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傷喰いの異世界奴隷 〜痛みは俺の糧になる〜  作者: Astera
章二覧

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7話 試験

「……起きてください」


 小さな声だった。耳元で、ささやくように。


「朝です。早く起きないと……」


 ケイトは目を開けた。薄暗い小屋の中に狐の耳が見えた。昨日視線が交わっただけの、あの少女だった。


「鐘が二回鳴りました。三回目までに準備しないと殴られてしまいます」


 少女の声は丁寧で柔らかかった。長いこと使われていない楽器のような、それでもどこか整った響きだった。


 ケイトはゆっくりと起き上がった。肩にかけていた粗布がずり落ちる。


「……ありがとう」


 少女は小さく頷いた。それから躊躇うように小さな声で続けた。


「……ネア、です」


「ネア」


 名前を繰り返した。ネアはそれだけで少し肩が縮んだように見えた。


「俺はケイト。よろしく」


「……はい」


 ネアはそれ以上何も言わず視線を逸らした。


 他の奴隷たちはもう起き上がっていた。人族の男が二人、無言で身支度を整えている。ケイトと目が合うと片方が目線だけで頷いた。挨拶のつもりなのかもしれなかった。


---


 朝食は屋敷の裏手にある別の小屋で配られた。


 執事ではない別の使用人が大きな鍋からスープをよそっていた。木の椀を順番に渡される。ケイトの番が来ると使用人は椀の脇に黒パンの一切れを乗せた。


 他の奴隷の椀にはパンはなかった。


 (……俺だけか?)


 怪訝に思って隣の奴隷を見たが彼は何も言わずに自分の椀を受け取って戻っていった。視線も合わなかった。


 ネアが小屋の隅でケイトの隣に座った。彼女の椀にもパンはなかった。


「あなたは来たばかりだから……まだ期待されてるんです」


 小さな声で言った。


「期待?」


「使えるかどうか、これから調べられます。その間は、ちゃんと食べさせてもらえるんです」


 その「間は」という言葉に何かが含まれていた。ケイトは黒パンを手に取って半分にちぎった。片方をネアの椀の縁に置いた。


 ネアの目が見開かれた。


「だめです。見つかったら二人とも罰されます」


「誰も見ていないよ」


 ケイトは椀を持って別の場所に移った。周りに使用人はいなかった。


 ネアは少し迷ってからパンの欠片を握って懐にしまった。


---


 その日の朝のうちに執事が小屋に来た。


「ケイト。来い」


 名前を呼ばれただけで身体が固くなる。小屋の他の奴隷たちは顔を伏せた。視線を集めることが何より危険だと彼らは知っているのだ。


 ケイトは執事のあとに従った。屋敷の裏口から入り廊下を通って奥の部屋へ案内された。


 部屋の中には長身のエルフが立っていた。


 仕立ての良い灰色の上着を着ている。年齢は見た目で五十代前後。書類を片手に持ちケイトを上から下まで眺めた。


「これか」


 執事に向かって言った。執事は短く頷いて部屋を出ていった。


 エルフはケイトに近づき右手をかざした。


「動くな。これから鑑定する」


 手のひらから薄い光が出た。光がケイトの胸のあたりにかかり数秒で消えた。


 エルフの眉が、わずかに動いた。


「……これは」


 しばらく書類に何か書き、それからもう一度かざした。同じ結果らしかった。


「面白い。教会では文字化けしたと聞いたが。高位のスキルは鑑定で弾かれて読めないことがある。だが文字化けして表示されるなどというのは聞いたことがない。これは別物だ」


 独り言のように呟いた。それからケイトに目を戻して少し笑って言った。


「あるいは本当に何もないかだ」


 ケイトは何も言わなかった。


「次は属性試験だ。あの台に乗れ」


 部屋の奥に小さな台があった。台の上に水晶のような球が六つ並んでいる。色がそれぞれ違う。赤、青、緑、茶、白、黒。


「順番に手を置け。それぞれが火、水、風、土、光、闇に対応している。お前の魔力が反応すれば球が光る」


 ケイトは台に近づいて最初の赤い球に手を置いた。


 何も起きなかった。


 次の青い球。何も起きない。


 緑も茶も白も黒も。


 全部の球に触れ終わった頃にはエルフの表情から興味が消えていた。


「もう一度やってみろ」


 ケイトはもう一度繰り返した。結果は同じだった。


「……記録しておく」


 エルフは書類に書き付けてケイトを部屋の隅に立たせた。


「明日も同じ時間に来い。続きをやる」


---


 翌日からは初級魔法を試すことになった。


「魔力反応がなくとも簡単な詠唱で何か起きる場合がある。順番に試す」


 最初は火だった。エルフが詠唱の文句を口頭で教えケイトに復唱させた。手のひらに意識を集めろ、と言われた通りにしたが何も起きなかった。何度繰り返しても手のひらは冷たいままだった。


 翌日は水。次の日は風。土、光、闇と属性を一つずつ変えていった。


 どれにもケイトの体は反応しなかった。


 六つ目の闇の試験を終えた時、エルフが初めて声に苛立ちを混ぜた。


「ありえない。全ての属性に反応がないなど聞いたことがない」


 独り言のような口調だった。だが、それまでの落ち着いた声色とは違っていた。


「魔力なしの者でも、ひとつかふたつには微かな反応が出る。それすらないというのは……」


 言葉を切ってエルフはケイトをじろりと見た。


「お前、何か隠していないか?」


「いえ」


「魔力を抑える装具を身につけているわけでもない。鑑定でスキルが文字化けしているのもおかしい。全部おかしい」


 翌日からまた最初に戻って繰り返した。結果は同じだった。エルフは詠唱の言葉を変え構え方を変え、ケイトに目を閉じさせ立たせ座らせた。何をしても球は光らず手のひらは冷たいままだった。


 日を追うごとにエルフの態度が冷たくなっていった。最初は「面白い」と言っていた声色が五日もすれば「またか」に変わり十日を過ぎる頃には「無駄だな」が口癖になった。


 ケイトは何も言わなかった。試験の合間、屋敷の片隅に立たされたまま、ただ時間が過ぎるのを待つ日もあった。誰も話しかけない時間が長かった。


 夜、小屋に戻るとネアが隅で待っていた。


「お疲れさまです」


 毎晩、それだけを言ってくれた。それ以上は何も聞かなかった。


 他の奴隷の人族が、ある日ケイトに小さく言った。


「期待が消えれば楽になる」


 それ以上は続かなかった。彼の視線は床に落ちていた。


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