妊娠は“降りかかる”ものじゃない
今回は前回と話が繋がっています。なお、仏教を冒涜するつもりはありません。
「ねえ、成未。これ本当にワタシがもらっていいの?」
「ビール煮はちょっと飽きてしまいましてね」
旧友の日下部繭悕の質問に、成未は眉尻を下げて答えた。
平面顔で胸も尻も平べったい成未と比べるまでもなく、繭悕は目鼻立ちも身体のメリハリもはっきりしている。バーでも口説かれるが、今はオトコを作る気はないそうだ。
少し前、ハガキで懸賞に応募したら、今日地ビールの十本セットが当たったのだ。
“この中のどれかが当たる”。つまり何が選ばれるかはランダムのもの、成未の望みはラーメンの詰め合わせであったため、ゲンナリする結果となった。
さらに悪いことに、二日前スーパーの半額コーナーで大量のビールを見て変にテンションが上がってしまい、大量のビール煮や隠し味に麦酒を使ったカレーを作成した。
それをようやっと消費したのが本日の朝。ビール料理ショックが尾を引いているところに、地ビールの強襲である。
一瞬ネットで売ろうかと思ったが、考え直した。
ちょうど酒好きの人物が頭をよぎって。
来たばかりのものを持ち、家を出て歩き出す。
-ー以上が事の経緯である。
用を済ませた成未は帰ろうとしたが、繭悕に引き留められた。
「せっかくだからあなたもどう? ちょうどキンカンとレバーの煮込みができたところなのよ。あ、キンカンって言っても、柑橘じゃなくてニワトリの卵になる前の黄身の方よ」
「……それじゃあ、ごちそうになります」
濃厚な黄色の珠を、成未は口に入れる。弾力のある噛みごたえと濃厚な旨味に頬を緩め、飲み下した。
続いては鉄分の塊だ。ニワトリの肝臓は独特の臭みがあるが、甘味のあるタレが珍味に昇華していた。
成未はパックご飯をいただき、繭悕は先程贈られたビールをあおっている。すでに半分の瓶は空になっていた。
「……ねえ、何かあったの?」
「へ? 別に何もありませんが」
成未は正直に答えるが、繭悕は疑念を瞳に宿している。
かつて軍医として宇宙に飛び込んだ繭悕は、現在は病院でさまざまな患者に適切な処置を行っている。成未は定期的に健康診断に訪れ、身体の様子を診てもらっているが結果はいつも“大丈夫”。どう“大丈夫”かは不明だが。
別に五体に自覚症状がないから、成未は気にしていない。隕石を吸収してから世間様の言う“平穏”は求めていない。成未が“大丈夫”ならそれでいい。
またもレバーを口に入れてから、ご飯をかきこみ、瞼を合わせてからある可能性を導いた。
「もしかしたら、生理が近いのかもしれませんね」
「“しれませんね”って……普通そういうのって記帳しておいたりしてアタリつけたりしない?」
「一時期不安定な時期があって、面倒くさくなってやめました」
繭悕は一本ビールを空けた。
白飯を咀嚼してから、成未は黄身を噛む。
流れるように新たな球体を箸で摘まんだ客人は、口がへの字を作る。
過去の仕事経験が蘇って。
「繭悕さん、繭悕さんのところは人工子宮使った妊娠方やってないんですよね? やっぱり自然妊娠の妊婦さんがくるんですか?」
「そうね。でも人工受精はやっているわ」
元軍医はキンカンを食む。
「それって……性別を自由にできたりしますか?」
成未が尋ねると、繭悕は酒の入ったガラス容器を静かに置いた。
「まあ、ある程度は可能性はあるわね。でも“ある程度”よ。それは人工子宮を使っての妊娠も同じことよ」
「そうですか……」
成未の面持ちが余程のものだったか、繭悕は息を呑む。
「一体何があったの?」
質問者の口元にあるホクロを凝視しながら、解答者は先日の水子供養とその後日談をかいつまんで話す。プライベートをボカシながら。
「そういう家がまだあるのね……」
繭悕はキンカンとレバーを一気に挟む……のはできず、箸で貫いた。
「お行儀が悪いですよ」
ご飯とレバーで口内調理してから、成未はたしなめる。
繭悕はビールをあおると、艶やかな吐息をついた。
「そういえば、あなたは烏枢沙摩明王って知ってるかしら?」
「知りません。“明王”がつくなら仏教関係かと思いますが」
繭悕の瞳が鋭さを増す。重大事を告げる博士さながらに。
「その明王を祀って男児に変わることを祈れば、女児でも男児に変わるといわれていたそうよ」
それは救いになったのか成未にはわからない。人によって考えは違うから。
ただ……
「子供は授かり物だから、産まれてくれた事実を喜べるだけでいいと思えるのは贅沢なんですかねぇ」
妊娠どころか結婚、それどころか交際すらしていない成未だが、つい言ってしまった。
「それを言えるのは一種の幸せかも知れないわね」
繭悕がレバーを含むのを、成未はなんとなく眺めていた。
口だけならなんとでも言えるが、降りかかってみないとわからない。いや、妊娠は“降りかかる”ものじゃない。
成未はそう願っている。




