1話 冒険者登録
城壁が大きくなってきたのは日が高くなった頃だった。
林を抜けてからずっと歩いている。草原を横切り街道らしき轍の跡を見つけそれを辿ってきた。
(ここはどこだ……)
歩きながらずっとそれだけを考えていた。
病院ではないだろう。夢にしてはリアルすぎる。気を失って別の場所に運ばれたにしては景色が非現実的すぎた。どこまでも続く草原、遠くにそびえる石造りの城壁。中世ヨーロッパの挿絵から出てきたような眺めだ。ここはどこの国だ。俺はどうやってここまで来た。
答えは出ないまま、人の流れが見えてきた。
荷馬車が前を行き、行商人らしき男が荷を担いで追い越していく。その声が耳に届いた瞬間、圭人は足を止めた。
(……聞き取れる)
当たり前のように言葉が入ってくる。御者が馬に何か言っている。荷を担いだ男が連れと話している。全部わかる。
(明らかに日本人ではないのに、なぜだ?)
海外に飛ばされたなら言葉が通じないはずだ。
ジャケットにスラックス、革靴といったその格好も明らかに周囲から浮いていた。
城門が近づいてくる。灰褐色の石積みが空に向かって伸び、アーチ型の入り口には槍を持った門番が二人立っている。その手前で荷馬車が止まり、御者と門番がやり取りをしていた。
「早くしてくれよ、リムガルドの夕市が始まる前に入りたいんだ」
御者が言った。
リムガルド。それがこの町の名前らしかった。
荷馬車が門を通ると、次は自分の番になった。
二人の門番のうち背の低い方が圭人を見て少し目を細めた。頭から足先まで一度眺めてから「どこから来た」と言った。
「少し東の方から」
嘘ではない。林は東にあった。
「商人か?」
「いいえ」
「なら何だ?目的は?」
答えに詰まった。何者かと問われるとまだ自分でもよくわからない。
「通りすがりです。少し滞在させてもらえれば」
門番は鼻から息を吐いた。怪しんでいるというより面倒くさそうだった。
「名前は」
水瀬圭人、と言いかけてやめた。この場所で本名を出すことに根拠のない躊躇いがあった。
「……ケイト」
「ケイト、ね」
門番は特に気に留めた様子もなく顎をしゃくった。
「入っていい」
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「冒険者ギルドというのは、この町にありますか?」
この城壁都市を見たときから感じていた違和感。ゲームや小説で見る異世界転移といった状況が頭から離れない。ここがそういう場所かどうか確証はまだないが思わず訪ねてしまった。
門番は少し目を上げた。ケイトを改めて見てため息をついた。
「ある。大通りを真っ直ぐ行って、広場の手前を左に曲がれ。でかい建物があるからわかる」
「ありがとうございます」
「……。はい、次の人」
門番はもう次の通行人を見ていた。
---
城門をくぐると、匂いが変わった。
石畳の湿り気、炒り豆の焦げた香り、鉄を打つ音がどこか遠くから響いてくる。人の密度が急に上がって音の層が厚くなった。ケイトは少し立ち止まり息をするだけでいた。
(……本当に、どこだここは)
夢ではないと思う。空腹だ。靴の中が蒸れている。全部リアルだ。
なのに城壁都市で言葉が通じて冒険者ギルドがある。周りの人間は中世の挿絵から出てきたような格好をしている。
考えたところで今すぐわかることでもない。まず飯を食える状況を作る方が先だ。
大通りを歩いた。言われた通り広場の手前を左に曲がると一回り大きな建物が見えた。入り口の上に剣と盾を交差させた紋章が掲げてある。扉は開け放たれたままで中から笑い声と椅子を引く音が聞こえてくる。
ケイトは扉の前で一度深く息を吸い、中へ入った。
---
中は広かった。
天井まで届く掲示板には依頼書がびっしりと貼られ、長テーブルでは昼飯を食いながらカードを囲む男たちがいる。隅では腕に包帯を巻いた若い男が仲間らしき女性に言い訳をしており、女性のほうは腕を組んで聞いていない。窓際の席では白髪の老人が一人何も飲まずにただ外を見ていた。
奥のカウンターには赤毛の女性が立っていた。分厚い台帳をめくりながら横で口論している二人組を交互に睨んでいる。
誰もケイトを見なかった。少し安心した。
カウンターに向かうと赤毛の女性がこちらを見た。値踏みするような目で頭から足先まで一度見て、
「見ない顔ね。登録?それとも依頼?」
ケイトは少し考えてから答えた。
「登録を、お願いします」
女性の眉が少し上がった。それから台帳を一冊引き出してカウンターに置いた。
「名前は」
「ケイト」
女性はさらりと台帳に書き込んだ。
「ランクはFスタートね。依頼は掲示板から選んで持ってきて」
そう言って彼女は台帳を脇に置き、今度こそケイトを視界から外した。
ケイトは受け取った登録証を見下ろした。薄い金属の板に名前と数字が刻まれている。
ケイト
どこか軽い気がした。それが今は悪くなかった。




