王の遊戯
朝練を終えるとまだ人影もまばらな校内を、教室を目指し歩き始める。ちょうど廊下の角を曲がったところで、前を歩く瀬文君の後姿が目に入ってきた。
「あ、おはよう。瀬文君」
驚いたようにこちらを振り返った瀬文君は、ぎこちなく微笑む。
「お、おはよう飯塚さん。朝練お疲れ様」
「今日は早いんだね」
「う、うん……。今日はね」
言いながら瀬文君は隣にいる彼をちらりと見やった。
「大屋鳥君と一緒に登校したから」
私の視線に気づくと、大屋鳥君はにこりと笑った。わぁ、近くで見ると改めて、何という整った顔立ちなのだろう。他のクラスどころか学年の違う人たちまで教室に見物にくるはずだ。
「おはよう。飯塚さん」
大家鳥君は微笑みながら、こちらに手を差し出してきた。
「え?」
変な顔をしてしまったのだろう。大屋鳥君が少し声を上げて笑うと、歩を進めて私に近づいた。
「大屋鳥君、初めて話しかけた人には握手する癖があるんだ」
何故か瀬文君が説明をする。この2人の組み合わせが意外な気がする。瀬文君は、うちのクラスでは目立たない方で、目立つことも嫌う子のはずなのに。大屋鳥君とはどういう経緯で知り合ったのだろう?
「そ、そうなんだ」
唐突な出来事に少し釈然としなかったけど、差し出された手を無碍に断るのは気が引けた。
私も手を差し出して、大屋鳥君と握手をする。
照れ隠しに笑いかけた瞬間、私は顔が強張るのを感じた。
大屋鳥君はまったく笑わずにこちらを凝視していた。その瞳は私に向いていたけれど、その視線はまるで私の体を通ってはるか彼方を見るように焦点が合っていなかった。
「……お、大屋鳥君?手……離してもらってもいい?」
大屋鳥君ははっとしたように表情を崩すと、またにこりと笑った。そこにはさっきまで浮かんでいた私を観察するような冷たい表情は欠片も残っていない。
「ごめんね、飯塚さんとも俺、昨日から話してみたいなって思ってたんだ」
「……そ、そうなんだ」
「うん、良かったら仲良くしてよ」
にこにこと人懐っこく笑う大屋鳥君に一瞬どきりとする。……瀬名ちゃんといい、私は美形に弱いのかな。内心苦笑しながら私も大屋鳥君に微笑み返す。
「そうだね、何だかんだこの3人って席も近いしね。ね、瀬文君」
下を向いていた瀬文君に話しかけると瀬文君は勢いよく顔を上げた。その勢いで少しずれた眼鏡を直しながら瀬文君が恥ずかしそうに頷く。
「こうやって少しずつ、友達が増えるのっていいよね」
本当に楽しそうに、大屋鳥君が笑う。私もそんな彼に微笑み返しながら、頭の片隅で別のことを考えていた。さっきのあのこちらを探るような表情は、何だったのだろう。
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教室に入ると、まだ朝も早い為にクラスメイトはほとんどいなかった。けれど、私の目にはこの時間の登校は珍しい、彼女の姿が映っていた。
「あ、瀬名ちゃーん!おはよーう!」
私が挨拶をすると、一瞬でクラスの視線が私に集中した。その様子に一瞬びくっとする。
「ええ。おはよう直美ちゃん」
瀬名ちゃんの返答に私は一瞬で頭に血が昇ってしまった。直美ちゃん!!畏れ多くも下の名前で呼ばれてしまった!!瀬名さんが下の名前で呼びかけるのは仲良しの井上さんと一瀬さんだけなのに。顔が熱い。わぁ。
ちらと横を見ると、瀬文君は驚いて目を見開いている。それはそうだよね。大屋鳥君はにこにこと微笑んだままだ。
「きょ、今日は早いんだね?」
平常心を保とうと努めながら、瀬名ちゃんの席に近づいていく。瀬名ちゃんの隣に立つと、彼女は少し眉を潜めながらこちらを見上げてくる。うわぁ。近くで見るととんでもない破壊力だ。同性の私ですらくらっとくる。
「ええ。昨日はあまり眠れなかったの」
「え、大丈夫?」
「……大丈夫。あのね、飯塚さんとお友達になれたのが嬉しくてね、少し浮かれていたの。
そうしたら夜更かししてしまったの。だから寝不足なのは、直美ちゃんのせいよ?」
寝不足のせいなのか、少し潤んだ目でこちらを見つめてくる瀬名ちゃんの破壊力は、何も私だけに効いたわけではないらしい。教室のそこかしこで息を呑む様子が伝わってきた。
わーーーーーーーーー!?昨日から私の身に何が起きてるの!?何、私死ぬの!?瀬名さん、じゃなかった瀬名ちゃんが可愛すぎて怖い!!
「……なんて、冗談よ。ね、HRまでお話ししましょう?」
蕩ける様な微笑みを浮かびながら瀬名ちゃんが前の席に座るように促してくる。
「う、うん!!」
「七海と彩が来たら、紹介するわ。あまりお話したことないでしょう?」
「そ、そうだね!」
一瀬さんとも井上さんとも、ほとんど話したことは無い。というか、本当にこの3人はいつも一緒に居て、1分の隙も無くって。見て愛でる……っていう感じだったのに、そんな中に私が入っていいの?というか……一瀬さんと井上さんがどんな風に思うのか……。
「それ、良かったら俺も入っていいかな?」
声に振り向くと、大屋鳥君がいつの間にか傍に近寄ってきていた。
「おはよう、大屋鳥君。昨日はあまりお話できずにごめんなさいね」
瀬名ちゃんがにっこりと笑いかける。昨日、大屋鳥君と何かあったのだろうか。
大屋鳥君のすぐ隣で、瀬文君が顔を真っ赤にしながら挙動不審にしている。……そっか。瀬文君、そうだったんだ。本当に瀬名ちゃんはモテモテだなぁ。
「いや、全然気にしてないよ」
「そう、ありがとう。……でもごめんなさい、大屋鳥君。私と直美ちゃん、まだお友達になったばかりなの。今日は親睦を深めたいから、遠慮してもらえるかしら?」
私は少し意外に思って、瀬名ちゃんの顔を見る。瀬名ちゃんは、驚くほど人を惹きつける。さらに言うと、数多の告白を断り続けている彼女だけど、その後に相手に対して気まずさを持たせることが無い。とても人当りがいいのだ。そんな彼女が、やんわりとは言え、大屋鳥君の申し出を断ったのは、少し違和感があった。
「そう?しょうがないかー。ま、俺らも昨日友達になったばっかだしな。男同士、親睦でも深めようか?」
話を急に振られた瀬文君は、顔を赤くしながら、ちらっと瀬名ちゃんを見ると、更に顔を真っ赤にして、何回も頷いていた。
「そう、二人は友達になったのね」
瀬名ちゃんは、じっと瀬文君を見つめてから、嬉しそうに笑みを零した。
何故か、私の心臓が跳ね上がる。それは、いつもにこにこと微笑んでいる彼女の笑みが、本当は、ただ口角を上げて瞳を細めていただけなんじゃないかと、私に疑問を抱かせるほどの、満面の笑みだった。
「……じゃあ、退散するとしますか。さ、瀬文、行こうぜ」
瀬文君は名残惜しそうに、その場でわたわたしていたけど、大屋鳥君が教室を出ていくと、その後を追うように教室を飛び出していった。
「ごめんなさいね、直美ちゃん。今日は、私に独り占めさせてね?」
瀬名ちゃんが少し、いたずらっぽく笑った。




