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傷喰いの異世界奴隷 〜痛みは俺の糧になる〜  作者: Astera
第1章

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3話 初めてのゴブリン狩り

 約束の時間の少し前に宿の食堂に行くと、シルヴァンたちは既に揃っていた。昨夜と同じ四人。ただ今朝は武装している。シルヴァンは腰に片手剣、アエラは背中に弓と矢筒(やづつ)。ドレアンの背中には大型の斧。ファリンは軽装で腰回りや袖口に何かを隠し持っている様子だった。


「来たな」


 シルヴァンが言った。


「お世話になります」


「堅い挨拶はいらない。まず聞くが武器は持っているか?」


「ないです」


「やっぱりね」


 アエラが言った。


「これを使え」


 シルヴァンが短刀を差し出した。刃渡りが二十センチほどのシンプルなナイフだ。柄の革がすり切れている。誰かのお古だろう。


「とりあえず持っていろ。今日は後方でいいが身を守れる武器は必要だ」


「わかりました」


 次にドレアンが大きな麻袋を二つ無言でケイトの前に置いた。


「それも持って」


 アエラが言った。


 中身は討伐後に素材を入れる袋と水や食料の入った荷袋だ。合わせるとなかなかの重さがある。


「……荷物持ちですか?」


「最初はみんなそうよ。報酬はちゃんと出るんだから悪い話じゃないでしょ?」


「わかりました」


 ケイトは麻袋を両肩にかけた。ずしりと重い。


---


 ゴブリンの巣は町から一時間ほど歩いた森の中にあった。


 道中、シルヴァンはスキルやレベルの話、依頼の等級、森の中での注意事項などを教えてくれた。


「スキルとレベルは別物だ」とシルヴァンは言った。「レベルは経験で上がるが、スキルは生まれつき決まっている。成長するにつれて精度は上がるがな」


「どうやって分かるんですか?」


「教会に行けば機械で測れる。金がかかるが」


「今は無理ですね…」


「今は急ぎじゃないわ。どうせFランクじゃスキルの差なんてたかが知れてるし」


 アエラが言った。それでこの話は終わった。


 (自分のスキルか)


 ケイトは昨夜試した「ステータスオープン」を思い出した。


---


 森に入ってしばらくしてケイトは臭いに気づいた。


 鼻を突く悪臭だ。どこか腐ったような匂いが草木の間から漂ってくる。ファリンが手を挙げて全員が足を止めた。


 シルヴァンとドレアンが無言で前に出た。アエラが弓に矢を番えた。ファリンが横に散って茂みに消えた。


 何秒かして茂みが揺れ、小さな影が現れた。一メートル少しの背丈。やせ細った腕と、丸くて大きな頭。緑がかった灰色の肌。目が黄色い。


 ゴブリンだ。


 (……本物だ)


 わかってはいた。ゴブリン討伐の依頼がある世界だ。いて当然だ。それでも実際に目にすると理解が追いつかなかった。二足歩行で目があって手がある。小さいが人間の形をしている。


 三体出てきた。シルヴァンが動いた。


 次の瞬間には一体が地面に倒れていた。速すぎて見えなかった。ドレアンが別の一体を斧で弾き飛ばし、アエラの矢が残りの一体に刺さった。


 終わった。


 十秒もかかっていない。


 ケイトは短刀を握ったまま何もできなかった。


「今日はこれで終わりじゃないぞ」


 シルヴァンが剣を拭いながら言った。「行くぞ」


 ケイトは倒れたゴブリンをひと目見た。


 地面に伏せたまま動かない。血が出ている。普通の血だ、赤い。


 嘔吐感はなかった。恐怖もあまりなかった。ただ二足歩行で目を持つ生き物が死んでいるという事実が、すぐには飲み込めなかった。


 その日は五体討伐した。ケイトは一体も倒せなかった。


 帰り道、ケイトは荷袋を担いだまま後ろを歩いた。ゴブリンが来ても体が遅れた。戦い方を知らない。頭でわかっていても手が動かなかった。


 ドレアンが横に並んだ。声を落として話しかけてきた。


「初めてのゴブリン討伐はどうだった?」


「荷物運びしかできませんでした……」


「それでいい」


 ドレアンは前を向いたまま続けた。


「パーティーは全員が自分の役割をこなせれば動く。最初から戦える奴なんていない」


 それだけ言って、また口を閉じた。


 (この人、ちゃんと見てたのか)


 短い言葉だった。それでも少し心が軽くなった。


---


 それから似たような日が続いた。


 毎朝食堂で合流して依頼をこなして夕方に戻る。ケイトの仕事は荷物持ちと討伐後の素材の管理と周囲の警戒だ。戦力にはならない。それでも翠銀の弦(すいぎんのつる)はケイトを連れ回した。


 ひとまずケイトは覚えることに集中した。


 最初にシルヴァンが短刀の持ち方を確認した。


「利き手で持て。親指はここ。力を入れすぎるな」


 言われた通りにすると、シルヴァンは無言で手首の角度を少し直した。「実際に振ってみろ。木でいい」


 近くの幹に向かって振ってみた。刃が斜めに当たって手首に変な衝撃が来た。もう一度。今度は角度を意識した。少しましになった気がした。もう一度。


「力が入りすぎだ。力で切るんじゃない。重さで切れ」


 頭ではわかっているが上手くできない。それでも繰り返した。十回、二十回。腕が疲れてきた頃にシルヴァンが「今のが一番近い」と言った。


「ありがとうございます」


 どこが違ったのか自分ではわからなかった。


 ある日の休憩中、アエラが手のひらを上に向けた。小さく何かを呟くと掌の上に水が湧いた。そのまま革袋に流し込んで何事もなかったように飲んだ。


「今のは?」


「生活魔法。水を出すだけ。覚えれば誰でもできるわ」


 ケイトは同じように手のひらを向けて念じてみた。何も起きなかった。呼吸を整えてもう一度。何も起きなかった。


「……何か手順がありますか?」


「感覚よ。魔力を手に集めるイメージで」


 やってみた。やっぱり何も起きなかった。


「感覚をつかむまで繰り返すしかないわ」


 別の日、ドレアンが太い丸太を一本地面に立てた。自分の斧を脇に置き、代わりに手頃な重さの丸太の切れ端を手渡してきた。


「振れ。腕じゃなく体全体で」


 ケイトが振るとドレアンが腕を指さした。「腕で振るな。体全体を使え」


 もう一度振った。今度は少し違う感触があった。


「重いものを振り続ければ体ができる。毎日やれ」


 それだけ言ってドレアンは自分の斧を背負い直した。


 ファリンは森での索敵を教えた。足音の殺し方、風向きの読み方、草の踏み方。


 実際に試してみると難しい。


「三回に一回は、まあ及第点。まだまだだな」ファリンが笑って言った。


「わかっていますよ」


「怒るなよ。正直に言ってるだけだ」


 剣もだめ。魔法もだめ。腕力もだめ。索敵もだめ。前の人生と同じで何をやっても人並みに届かない。それでもケイトは毎朝来た。他に行く場所がなかった。


 一週間が経った。二週間が経った。


 夕飯のあとシルヴァンが酒を頼んだ。ギルドの向かいの食堂だ。五人で長テーブルを囲んだ。


 ファリンが二杯目に入ったあたりで言った。


「なあケイト、お前今日、ゴブリンを倒してたよな?」


「はい。なんとかやっと一匹倒すことができました」


「大成長だな!ドレアン、お前が初めてゴブリンを倒したのって何年前だ?」


 ドレアンは何も言わなかった。


「何年生きてると思っているのよ。覚えてるわけないじゃない!」


 アエラが吹き出した。シルヴァンが静かに笑っていた。ドレアンは黙って酒を飲んでいる。


 ケイトは思わずつられた。


「今笑っただろ」とファリンが言った。


「笑ってません」


「絶対笑った。俺の目を誤魔化せると思うな」


 ケイトは酒に口をつけた。強かった。前の世界の酒とは違う。


 (悪くない夜だな)


 ゴブリンへの抵抗感は薄れた。考えすぎると動けないので、とりあえず目の前のことをこなすことに注力することを覚えた。


 三週間ほど過ぎた頃にはゴブリンなら余裕をもって相手できるようになった。相手が二体でも無理をすればなんとかなる。


 シルヴァンに言われた通り腰を入れて振るようになってから刃の当たり方が変わった。ドレアンに教わった通りに毎朝丸太を振り続けたら一週間前より疲れなくなった。魔法はまだ何も起きない。それでも体は確実に変わっている気がした。


 (少しずつ、身についてきたな)


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