観察者と従者
「……まぁ、そうなるわな」
俺は思わずそう呟く。大屋鳥直光から見れば瀬名弥子が持つ『従者』達は見過ごせない異常だろう。自らの行動に制限が加えられる可能性があるのなら一つずつ潰していくに違いない。そもそも、瀬名弥子の持つ『従者』は元の人格から強制的に分離させた別人格だ。本来ならばとても不安定なその存在を、定着させているのは瀬名弥子の力による。それを解く事自体は、きっとそう難しい事では無いだろう。
しかし、このまま行けばそう遠くないうちに大屋鳥直光の手は瀬名弥子に届く。『救世主』と『魔王』の対峙は、どうやら避けられないようだ。
「どうしたもんかね……」
「何、ぶつぶつ言ってるんですか荒井先生」
「……おう、悪いな急に呼び出して。新庄」
目の前の好青年は僅かに眉を潜めながら資料室の扉を閉める。閉め切ったこの空間では一切の情報は外へ漏れることは無い。俺の『本質』は条件の設定はまどろっこしいが、その分効果は折り紙つきだった。
「『王』について話がある」
俺の一言を受けて、穏やかだったはずのその表情が一変する。
「それにこれは、お前にとっても死活問題だ。生まれたばっかなのに、すぐには消えたくないだろ?」
「……荒井。お前、『裏返って』はいないな。……お前、何者だ?」
教師に対しての敬意を一切見せない生徒に向かって俺は苦笑する。
「俺か?ただの『観察者』だよ」
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全てを話し終えると、新庄はふらつきながら来客用のソファへと身を沈めた。
「……どうして、この話を俺にした?」
「お前はまだ『裏返って』から日が経っていない。元の新庄とまだ完全には分かれていないだろう?他の『従者』よりはまだ話が通じる。それに、直接の『王』からの指示も飛んでいない。便宜上、今動けるのは俺のクラスにいる『従者』だけだからな。その『従者』も早い段階で大屋鳥に『戻される』可能性が高い。それで、お前に白羽の矢が立ったわけだ」
「……お前の話が本当なら、お前は本来身を隠して成り行きを見守る存在なんじゃないのか?この行動自体、それに反しているだろう」
「そうさ。俺は『救世主』と『魔王』を観察する為にここにいる。決してその領域を侵してはいけない。……ただ、お前は『従者』だ。それに、俺も『従者』だ。『従者』同士が『王』を守るために動く事に、何かおかしなところがあるか?」
「この話を、俺が『王』にするとは考えないのか?」
「お前は話せないさ。そういう風に歪められている。今この空間は俺の『本質』で歪みが干渉していないだけだ。外に出れば名前さえ伝えられないはずだ。もちろん、本人の意志で、本人の口から出る話ならば別だがな」
「……俺はお前を信用していない。ただ、話自体は無視できない。『王』の為だ。『王』の為に、俺はお前に手を貸そう」
「話が早くて助かるよ。『背信者』」
――『王』の知らぬ間に、駒は入れ替えられた。盤石の動きはもう追えない。
「それで、俺は何をすればいい?」
「在るべきものを、在るべき姿へ」
俺の言葉に新庄は僅かに頷くと、場にそぐわない明るい声を出した。
「じゃ、俺もう行きます。……あれ、何か俺頼まれてませんでしたっけ?」
不思議そうに首をかしげる目の前の生徒に俺は不敵に笑って見せた。
「もう解決した。心配するな」
「そう……ですか?じゃ、失礼します。しばらく接触は控えるぞ、『観察者』」
「おう。悪いな」
付け焼刃にもならないかもしれない。所詮『観察者』は『観察者』にすぎないのだから。
それでも終焉の気配を察して、手をこまねいているつもりは毛頭無かった。
「――余計なことは、しない約束でしょ?」
背後からかかった声に、俺は全身を泡立てた。どうして。この部屋はまだ『閉じた』ままだ。あり得ない。
「……どうして……」
「それはこっちのセリフなのだけど。荒井仁。『観察者』であるはずのあなたがどうして
こんなことを?」
「……『救世主』に危害が加えられそうなのを、黙ってみていろと……?」
「在るべきものを在るべき姿へと、あなたは言った。それは、あなた自身にも言えることなのでは?……まぁ、今回は大目に見てあげる。次は無いけれど」
俺が後ろを振り返れずにいると、信じがたいほどの気配は一瞬で消え去った。
机の上の書類に、ぽたぽたと汗が落ちる。びっしょりと濡れた顔を手で拭い、俺はしばらくの間震え続けていた。




