怒りに喰われても虚しいだけ。
今回明確な人死にシーンがあります。主人公、サイコ入っているかもしれません。
-ー何がやりたかったんだ? この人は。
倒れた翁に、成未は近づく。
うつ伏せだった体躯を仰向けにした。
その顔は苦悶に歪み、自らに起きた凶事を拒否している。
脇に落ちているのは、スタンガン。
明らかに違法としか解釈できない長さで、電撃が音を立てて流れている。
そして問題は、着衣の一部が焦げていること。心臓の辺りが。
どう見ても、息耐えていた。
暴力と無縁とは断言できない生活を送っている成未だが、これだけは言える。
ぶちのめすより前に、この老人はあの世に旅立っていた。
「一体何を考えているんだこの店は!」
仕事終わりにスーパーに寄った成未の耳を、怒鳴り声が襲った。
つい目を向ければ、老人が店員に詰め寄っている。
前ニュースでやっていた、“傲慢シニア”なんて単語を思い出した。
人間は老化すると前頭葉が萎縮して、感情のコントロールが難しくなるというが、ああなるとまるで猿だと成未はため息をつく。
歯を剥き出し、顔は真っ赤。日本猿と入れ替わったんじゃないかと曲解したくなるほど。
-ー……ん?
成未は眉を寄せた。あの老人、どこかで見たような……
モンスターカスタマーはなおも気炎を吐いている。店員に同情してた傍観者は、あるものを捕らえた。
幟。
そこには“宇宙を感じる”とメタリックカラーで描かれている。
人工隕石のネックレスだとか、宇宙食だとか、宇宙服型のペットボトルホルダーだとかが売られていた。
「まったく! 俺を誰だと思ってるんだ!!」
その声で呼び起こされた記憶が、脊髄反射を促した。
「元『地球保護の会』会長、葉加瀬則純さん、ですよね」
歩み寄って口を開いた女を前に、男二人は硬直する。
「な、なんで俺の名前を……」
成未を凝視する葉加瀬に、彼女は肩をすくめて、
「わたくしたちが戦争に備えて訓練していたときに、仲間を引き連れてデモ行為してましたよね? あれ、本気で迷惑でしたよ。爆音に驚いて失禁したのをこっちに責任転嫁するし、門の前で脱糞するし。大便を見た女医さん何て言っていたと思います? 『ジャンクフードかそれに類するものばかり食べているわね』。あと、『この排泄物を出した人間はキレやすくて相手の話を聞かない』。まさにあなたにぴったりですね」
……ちなみにウンコを片づけたのは成未である。自販機のキャラメルミルクで買収された。
直後、辺りの通行人が足を止める。忍び笑いがそこかしこで聞こえ、地球携帯電話で写真を撮る音も混じっていた。
「このクソアマ! 見ず知らずの人間のクセに割り込んでくるんじゃねえ!」
闖入者に攻撃対象を移行した葉加瀬に、成未は目を細める。
「お忘れになりましたか? あなたがデモ行為をしていた場所で訓練を受けていた者です。『歩く宇宙線が人間の形してるんじゃねぇ。とっとと地球から出てけ』って、言われた女ですが」
記憶をそのまま唇に乗せれば、男は息を呑んだ。
「お前……そんなことこの場で言うことじゃないだろうが!」
「確かにそうかもしれませんが、あなたが言ったのは事実ですよ」
突如始まった口喧嘩に、いつしか野次馬が集まっていた。
見世物になる趣味はないが、原因の一端を担っている自覚はある。
冷静に葉加瀬を観察すれば、体をうつ向けていた。その右手が右太腿、ポケットに伸びる。
現出したのは黙視で30センチを誇る黒い棒。
警棒の一種か-ーと判じている間に、男は武器を振りかぶって一歩足を踏み出し-ー
「……ぐっ……」
得物を取り落として、胸を押さえた。
直後、手の下から上がる煙。
まさか……
「人工心臓の暴走……?」
成未のつぶやきに、返ってくる答えはなかった。
-ー成未の予想通り、葉加瀬の死因は人工心臓の暴走であった。あまりにも興奮しすぎて、ショートしたのだとか。
人工心臓。
『地球保護』がどのようなニュアンスか定かでないが、自らの臓器を抜き取って機械の臓器を組み込む手術に拒否反応はなかったのか。
さらに調べによると、葉加瀬は成未の立ち寄ったスーパー以外でも、あちこちにイチャモンをつけて回り、近所では鼻つまみもの扱いされていたのだとか。
手を下してはいないが、一人の人間を死なせてしまったことは認めるべきだ。成未は葉加瀬の身内に頭を下げに向かった。
だが、現実は成未の予想とは違った形状で残酷さをあらわにした。
葉加瀬には元妻と息子二人がいた。元妻は息子が成人してすぐ離婚し、息子も就職が決まったら家を離れ、今は新しい家庭を作っていた。
成未が罵声を覚悟してそれぞれの家に訪れたら、冷ややかな目を向けられた。
そして、決まってこう告げられた。
あの人とはもう縁を切ったから、何があろうが関係ありません。帰ってください。
-ー家族と何があったかは不明だが、底知れぬものを感じた。
もっとも、成未も数年は身内に会ってないが。
家族と別れたから喚き立てるようになったか、喚き立てるから家族と別れたから、はたまたそのどちらでもないのか。
しかし、さらに大きな謎が。
-ー何がやりたかったんだ? わたくし
自宅で宇宙食を頬張っても、真相は闇の中だ。
一口サイズのピザ味を呑み込み、成未は息をついた。
人生は食べるだけではないが、怒りに喰われても虚しいだけ。




