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傷喰いの異世界奴隷 〜痛みは俺の糧になる〜  作者: Astera
章2覧

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10話 身体能力試験

 中庭に出るとエルフの護衛が立っていた。鎧ではなく革の胸当てだけを着けた筋肉質の男だ。腰に剣を帯び腕を組んで壁に背を預けている。


 護衛はケイトを見下ろした。何も聞かない。


「まずは体力を見る。走れ」


 中庭を何周も走らされた。ゴブリン狩りで多少は体力がついたと思っていたが、一時間ほどで足が止まった。膝に手をついて息を整えていると、護衛が舌打ちした。


「遅い。もっと本気で走れ」


 もう本気だった。それを言えば、もう一周増やされる気がして黙った。


「次は剣を振ってみろ」


 木剣を渡された。振ってみる。一度。二度。


「腕が先に出ている」


 短い指摘だった。直し方は教えない。


「受けろ」


 護衛の木剣が軽く動いた。軽く、のはずだった。腕で受けようとしたが間に合わず、肩に入る。体が横に飛ぶ。地面に転がった。


「立て。構えが甘い。剣は体の前だ」


 もう一度打たれた。今度は脇腹。息が詰まる。


「……基本の型を教える。暫くは徹底的に叩き込むぞ」


 その日、護衛が口にしたのはそれだけだった。


---


 翌日も同じだった。走り、振り、打たれる。


 三日目も。四日目も。


 護衛の指示は日を追うごとに短くなっていく。最初は「構えが甘い」と言っては助言をくれたが五日目あたりからは何も言わなくなった。黙って打ち、黙って見下ろし、黙って去っていく。


 屋敷の中でも空気が変わっている。


 使用人がケイトと目を合わせなくなった。廊下ですれ違う時、存在しないもののように避けられる。


 試験の七日目、護衛に木剣で打たれて膝をついた。立てない。膝の上で手が震えている。護衛は数秒待って背を向けた。


「もういい。明日から教えたことを練習しておけ」


 その日から護衛は中庭に現れなくなった。


---


 小屋に戻るともう一人の人族の男が隅にいた。


 トゥールとは別の男だ。体格はトゥールより一回り大きいが、いつも背を丸めて座っている。名前はまだ聞いていない。


 ケイトが壁際に座り込むと男が近づいてきた。手に何か持っている。


「……これを打ったところに張っておけ。少しはましになる。庭の隅に生えている薬草だ」


 葉を潰して練ったような青臭い塊だった。


「ありがとうございます……あなたは?」


「ガレスだ」


「……ケイトです」


 ガレスはそれだけ言って元の場所に戻った。


---


 朝の風が温くなっている。日が長くなり小屋の隙間から差し込む光の角度が変わった。季節が動いている。ここに来た時は春だった。もう夏が近い。


 ある日の夕方、執事が来た。


「来い」


 また執務室だった。


 ダエリスは椅子に深く座り書類を一枚も持っていない。今までと違う。


「護衛の報告を受けた。身体能力も使えないそうだな」


「……」


「魔法も使えない。学問もできない。体も動かせない。三つの試験で、お前は何一つ結果を出せなかった」


 声に怒りはない。いつもと同じ事実を並べる口調だ。


「だがお前のスキルはまだわからない」


 ダエリスは初めてケイトの目を見た。


「体に負荷をかけて引き出す方法がある。極限状態で目覚めるスキルも過去にはあったようだ」


 ケイトの背中に冷たいものが走った。


「お前の体で何が起きるか試してみよう。金貨十枚分の価値が出るまで続ける」


 声は穏やか。提案するような口調。それが一番怖かった。


 ケイトは何も言えない。頷くこともできず、ただ立っている。


「下がれ」


---


 夜、小屋に戻ってもケイトは動けなかった。


 壁に額を押し付けたまま座っている。目を閉じている。


 ネアが隣に座った。何も言わなかった。


 どれだけ時間が経っただろう。壁の隙間から入ってくる風だけが動いていた。


「……俺はここで終わるのか?」


 声が出ていた。自分でも驚いた。口に出すつもりはなかった。


 ネアはしばらく黙っていた。


「……終わりません」


 小さな声だった。


「私も、何度もそう思いました」


 ネアの手が、ケイトの袖に触れた。握りはしなかった。ただ触れただけだった。


 それだけで呼吸が少し楽になった。


 ケイトは額を壁から離した。隣を見た。ネアは膝を抱えて自分の足元を見ていた。


 (ネアがいなければ、もう諦めていた)


 声には出さなかった。

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