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従者の宣誓


気が付けば私は瀬文正一ともう一人の少年に囲まれ、見覚えの無い教室に居た。


「……ここは?」


「……『観察者』に頼んで『閉じて』もらった空き教室、だよ」


瀬文正一では無い、背の高い少年が答える。クラスは違うが、何度か廊下で見かけたことはある顔だった。


「……確か、新庄君だったかしら」


「ああ。知っていてくれて光栄だ。宜しく。飯塚。」


「…ええ」


差し出された手を思わず掴みながら、私は瀬文正一を振り返る。





「……それで、さっき言っていたことは、一体どういうこと?」


私は『不滅』の輪の中には居ない。……彼は確かにそう言った。


「……なぁ、飯塚。俺はお前を、『王』の次に敬愛しているよ。『裏返って』間も無いお前をだ。お前の『王』に対する忠誠心の高さを、俺は理解している」


「……ええ」


「……信じてはもらえないかもしれない。でも、聞いてほしい」


瀬文正一は静かに語りだした。





++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「大屋鳥直光によって喪われた俺は、すぐに元に戻された。でも、それは『王』の手によってじゃなかったんだ。それだけは分かる。けれど、俺には何も思い出せなかった。得体の知れない不安を覚えていた時に、新庄に声を掛けられたんだ」


「……俺は『従者』となって最も日が浅い『従者』だ。もちろんこの俺の忠誠が、他の者に劣っているとは露程も思わないが、序列はあるだろう。……『観察者』はある日、俺に接触をしてきた。『観察者』というのは、『救世主』と、……それに相対する存在である『魔王』を監視し続けていた者のことだ」


耳慣れぬ言葉に私は思わず聞き返す。


「『救世主』に、『魔王』?」


「あぁ。『救世主』とは、我々の『王』を指す言葉だ。……『魔王』は、『救世主』と相対を為す者の事らしい。俺たちの心に、『王』が常に在ることの代わりとして、『魔王』という存在は、一切の記憶からその姿を消すらしい。例外もあるようだが」


「……」


「『王』は『魔王』によって、常に護られていた。その真意は不明だったが、とにかく、これまでその均衡は保たれてきた。……大屋鳥直光が現れるまでは」


淡々と語り続けていた瀬文正一は、そこで初めて口を閉じ、そしてしばらく押し黙った。見かねたように新庄が言葉を繋げる。


「……大屋鳥直光は『毒矢』だ。その『本質』は瀬文、お前が身をもって知っただろう。

彼の目的は『魔王』の殲滅のようだが、『観察者』曰くその力は『魔王』には届かないらしい。『魔王』に対するのは一人だけ。『救世主』だけだ」


「……それが、『王』のことだって言うの?」


「そうだ。『魔王』の力は強大で、今の『王』ではその姿を認識することすら困難だ。……だが、大屋鳥直光は『魔王』に近づく過程で俺達にも手を出した。彼にとっては自分自身が『救世主』であり、『魔王』に護られている『王』を、牽制する為だったようだが。…これによって大きくバランスが崩れた。ここにいる瀬文も、相沢も、岡本も。これまで喪われることなど在り得なかった、3人の忠実な『従者』が喪われた。それによって『王』の力は削がれた。『王』の力は他者への支配によって紡がれる。俺達の結び付きが途切れた為に、『王』はその力を大きく損なった。だからこそ、『魔王』は瀬文を『戻した』んだ。それが、『王』の力を元に戻す為の行為だという事が『魔王』の言動から分かった」


「どうして、『魔王』は『王』の力を元に戻す様な真似を?」


押し黙っていたままだった瀬文が、私の問いかけに再び口を開く。


「さぁ、分からない。ただ……、ただ俺は『戻る』為に一時的に『魔王』と供にあった。だからかもしれないが、俺には奴が考えていることが分かる気がする。……彼は……、『王』を育てているんだ」


「……育てる?」


「『王』を『救世主』にする為だ」


「何故?」


「さぁ。そこまでは分からない。ただ、一つ言えることは、『従者』の消失によって、『王』の力が削がれることが分かったことだ。俺達はこれを利用する(・・・・・・・・・・)


「……何ですって?」


「『観察者』は言ったよ。『救世主』と『魔王』の対決はこのままでは避けられない。その先にあるのはこの世界の破滅だろうと。『観察者』はそれを知りながらも、今まで手を打てずにいた。だが『毒矢』という不確定因子が介入したことで、『魔王』の意図が分かった。

『魔王』は『救世主』の動向を探りながら、その力を育み、自らの為に利用しようとしている。なら、その対決を阻止するのが使命だと。……『王』は他者を統べることを決して辞めない。それは『救い』だからだ。『王』は救い続ける。そして『救世主』に至る」


瀬文正一の言葉の後を、更に新庄が続けていく。


「……それならば、俺は『背信者』となってでもそれを止めよう。『王』が救い続けるというのなら、俺達がそれを拒むしか無い。そうして『王』の力を削ぐ事こそ、『魔王』の企みを阻止出来る唯一の道なんだ。そしてそれが、結果的に『王』を救うことになる」


「……『王』を、救う……?」


「そうだ。これ以上、『王』が力を持つことが無いように。……俺達『従者』は、姿を消そう」


「……でも、どうやって?大屋鳥直光をけしかけでもするつもり?『王』が『裏返らせ』た人間全てを彼の『毒』に?」


再び、瀬文正一が口を開いた。穏やかと言ってもいい彼の表情に、何故か私は不安を覚える。


「……言ったろう、飯塚。俺達は不滅だ。どうして、俺達は存在する?……囚われたからだ。失われたからだ。拒んだからだ。泣き叫んだからだ。苦しんだからだ。悲しんだからだ。忘れたかったからだ。そうやって心の奥底に仕舞いこまれた俺達が、救いを求めたからだ。……だから、もう求めない」


「……え?」


「俺達はもう、『王』に救いを求めない。それが『王』を救うことだからだ。……俺達は、『従者』は、打ち捨てられたはずのかつての自分達だ。俺達は何よりも、自分自身を憎んでいる。……だから、俺達が今の自分達を受け入れれば、俺達は、俺達自身となって、『裏返る』ことも無くなる。裏も表も無くなる」


「……まさか、そんな」


「本当さ。そして……他の『従者』達は俺達の意見に従ってくれた。……『背信者』の言葉を、『従者』達は受け入れてくれた。……飯塚。俺も、瀬文も含めてだ」


「……『王』の忠実な僕でしょう?私達は」


「そうだ。だからこそだ。……飯塚。俺達は、不滅だ。いつまでも『王』をお慕いしている。頼む。……お前は『王』の傍で、『王』を支えてやってくれ。そして、これから『王』が救い続ける全ての『従者』を、お前が元に『戻る』ように説得してくれ」


「そんな……!!」


私は必死に何か言葉を紡ごうとした。だが、喉から振り絞られるように出てきたのは空白の言葉だった。


「……飯塚。俺はお前に従おうと言ったのに……これではあべこべだな。けれど、お前ならきっと、『王』を何時までも支えてくれると信じているよ」


瀬文正一は微笑むと、新庄と肩を並べて教室を出ていく。


「……待って!!」


叫びながら教室を飛び出そうとするが、『閉じた』ままの教室の扉は私を拒んで開こうとはしない私は予感していた。この扉が開いた時、すでに瀬文正一も新庄も、元に戻っているであろう事を。……私は、仲間を喪ったのだ。


何故、瀬文正一が私を選んだのかは分からない。……それでも『王』よ。私は彼の言葉に従います。これまで救われてきた私達が、そしてこれから救われるであろう私達の仲間が、あなたの為に戦い、あなたの為に生きて、そしてあなたの為に死んでいくように。



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