カサンドラの日記②「風の忘れ形見」
今日は、うまく書けそうにない。それでも、書かないという選択肢はなかった。
ボレアスが、死んだ。
あの子は自分の速さが、部隊にとって最大の時間稼ぎの資源だと、誰よりも早く理解していた。だから迷わなかった。シューに笑いかけて、たった一人で、何千という影を引き連れて反対方向へ走っていった。
通信は最後まで繋がっていたらしい。荒野で囲まれながら、あの子は笑っていたと聞いた。嬲られながら、それでも笑い声を絶やさなかったと。
風の神は、いつも自由で、誰にも縛られない存在として語られる。あの子にちょうど似合う神話だと、生まれた日に思ったのを覚えている。風を宿す子は、群れの中にいても、どこかで一人、自由に空を駆けていたいものなのかもしれない。シューも同じ風の属性だ。あの子が兄の背中をどんな目で追っていたのか、今更ながら分かる気がする。だからこそ、あんな死に方をされるとは、想像していなかった。
最強の兵器のはずだった。単体の戦闘力だけを見れば、下級の魔獣程度は物ともしない設計だった。それでも、死ぬ時はあっけないほど呆気なく死ぬ。強さと生存は、必ずしも一致しない。
分かっていたはずのことを、今日、身をもって思い知らされた。
これ以上、感傷だけに頼っていては、次はもっと大勢を失う。だから明日から、リスク管理をやり直す。撤退の基準、時間稼ぎの割り当て、誰か一人にすべてを背負わせない編成。冷たいと言われても構わない。あの子の死を、次の誰かの死の言い訳にはしたくない。
シューには、まだ何も言えていない。あの子は、兄との約束があったと言っていた。何の約束かは、あたしにはまだ聞かせてもらえていない。それでいい。今は、あの子の分まで、あたしが強くならなければ。
悲しみは、消えない。それでも、悲しみを次への備えに変えることだけは、あたしにもできる。それが、母として、設計者として、あたしに残された唯一の弔い方だと思う。




