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傷喰いの異世界奴隷 〜痛みは俺の糧になる〜  作者: Astera
章2覧

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11話 実験

 翌朝、鐘が鳴る前に執事が小屋に来た。


「来い」


 短い呼び出しだった。これまで何度か聞いた声だ。ケイトは藁の上から身を起こした。


 屋敷の裏口を抜けた執事は石の階段を下へ下へと下りていった。地下に降りるのはこれが初めてだった。扉の前で執事は鍵の束から一つを選び、錠を開けた。


「入れ」


 低い天井の部屋だった。窓はない。壁に鉄の環が数個、床に足枷や水桶、壁際に鞭や棒などの拷問道具が並んでいた。


 執事が扉を閉めた。


「旦那様のご指示だ。服を脱げ」


 声は事務的だった。ただ、目の下の隈が普段より濃い。執事は壁際の道具に視線を送り、棒を一本選んで手に取った。


 ケイトは動けない。執事は待たなかった。


 棒が振り下ろされた。次に鞭。それから革の帯。最初は叫んだ。やがて叫ぶ余裕もなくなった。


 意識が途切れると水を浴びせられた。


「次は水攻めだ」


 桶の中に頭を押し込まれる。息ができない。数を数える。十まで。十五まで。二十まで。


 引き上げられた瞬間、咳き込んだ。涙と水の境がなかった。


 同じことが、しばらく続いた。


---


「今日からやり方を変える」


 水晶を握らされた。先日の試験で使ったものと同じものだった。だが今度は六つすべてを一度に。外から魔力が流し込まれた。最初の一撃で倒れた。倒れたままでは実験が進まないので、床に座らされ手を開かされ握らされた。それが連日続いた。


 痛みの区別がつかなくなった。熱。冷たい刃。引きずられる。潰される。こじ開けられる。闇は心がズタズタに引き裂かれる感覚だった。


 執事の手がペンを動かした。


「反応、なし」


---


 食事が出ない日が続いた。一週間、水だけのこともあった。空腹は最初のうち鋭かったが、すぐに鈍くなった。鈍くなると体が動かない。動かない体を起こされ棒で打たれた。


 夜、小屋に戻されても眠れなかった。眠ろうとすると執事の影が立った。


「起きろ」


 また地下に連れて行かれた。


 時間の感覚が壊れていく。


 空腹の中、走らされた。中庭を。傷がふさがっていない状態で。血が靴の中に溜まった。


 木剣を振らされた。腕が上がらない位置まで。振れなくなると棒で打たれた。


「スキルが出るまで続けろとのご指示だ」


 執事の声は変わらなかった。


---


 ある夜。


 小屋の隅に戻されて壁に背を預けた。


 三人の視線が一斉にケイトに向いた。


 ガレスが真っ先に立ち上がり、近づいてきた。ケイトの体を一目見て、息を呑んだ。


「ひどい」


 声は低かったが、怒気を帯びていた。葉を潰した塊を差し出す。


「打ったところに張っておけ。全部だ」


 ケイトは手を伸ばせなかった。ガレスがケイトの腕を取り、自分で傷の上に塊を置いた。青臭い匂いが鼻に抜けた。


 トゥールが壁から離れて近くに座った。


「前にも、同じことはあった。だがここまでじゃなかった」


 抑えた声だった。そして小さく付け足した。


「これは、殺す気だ」


「ケイト」


 ガレスが言った。「逃げるしかない。俺たちも手伝う」


 逃げる。その響きが遠すぎて、頭の中で形にならなかった。


「ガレス。お前……」


 トゥールが続けた。


「前々から思っていたことだ。ケイトがまだ動けるうちに実行しよう。このままじゃ死んでしまう。機会は俺たちも見ておく。皆もそれでいいな?」


 ネアが隣に座った。水で濡らした布を、ケイトの頬にそっと当てた。唇を噛んでいた。


「……こんなになるまで」


 ネアの声が震えていた。布を動かす手も、途切れ途切れだった。


「……ケイトさん」


 ネアの目が赤かった。涙が頬を伝い、ケイトの肩に落ちた。


 ケイトは返す言葉を探したが、見つからなかった。ただ、頬に当てられた布から、微かな震えが伝わっていた。


---


 しばらくは同じような日が続いた。


 打たれた。鞭を受けた。水に沈められた。魔力を流された。食事を抜かれた。走らされた。


 だが、ある日から倒れるまでの時間が延びていた。


 鞭を十発。以前は五発で膝が折れた。今は十発でまだ立っている。


 (慣れ、か)


 人間は、何にでも慣れる。痛みにも、夜の長さにも、食えない日にも。耐えているだけだ。そう思い込んでいた。


---


 ある夜。


 ケイトが部屋に戻ると誰も戻っていなかった。


 誰もいない日は初めてだった。


 不審に思っていると執事が小屋に来た。


「来い」


 いつもの声だった。いつもと同じ、事務的な呼び出し。


 ケイトは黙ってついて行った。

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