毒矢の邂逅
教室での、瀬名弥子の姿を思い出す。気に入らないな。まるで子供の悪戯に気が付いただけのような反応だった。躊躇いがちに後ろをついてくる瀬文に失望感を覚える。せっかくのパフォーマンスも、まるで彼女は堪えていないようだ。彼女を揺さぶれば、きっと歪みが顔を出すと思ったが、そう簡単に姿を現すことは無いようだ。彼女を慈しむように、見守るように包み込むおぞましい程の。……憎しみに体が震えてくる。この憎しみは、俺のものでは無い。そう分かっていても視界が真っ赤に染まってくる。伝えられてきたこの力が、『魔王』を屠れと暴れている。
俺が『毒矢』であることは、もうばれているのだろう。構わない。正体が明らかになったとして、何が出来る?相手の弱さはもう明らかになった。少しずつ、彼女の周りから彼女の力の及んでいる人間を一人ずつ消していこう。彼女が築いてきた偽りの王国を崩そう。大切なものを壊されれば、『魔王』も黙ってはいないはずだ。
そこまで考えて、俺はやっと意識を現実に戻した。瀬文が何か話していたようだが、すっかり聞き漏らしてしまった。適当に笑みを浮かべる。
「ん?ごめん。瀬文。ぼーっとしてた」
「やっぱり?そうだと思ったよ。大屋鳥君って、たまにどこか遠くを見ているよね。
全てが自分の思い通りのつもり?滑稽ね。『毒矢』」
瀬文の腕を掴んで捩じり上げる。
「!?い、痛い!!!痛いよ!!大屋鳥君!!!!」
「……瀬文……?」
『解毒』が、効かない。『裏返り』では、無い。
「どうしたの、そんなに動揺して。目の前の光景が、そんなに不思議かしら?」
「……!!!!!『魔王』……!!!」
瀬文の腕を握りつぶそうとした腕を、自ら掴んで剥がす。
「どういう、ことだ。……瀬文に何をした?」
「何も」
吐き気がする。今にも、瀬文の首を絞めてしまいそうだ。
「瀬文から、離れろ」
「離れる?難しいことを言う。俺が、僕こそが『魔王』なのだから」
瀬文の口調で答えるその声に透ける嘲りに、怒りに震えながら、絞り出す様に声を上げる。
「この……汚らわしい『理外の獣』め」
「……教室に入ってきた時から、すぐに分かっていたわ。あなたが、『毒矢』だっていうこと。ねえ、あなたにとっては、私は滅すべき対象なのかもしれないけれど、私はあなたに興味何てちっとも無いの。それなのに、目の前をうろちょろされると、とっても迷惑だわ」
瀬文の口から、瀬名弥子そのものの口調で侮蔑の言葉が浴びせられる。その時、何故か自分自身の心の内から、はっきりと憎しみが生まれるのを感じた。
「……俺は、興味があるよ、弥子」
俺の顔は弛緩しきっていたかもしれない。だが次の瞬間に、俺は廊下の端まで吹き飛ばされていた。瀬文の顔が怒りに歪んでいる。
「……やっぱりそういうことか。『魔王』……せいぜい逃げ惑え。お前の『本質』は分かってる。俺は『毒矢』だ。お前を、殺す為に生まれてきた」
「……お前に、私は殺せない。私も、お前を殺しはしない。そんなこと、望んではいない。それでも、私の前で愚行を繰り返すなら、命の保証は無い」
「その言葉、そっくり返してやるよ」
瀬文が嗤うと、呼吸さえ許されぬような重圧が、途端に消え去る。
「……お、大屋鳥君?どうしたの?顔、真っ青だよ!」
「瀬文、無事か?」
「え?」
「……いや、良いんだ。良かった……腕は痛まないか?」
俺は瀬文の腕を取った。ひどく細い瀬文の腕はすぐに折れてしまいそうだ。
「腕?……いや、全然問題ないけど……」
状況をまるで把握できていない様子の瀬文に申し訳なくなる。
「悪いな、瀬文」
「……謝られるようなこと、されたっけ?」
訝しげな表情を浮かべる瀬文に、少しだけ救われる。良かった。瀬文ごと殺してしまうところだった。もう『魔王』はここには居ない。
それでも。『采配』は止められない。あらゆるものを彼女は集め続けるだろう。あらゆるものが彼女に、惹かれていくだろう。
『魔王』。その執着に、命を落とすがいい。




