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王の嘆き

覚えてる。覚えている。全てが間違っている歪んだ世界の中で、その光は包んでくれた。優しく、優しく包んでくれた。その声を聞いた。温かく、優しく。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


いつの頃からだっただろう?自分の存在に気付いたのは。私は、この灰色の世界で、唯一の黒で、白なのだと理解したのは。「正義」とか「悪」だとか「倫理」だとか「欲望」だとか。そんなものでは量れない「支配」を、自分の身の内に感じたのは。


それをはっきりと自覚した時、私の中に生まれた感情は、それは「嘆き」だった。己の存在を嘆いた。だって、私は……。


「ねえ、弥子やこ。……さっきどこ行ってたの?」


後ろから声を掛けられて、振り向くと同級生の一瀬七海いちのせななみが、意味ありげに笑っている。その瞳の奥に宿る感情を、心地よく思いながら、微笑み返す。


「サッカー部の新庄君がね、お友達になりましょうって」


私の返事を聞くと彼女はおどけたように、呆れたように天井を仰いだ。


「……っかー!学園のマドンナにとうとう学年一のイケメンまで玉砕かぁ。まぁ、遅い位だね。これで何人目……だっけ?」


一瀬七海はすぐ傍にいた井上彩いのうえさやに話を振った。彼女は少し考えるように唸ると、恐る恐るといった感じで答える。


「……えっと、さ、30人以上?」


弛緩しきった空気が辺りに漂う。それは諦観に似ていた。理解は出来る、でも納得がいかない……。彼女たちの心の声が空気を震わせて、その色を少しだけ変えているようだ。

無理もないだろう。私に惹かれて導かれるように集まってきたこの子達は、私自身が「采配」を施した子達ばかりだ。本来なら、学校中の異性を虜にするのはこの2人のはずだったのだから。でも、だからこそ、私の隠れ蓑になってくれる。



一時期は酷かった。私がこの学園に姿を現すと同時に、男達は(そして何人かの女達も)私に群がってきた。慕い、渇望し、欲情して。それは仕方のないことだ。特にこの年頃、高校生という思春期の不安定な時期にあって、彼らは、あるいは彼女らは無意識のうちに支配し、支配されたがっている。自己すら飲み込む、圧倒的な存在。


そんな脆弱な同級生たちを見るのは慣れてはいたけれど、少しだけげんなりして、私は彼女たちを見出したのだった。自覚はしていないだろうけれど、一瀬七海も井上彩も、私と出会ってから著しく人間として完成されつつある。あるいは清純に、あるいは妖艶に。

異性を、同性ですら惹きつけ、目を逸らせなくする魅力を持ち始めている。それはそうなのだ。「王」を守る「臣下」は、望まずともその恩恵を受ける。


だからといって私はこの2人を「服従」させているわけではない。手の届くところに置いただけだ。2人は私の言葉に対して必要以上の反応を見せることは無い。従順な下僕は必要だけれど、日常生活の中で接するには彼らはあまりにも味気ない。それは経験から学んだ判断だった。ただのイエスマンばかりを侍らせても、退屈は埋まらない。


一瀬七海。快活で明るく運動神経が万能。女子剣道部のエースであり、同性からも人気が高い。


井上彩。性格はお淑やかで、男女分け隔てなく接するその姿はまさに大和撫子。その容姿から根強い人気を持ち、彼女が所属する茶道部は文化部でありながら異常な部員数を誇る。


そんな2人は誰よりも私を理解し、私を見守り、私を大切に思い、そして。本人達も気づかない程深い深い心の奥底で、憎んでいる。


私は2人を愛しいと思う。いつか後ろから、私の首筋に刃を向ける2人を想像すると、それだけで私は頬が緩むのを抑えられない。有能過ぎる「臣下」は「王」の立場を脅かそうとするかもしれない。私はそれを待っている。


自らの立場を忘却した下々の者こそ、「屈服」させる甲斐があるというものだ。それは完全な支配。私は欲望に塗れた視線で2人を見つめる。


「私は、2人がいればそれでいいの」


その瞬間一瀬七海は目を見開き、井上彩は恥ずかしそうに目を伏せた。2人ともみるみるうちに頬が紅潮していく。


「……本当に弥子はずるいね、そんなこと言われたら何も言えないじゃん」


悔しそうな声色で、そして嬉しさを隠しきれない表情で、一瀬七海が抗議する。


「……わ、私も……弥子ちゃんと、七海ちゃんが居てくれれば、それでいい!!」


勢いよく顔を上げると、掴みかかるような勢いで井上彩が身を乗り出してくる。


「ちょ、彩!?」


私は微笑む。私は2人を愛している。2人の中で育つ、私への愛を愛している。

そして決して消えず燻り続け、いつか2人の身を焦がす私への憎悪を愛している。


「王」は愛され、憎まれる。けれど「王」には愛しかない。それが私にとっての「嘆き」の1つだった。


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