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傷喰いの異世界奴隷 〜痛みは俺の糧になる〜  作者: Astera
第3章

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16話 深部

 森の様子が変わっていた。


 木々が太い。一本一本が屋敷の柱より太く、見上げても葉の天井が空を覆っている。光が地面まで届かない。草も低木もほとんどなく、足元は湿った苔と腐葉土で柔らかかった。


 動物の気配がない。鳥の声がしない。風の音すら聞こえない。中部にいた時は背景のように聞こえていた音が、ここでは全て消えている。


 息を吐いた。白くは濁らないが空気が冷たい。


 マジックバッグから乾かした肉の欠片を取り出す。残りは半日分もない。


 それでもケイトは奥へ進んだ。


---


 数日が過ぎた。


 深部で出会う魔物は、中部より一回り大きかった。


 大型の狼に出会った。一頭。背の高さがケイトの胸まである。グレーウルフの倍はあった。だが群れではない。前世で聞いたダイアウルフという名前が頭をよぎる。


 単独なら処理できる。リーダー格を先に潰す感覚で、踏み込んでから喉に剣を入れた。狼の体が地面に倒れた。肉を切り出してマジックバッグに詰める。これで数日は持つ。


 深部にはまともに食える獲物が少なかった。マジックバッグの黒パンはもう尽きている。狼の肉だけが頼りだ。


---


 その日、ケイトの前に立っていたのは樹だった。


 最初は本当に樹だと思った。胴回りが屋敷の門柱の倍はある巨木で、根元が異様に張り出している。だが近づくと、樹皮の下に節のような目があった。両側から太い枝が腕のように伸びている。


 その腕が動いた。


 蔓が地面から伸びて、ケイトの脚に絡みつく。引き寄せられる。剣を抜いて蔓を切った。切れた断面から樹液のような白いものが溢れ、すぐに新しい蔓が伸びてくる。


 胸まで届きそうな腕がケイトの上に振り下ろされた。横に転がって避ける。地面が深く抉れる。木の幹に挟まれていれば即死だった。


 ケイトは樹の側面に回り込んだ。剣を幹に叩き込む。刃は半ばまで入った。だが剣を抜くと、傷口がゆっくり閉じていく。


 物理ではどこに刃を入れても、こいつの中心に届く前に塞がっていく。


(魔法が、欲しい)


 屋敷で見た家庭教師の球。あの六色のどれかが今ここで使えていれば。火でも、土でも、風でも。何か一つ。


 ない。何もない。物理で倒せない相手に、物理しか手がない。


 蔓がまた伸びてきた。腕が振られる。ケイトは下がり、避け、踏み込み、切る。また切る。何度も同じことを繰り返した。汗が目に入っても拭えない。


 日が傾く頃、ようやく樹の中心らしき節を見つけた。幹の根元、地面に近い場所に、心臓のように脈打つ瘤がある。剣を両手で握って、何度も何度も、そこを叩き続けた。


 瘤が割れた。


 樹の腕が地面に落ちた。蔓も動かなくなる。


 ケイトは膝をついた。腕が上がらない。剣を地面に突き立てて、それに体重を預ける。汗で目が見えなかった。


 一体倒すのに半日。力ではなく、やり方が合っていない。同じ力の使い方をいくら繰り返しても、相手が変われば通じなくなる。


---


 翌日、開けた場所でゴブリンの集団を見た。


 数は六。だがその中央に一体だけ、頭一つ抜けた個体がいた。背の高さはケイトより上。胴回りが太く、革の鎧と鉄の長剣を身につけている。配下のゴブリンが扇形に並んで、ケイトを取り囲もうとする。


 最初に動いたのは中央の個体だった。配下に向かって何か吠えると、四体のゴブリンが一斉に駆けてきた。


 ケイトは剣を抜いて踏み込む。


 一体目を斬る。二体目の脛を払って転倒させ、首に剣を入れる。三体目は突きで胸を貫く。四体目は素手で顎に当てて、倒れる前に喉を突いた。


 配下は片付いた。残りの一体は、その間動かずに見ていた。


 中央の個体が剣を抜いた。


 踏み込んできた。


 一撃目。ケイトは受けた。重い。腕が痺れる。二撃目が来る前に間合いを詰めようとした。だが相手の方が速い。脇腹に入りかけた刃を革鎧の上で止めた。三撃目で、ケイトは初めて後ろに飛んだ。


 配下とは違う。振りの一つ一つに次がある。


 空振りを誘った。踏み込む。体に染みついたやり方だ。通じた。脇を斬った。中央の個体が一歩下がる。次の振りが来た。今度は速い。完全には避けきれず、肩に刃が入った。


 血が落ちる。だが止まらない。剣を返して相手の手首に叩き込んだ。武器が落ちる。


 最後の一撃を首筋に入れた。倒れた個体から剣を引き、肩で息をつく。


 体の中に、また何かが入ってくる感覚がある。中央の個体の剣の組み立て。重心の運び方。間合いの取り方。それが、ケイトの中で形を結んでいく。


---


 ケイトは死骸の脇に座り込んだ。


 マジックバッグを覗く。残っていたのは水袋一つと、屋敷から取った金貨袋。食えるものはない。狩った魔物の肉も、深部のものは持たなかった。


 深部の魔物は、もう怖くない。技は身についている。だがトレントのような相手には物理だけでは時間がかかりすぎる。


(やり方を変えないと、ここから先がない)


 ケイトは立ち上がり剣を鞘に納めて、東の方角を見た。森の天井の隙間から、わずかに光が差している。空気が動いていた。気のせいかもしれない。だが、奥には何かがあるはずだった。


 深部の先には、山がある。


 ケイトは歩き出した。

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