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王の采配

何気なく捲った資料を見て、俺は目を見張り、喉の奥から変な音を漏らした。


「……おいおい、マジかよ」


学年主任の机の上から拝借した、今度自分のクラスにやってくる転校生の資料。その顔写真、そして氏名、経歴。


人違いのはずが無い。ある病院の一室で、大きな産声を上げたその瞬間すら、俺は覚えている。あぁ、それこそ両親と同じ位に。ハッピーハレルヤ。絶望よ、ようこそ。その産声に、戦慄と、ある種の諦観と、そしておぞましいことに、一かけらの喜びを覚えて。


「何つう『捻じ曲げ』方しやがる……。いよいよ、俺の身が危ないか……?いや……」


それまで目を通していたファイルの上に、資料を投げ出す。ファイルと資料の顔写真が2枚、机の上で並びあった。片方は目も眩むような笑顔で。もう一人は心穏やかで無くなるような無表情で。


「参ったねこりゃ。『救世主』が『魔王』に喰われちまう」


顎の無精ひげをざらざらと擦り、額に浮いてきた冷や汗を拭いた。ひどく体が冷えていた。




+++++++++++++++++++++++++++++++++++




人間の人生は何を持って決まるのか?あぁ、そこにはたくさんの答えがある。身分?容姿?性格?資質?それとも、予め決められた道を辿るような、運命?


あぁ、下らない。私は、その答えに応えてあげることが出来る唯一の存在。


旧校舎の裏という、何の面白みも無いところに呼び出された私の前に、サッカー部のキャプテンだという男が立っている。顔は真っ赤に蒸気し、微かに肩が、足が、握りこんだ掌が震えているのが分かる。私の視線を真正面から受け止め、その振動が更に増した。そんな様子は酷く愛おしく、そして酷く滑稽だった。


「せ、瀬名さん」


きっと立っているのも辛いだろうに、必死にこちらを見つめてくる男に、私は場違いにも拍手を送りたくなった。過剰な恋慕は崇拝であり、彼はすでに私にかしずく奴隷のようなものだった。彼は今きっと、膝を折って地面に頭を擦りつけたいと本気で思っているだろう。そしてそれを異常だと分かっていて、必死でその感情を抑え込んでいるだろう。何て健気なことだろう。だから私は、彼の呼びかけに微笑で応えてやることにした。


その瞬間、男の喉が鳴り、生唾を飲み込んだことが分かる。本人でさえ恐怖するような歓喜が、全身を駆け巡っているだろう。それは恐ろしい程に。


「こ、ここ、こんなところに呼び出して……呼び出してしまってすみません。ただ、どうしても伝えたくて……。あ、あの俺……」


何も聞かずとも分かっている。私のことが欲しい。狂おしい程の劣情を催している。そして今、彼は新たな感情を私に感じている。自分は何を考えていたのだろうと。今、この瞬間まで、私を何という身の程知らずな対象として見てきたのだろうと。



「俺……あなたの……あれ、俺は……何ていうことを……。俺……」


「いいの」


私は一言発した。目の前の男が、雷に打たれたように体を震わせた。実際、それは誇張では無かっただろう。彼は天啓という雷に打たれのだ。そう、私の声は。


「いいのよ、新庄君」


「あ、あ……。俺、俺の名前を……」


彼は歓喜に身を震わせ、次の瞬間自分の身に起こったことに驚愕した。彼は必死に顔を拭う。どうしたことか、彼の瞳からは涙が止まらない。本人の意思と関係無く、壊れたように涙が頬を伝っていく。それは喜び。魂の震えから来る、感情の奔流だった。


「あなたの気持ち、とても嬉しい。私……」


そっと手を差し出す。もはや震えを抑えきれない彼は、はじかれた様に膝を折って、首を垂れた。まるでそうすることが予め決められていたように。あぁ、運命なんてものがあるのだったら。私は笑みを浮かべる。それはきっと今彼の前に立っている。


「新庄君。私を守って。私の為に戦って、生きて、そして死んでほしいの」


「あぁ……俺、俺は……」


彼は恐る恐る私の手を握る。手が触れた瞬間、彼は大きく仰け反って、そして……。


「……そ、そっかぁ。やっぱり君みたいな可愛い子、俺じゃ不釣り合いだよね。うん、でも告白したら何かすっきりしたよ。ありがとう。……良かったら友達ではいさせてくれないかな?」


何事も無かったように穏やかに微笑む彼に、私は今度こそ満面の笑みを浮かべた。


「ええ、勿論」


寂しそうに、そして少し嬉しそうに微笑んでその場を立ち去った彼の足音が聞こえなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。


この高校に来て、2か月。正面を切って告白してきた人数は何人だっただろうか?彼は私に随分と熱を上げていたようだ。かなり深いところまで『刻む』ことが出来た。


「……あの子はどこの『駒』にしようかなぁ……」


……人間の人生は何で決まる?私はその答えを知っている。答えは「他者」。


そして私は王。全ての他者を統べる者。この世界で、唯一にして絶対の存在。


あの子はいい駒になる。私は機嫌を良くすると、メロディを口ずさみながら校舎へと歩き出した。


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