている。来年からは他球団のファンになるかもしれない」と。
こういった光景を見るのは、本当に辛い。
さらに悪いことに、今日の試合も序盤から失点した。
すると、外野席のTシャツ、その数が一気に倍になった。
この球場では、あのような物は販売していない。ここに来る前に、すでに買っておいたのだろう。
球団社長は再びため息をついた。今日の試合が終わる頃には、あのTシャツが外野席を埋め尽くしているかもしれない。
ところが、その直後だ。
一人の男性が突然、あのTシャツの上から、レプリカユニフォームを着たのである。
他球団のものではない。ここを本拠地とする球団のユニフォームだ。この状態になると、『FA宣言』の文字は外から見えない。
寒くなったのかな、と球団社長は思った。
しかし、違うようだ。あの男性、他に防寒具を持ってきている。なのに、そちらは丸めたままだ。
しばらく観察していると、外野席のあちこちで、同様のことが起こり始めた。Tシャツの上からレプリカユニフォームを着るなどした者たち、その人数が少しずつ増えていく。
試合展開と連動しているわけではなかった。味方はずっと苦戦している。
となると、やはり寒いのだろうか。
すぐ隣にいる秘書に、意見を聞いてみる。
「温度は特に問題ないと思いますよ」
念のため、球場の温度管理をしている部署に、電話で確認してもらう。
その間もTシャツの数は減っていく・・・・・・おや?
そこで球団社長は、あることに気づいた。
先ほどまでTシャツ姿だった者たち、彼らの共通点だ。
ひょっとして、直前にカレーを食べている?
この球場で販売しているカレーだ。その容器を、彼らのほとんどが手にしている。
「温度は問題ないそうです」
秘書が話しかけてくるが、もはやそっちはどうでもいい。
今起きているTシャツの減少には、あのカレーが関係しているのではないか。
球団社長は問題のカレーを食べてみることにした。
すぐさま秘書に用意してもらい、その味を確認する。
「ん? 少し美味しくなったか?」
「そうなんですよ。今日からレシピを変えたらしいです。試合前に選手たちにも試食してもらったら、とっても好評で」
さらにカレーを口へと運ぶ球団社長。
以前よりも美味しくなっている、それは確かだ。でも、驚くほどの変化じゃない。
しかし、外野席にいるお客さんたちはこれを食べて、『FA宣言』を思い留まろうとしてくれている。カレーの味が変わったのと同じように、この球団が良い方向へ変わろうとしている、そう考えてくれているのでは・・・・・・。
球団社長は熱い感情がこみ上げてきた。一気にカレーを食べ終えると決意する。
「今年のオフには、超大型補強をしよう!」
お客さんたちには来年、カレーだけでなく、このチームの勝利も、たくさん味わってもらうのだ。
そんな決意と呼応するかのように、『FA宣言』のTシャツが、一つ、また一つと、減り続けていく。
ここまで劣勢だった味方の打線が、反撃の狼煙となる特大のホームランを放ったのは、その直後のことだった。
次回は「背番号」のお話です。




