王の歓喜
ひ、独り占め!?瀬名ちゃんの言葉に頭に一気に血が昇ってしまう。表情に出ていたのか、瀬名ちゃんはおかしそうにくすりと笑うと、席を立って私の手を引いた。少しだけ顔を寄せると小声で囁きかけてくる。
「教室だと、目立ってしまうから。……こっちに来て?」
瀬名ちゃんの言葉に、熱に浮かされたようになってしまう。私はとにかく勢い良くうなずいて、導かれるままに教室を出た。後ろ手にドアを閉める間際に、クラス中から悲鳴が聞こえたような気がしたけれど、まるで遠くの出来事のようだった。
渡り廊下を抜けて、階段を下りていくと、そこは資料室だった。荒井先生がよく籠っている部屋だ。どうしてわざわざ?導かれるまま、資料室に入る。私を部屋の奥のソファに座るように促した。
「……瀬名ちゃん?」
何か、尋常じゃない雰囲気を感じて、私は思わず声を上ずらせる。瀬名ちゃんはこちらを見て微笑んでいたけど、その表情はまるで……。さっきの大屋鳥君にそっくりだった。
「『王』……。私は……」
二の句が継げずにいる私を見て『王』は優しく微笑むと、私の瞳を覗き込むように顔を寄せた。小声でそっと囁きかけてくる。
「……あの子、消えてしまったのね。随分はっきりと『裏返って』いたはずなのに」
私は唇を噛みしめる。瀬文正一の言葉を思い出す。軽率だった。得体のしれない大屋鳥直光に対して、どんな力を持っているのかも分からないままに、彼を近づけるべきでは無かった。彼は喪われてしまった。取り返しのつかない失態だった。
「……処罰は覚悟しています」
顔を伏せ、そう告げる。『王』の期待を裏切った罪は重い。まして全ての指揮を任された私だ。無念さに胸が張り裂けそうになる。
「……処罰?」
『王』が発した不思議そうな声色に、思わず視線を戻す。
「私が?あなたを?……どうして?」
「……瀬文正一が居なくなってしまったことには、私にも責任があります」
私はどんな顔をしていたのだろうか。『王』は私をしばらく見つめた後、優しく微笑んだ。その微笑みだけで、こんな時だというのに、私は全身を震わせる程の歓喜を感じてしまう。
「責任。……そう、責任を感じているのね?私への忠誠を守れなかった事を、悔いているのね。……胸が、張り裂けそうかしら?近しい従者を喪って、苦しい?」
『王』を見つめていた視界があっという間にぼやけ、私は今すぐにでも自らの首を掻き切りたくなった。涙など。『王』を前に、感情を堰き止めることなど、不可能だ。だから、この涙は私の本心。だからこそ、情けない。私は、自らの責任も、立場も忘れ、仲間の喪失にただただ打ちのめされている。何て情けないのだろう。何と役立たずなのだろう。そうした実感が更に涙となって溢れてくる。
「……あぁ、悲しいのね。苦しいのね。もうあの子はきっと戻らないわ。あの子はあなたに良くしてくれた?あなたの『本質』を、好ましく思ってくれた?慈しんでくれたのかしら?」
「うぅ……」
最早涙は止まらなかった。私は何の為に。何の為に従者として自我を得たというの。『王』の為に全てを捧げる為なのに。それなのに、仲間を喪っただけで、ここまで挫けかけている。
「……泣かないで」
『王』は私の顔を両手でそっと持ち上げると心配そうにこちらを覗き込んでくる。最早感情の奔流が止まらない私は、涙でぐちゃぐちゃに歪んだ顔を見つめられる羞恥に顔を歪めた。
「あぁ。……心が押し潰されそう?」
『王』に触れられた部分が熱を帯びる。こんな時ですら、私たち従者は『王』への狂ったような親愛の情を抑えきれないのだ。私はこれ以上無い後悔の念に苛まれながら、同時にここまで『王』から関心を受けたことへの歓喜に打ち震えていた。その事実が更に鋭い罪悪感となって胸を穿つ。
「……何て可愛らしいの。打ちのめされて、弱っているあなた、とっても愛しい」
その瞳の中に宿った鈍色の狂気に、私は身を竦ませる。あぁ、『王』。私たちにとって、あなたはかけがえのない唯一無二の存在。けれど、分かってしまった。『王』。あなたは。
「……もっと、苦しんでもいいのよ?」
甘く、甘く微笑みかける『王』は、きっとこの世界の、絶望そのものなのだ。




