11話 実験
翌朝、鐘が鳴る前に執事が小屋に来た。
「来い」
短い呼び出しだった。これまで何度か聞いた声だ。ケイトは藁の上から身を起こした。
屋敷の裏口を抜けた執事は石の階段を下へ下へと下りていった。地下に降りるのはこれが初めてだった。扉の前で執事は鍵の束から一つを選び、錠を開けた。
「入れ」
低い天井の部屋だった。窓はない。壁に鉄の環が数個、床に足枷や水桶、壁際に鞭や棒などの拷問道具が並んでいた。
執事が扉を閉めた。
「旦那様のご指示だ。服を脱げ」
声は事務的だった。ただ、目の下の隈が普段より濃い。執事は壁際の道具に視線を送り、棒を一本選んで手に取った。
ケイトは動けない。執事は待たなかった。
棒が振り下ろされた。次に鞭。それから革の帯。最初は叫んだ。やがて叫ぶ余裕もなくなった。
意識が途切れると水を浴びせられた。
「次は水攻めだ」
桶の中に頭を押し込まれる。息ができない。数を数える。十まで。十五まで。二十まで。
引き上げられた瞬間、咳き込んだ。涙と水の境がなかった。
同じことが、しばらく続いた。
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「今日からやり方を変える」
水晶を握らされた。先日の試験で使ったものと同じものだった。だが今度は六つすべてを一度に。外から魔力が流し込まれた。最初の一撃で倒れた。倒れたままでは実験が進まないので、床に座らされ手を開かされ握らされた。それが連日続いた。
痛みの区別がつかなくなった。熱。冷たい刃。引きずられる。潰される。こじ開けられる。闇は心がズタズタに引き裂かれる感覚だった。
執事の手がペンを動かした。
「反応、なし」
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食事が出ない日が続いた。一週間、水だけのこともあった。空腹は最初のうち鋭かったが、すぐに鈍くなった。鈍くなると体が動かない。動かない体を起こされ棒で打たれた。
夜、小屋に戻されても眠れなかった。眠ろうとすると執事の影が立った。
「起きろ」
また地下に連れて行かれた。
時間の感覚が壊れていく。
空腹の中、走らされた。中庭を。傷がふさがっていない状態で。血が靴の中に溜まった。
木剣を振らされた。腕が上がらない位置まで。振れなくなると棒で打たれた。
「スキルが出るまで続けろとのご指示だ」
執事の声は変わらなかった。
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ある夜。
小屋の隅に戻されて壁に背を預けた。
三人の視線が一斉にケイトに向いた。
ガレスが真っ先に立ち上がり、近づいてきた。ケイトの体を一目見て、息を呑んだ。
「ひどい」
声は低かったが、怒気を帯びていた。葉を潰した塊を差し出す。
「打ったところに張っておけ。全部だ」
ケイトは手を伸ばせなかった。ガレスがケイトの腕を取り、自分で傷の上に塊を置いた。青臭い匂いが鼻に抜けた。
トゥールが壁から離れて近くに座った。
「前にも、同じことはあった。だがここまでじゃなかった」
抑えた声だった。そして小さく付け足した。
「これは、殺す気だ」
「ケイト」
ガレスが言った。「逃げるしかない。俺たちも手伝う」
逃げる。その響きが遠すぎて、頭の中で形にならなかった。
「ガレス。お前……」
トゥールが続けた。
「前々から思っていたことだ。ケイトがまだ動けるうちに実行しよう。このままじゃ死んでしまう。機会は俺たちも見ておく。皆もそれでいいな?」
ネアが隣に座った。水で濡らした布を、ケイトの頬にそっと当てた。唇を噛んでいた。
「……こんなになるまで」
ネアの声が震えていた。布を動かす手も、途切れ途切れだった。
「……ケイトさん」
ネアの目が赤かった。涙が頬を伝い、ケイトの肩に落ちた。
ケイトは返す言葉を探したが、見つからなかった。ただ、頬に当てられた布から、微かな震えが伝わっていた。
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しばらくは同じような日が続いた。
打たれた。鞭を受けた。水に沈められた。魔力を流された。食事を抜かれた。走らされた。
だが、ある日から倒れるまでの時間が延びていた。
鞭を十発。以前は五発で膝が折れた。今は十発でまだ立っている。
(慣れ、か)
人間は、何にでも慣れる。痛みにも、夜の長さにも、食えない日にも。耐えているだけだ。そう思い込んでいた。
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ある夜。
ケイトが部屋に戻ると誰も戻っていなかった。
誰もいない日は初めてだった。
不審に思っていると執事が小屋に来た。
「来い」
いつもの声だった。いつもと同じ、事務的な呼び出し。
ケイトは黙ってついて行った。




