5話 売られる
翌朝、ケイトは南門に向かった。
今日の依頼は昨夜のうちに決まっている。商人の護衛、リムガルドの外まで半日の道のり。報酬は金貨二枚。普段とは桁が違う。
昨日の「???」はまだ頭の隅にある。ただ上位の鑑定士に見てもらうには金がいる。稼げばいい、それだけの話だ。今日の依頼はその一歩になる。
南門には四人が揃っていた。
出発前にシルヴァンが言った。
「今日は現地で荷主と合流する形だ。護衛は荷主の近くに張りつくのが基本だ。街道を外れる場合は前後に散る。今日はケイトは中央で荷を見ていてくれ」
「わかりました」
アエラが横から付け足した。
「何かあったらすぐ声を出して。判断は私たちがするから、あなたは荷から離れないこと」
ファリンが「まあ今日は楽な仕事だけどな。道も悪くないし相手も一般の商人だ」と笑った。
ドレアンは何も言わなかったが出発前に短刀の位置を確認するよう顎でしゃくった。
ケイトは歩き出した。金貨二枚。高額鑑定の費用にはまだ遠いが、こういう依頼が続けばいい。
町から伸びる街道を進み、しばらくして細い脇道に入った。
「商人というのはどこで落ち合うんですか?」
「もう少し先だ」
シルヴァンが前を向いたまま答えた。
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しばらく進むと廃屋があった。
街道から外れた先に石造りの古い建物がある。窓には板が打ちつけてある。扉だけが新しかった。
シルヴァンが扉を押した。
中に人がいた。
がっしりとした体格の男だ。年齢は四十代くらいか。黒い外套を着ていて首に鍵の束をぶら下げている。
「待たせたな」とシルヴァンが男に言った。
男はケイトを頭からつま先まで眺めて小さく頷いた。それから外套の内側から革袋を取り出しシルヴァンに渡した。硬いものが当たる音がした。
ケイトは少し首を傾けた。
「……先払いなんですか?」
シルヴァンは振り返らなかった。革袋を受け取ったまま静かに言った。
「いや。これで依頼は完了だ」
一瞬、意味がわからなかった。
「どういう事ですか?」
ケイトは嫌な予感がして一歩後ろに引き出口を確認した。扉の前にドレアンが立っていた。いつの間に移動したのかわからなかった。
「落ち着けよ」
シルヴァンが穏やかな声で言った。
「悪いな。こっちにも事情がある」
言葉が出なかった。
頭が理解を拒否している。一ヶ月間、毎朝食堂で合流した。飯を食った。依頼をこなした。その全部が今、逆向きに走っていく。
隣でアエラが腕を組んだ。さっきまでの仮面が、もう完全に剥がれていた。
「驚いた?」と彼女は言った。「ずっと信じてたんでしょ、私たちのこと」
「アエラ」
「いいじゃない、もう終わるんだから」
彼女はケイトを正面から見た。視線に温度がない。
「勘違いしてたのよ、あなた。一ヶ月一緒にいたから仲間だと思ってた? 人間を仲間に入れる気なんて最初からなかったわ。パーティーに入れると本気で思ってたの?」
(あ)
そういうことか。
ケイトの中で何かが音を立てて崩れた。
「……最初から、こういう予定だったんですか?」
「最初から売るつもりだったわけじゃないのよ。すごい能力でも持ってたら、本当に仲間にしてたかもしれない。でもあなた、何もできないでしょ。スキルだって結局何かわからないまま。だったら売った方がマシじゃない」
笑っていた。楽しそうに。
血が頭に上るのがわかった。前世でも何度も経験した感覚だ。使えないと烙印を押されたとき。努力を笑われたとき。それでも何度でも同じことをしてしまう。
「ふっ、ふざけんな!」
声が震えた。
「一ヶ月、一緒にいただろ!俺がどれだけ」
「感情的ね」とアエラは言った。「だから人間は、いつまでも利用されるのよ」
体が動いた。
短刀を引き抜こうとした。だが右腕が上がらなかった。気づいたら腕を後ろに取られていた。ドレアンだ。いつの間に動いたのか分からなかった。岩のような手だった。
ファリンが前に回った。目が笑っている。
「暴れると痛いぞ」
言葉通りに動けなかった。
シルヴァンはずっと振り返らなかった。男と何かを話している。
「傷はつけないでくださいよ。金を払ってるんですから」
男の声だった。低く事務的な口調だった。商品の扱いを確認する、それだけの声だった。
(商品)
それだけだった。
最後まで振り返らなかった。そしてやっと一言だけ肩越しに言った。
「お前が憎いわけじゃない。ただ、良い値がついたんでな」
頭の後ろに鈍い衝撃が来た。
(くそっ……)
視界が歪んだ。膝が崩れた。
(また俺は)
床が近づいてくるのが、遠くから見ているようだった。
声が遠ざかる。光が薄れる。アエラが何か言っている。聞こえない。
ケイトはそのまま落ちた。




