神や仏はすがるもの。
今回、特定の人物を揶揄するつもりはございません。
「原賀さん! 原賀さんだよね!?」
お昼前、道を歩いていたら、後ろからいきなり名字を呼ばれた。
無視して歩いてもよかっただろうが、反射的に振り返った自らは愚か。
立っていたのは一人の女性。熱に浮かされている風情なのは目の錯覚か。
成未には欠片も覚えがない。
「忘れたかな、同じ高校で同じクラスだった石崎菜々美なんだけど」
「ごめんなさい、まったく覚えがないの」
一礼し、立ち去ろうとするが、
「待って! 大事な話があるの」
「悪いけど仕事があるんだよね。じゃあ、さようなら」
あなたには大事でもわたしにはそうじゃないの。
そう言わなかっただけ人間ができていると、内心嘯いて。
だが、石崎某は諦めが悪かった。
「……何?」
ついつぶやいた成未に罪はなかろう。自称元クラスメイトが回り込んだのだから。
「悪いけど用があるからあなたとお話できないんですよね」
-ーこちとら気になるラーメン屋があるんだよ。
副音声を乗せないよう気をつけて、詫びを入れるが……
「あなたは地球が滅びてもいいの!?」
「よかないから身体張って必死こいてきましたが!?」
この発言は予想外だったか、石崎は固まった。
格好はつかないが、流されるままに戦争に参加はした。自分の意思とは関係なく。だが、戦場にて生を求めてガムシャラに動いたのも本当だ。
そう思った自分に苦笑する。誇るだけのエゴを持っていたとは。
歯噛みしながら自称元クラスメイトはにらみつけてくる。
「あなた、後悔しても知らないわよ」
そう捨て台詞を残し、石崎は去っていった。
-ーつけられている。
気づいたのはラーメン屋を出てから。
ダチョウ肉のそぼろと茹で卵がウリのラーメンとネギラーメンで腹を満たした成未は、何者かが尾行しているのを理解した。
十中八九あの自称元クラスメイトだと判じたわけだが、どうしたものかと首をかしげた。
まだ何もされていない状態で腹にパンチ食らわしたり、指で鼻フックかまして晒し者にしたら、絶対にこっちが悪くなる。だからと言っておとなしく家まで案内するのはお断りだ。
-ーま、食後の運動と考えますか。
成未はメインストリートから外れた細道に入った。別にスラム街ではないから身の危険はそうそうないが、充分な細さだ。
案の定、気配は消えない。
さて、どうしようか……などと思案しながらも、足は止めず、歩を進める。
辺りに人影は見られない。
どうにか物陰に隠れてやり過ごそうかとも考えたが、ふとある思いつきが弾ける。
道の左右にはビルが。さらに屋根付きの自転車置き場や自動販売機が設置されていた。
石崎はそれらの物陰に身をひそめながら、成未を追っている。
成未は何気なく右に目を向けた。
十字路に差し掛かるところで、そちらに道が伸びている。ご丁寧に背の高い木が植わっていた。
そのまま右に曲がり、素早く木に登る。
息をひそめることしばし。
石崎の姿を視認するや、幹から背後に降り立つ。
「わたくしに何かご用ですか?」
直後、彼女の五体が痙攣する。
恐る恐るを地で行く風情で、こちらに躰ごと向けた。
「な……なんであなたがここに?」
「あとをつけておいてそれはないでしょ」
言いながら、悟る。どうせなら撒いてさっさと家に帰ればよかった。少しくらいビビらせてやろうか、なんて下らないプライドを優先させずに。
「言っとくけど、これは忠告。二度とわたくしに近づかないでね」
だけど、紡いだ台詞は陳腐なドラマさながら。
まだ凍りついた石崎を放置し、成未は立ち去った。
自称元クラスメイトに絡まれてから二、三日は平常通りの日常を過ごしていたのだが、四日目、動きがあった。
仕事帰り、和菓子屋で飴細工を買ったのだが、それが両手に抱える程の大きさ。赤子を相手にする感じで運んでいたら、通せんぼされたのだ。
「何のご用ですか?」
立ちはだかったのは、大柄な男。ダイダラボッチなんて言葉を連想した。
「原賀成未だな、少しついてきてもらおうか」
「嫌です」
冗談ではない、この飴細工を頼むのにどれだけの手間をかけたか。キャンセルが入らなかったら、少なくとも2ヶ月は忍の一文字で日々を耐えねばならなかったのだから。
前だけではなく、後ろ、左右からも人影が沸いてでる。
「あなたに拒否する権利はないわ」
聞き覚えのある声は右から。石崎だ。
「そんなこと言われても……」
成未はさりげなくお宝で口を隠し、肺腑に空気を送り込む。
包囲網は狭まり-ー
「火事だ-ー! 火事火事! 火事-ー!」
成未はすぐさま大音声を解き放った。
直後、あちこちから人の気配が産まれる。
成未を囲んでいた輩が動揺を示す。
それは眼前の大男も例外ではなく-ー
ためらいなく、成未は彼の股間に蹴りを食らわしていた。
潰せも弾けもさせられなかったが、威力は格別で仰向けに倒れ込む。
敵襲から悲鳴が漏れたのは幻聴ではあるまい。
男を軽いジャンプでかわし、成未は走り出す。
が、逃走を阻むつもりか、横合いから自動車が現れた。
-ーこれが狙い!?
運転手のしたり顔に判じながら、彼女はその場で跳躍し、軌道を修正しながら障害物の屋根に着地する。
場の空気が止まったのを理解した。
すかさずフロントガラスをぶん殴り、運転手を引きずり出す。
間髪入れず、硬直している集団に向かって放り投げた。
当然呑気に突っ立ってなどいない。
右往左往しているボケナスどもに直行し、目に映る箇所に掌底を、拳を、手刀を見舞う。
数はいても暴力のプロではないようで、全員を打ち倒す結果となった。
もちろん石崎も。
もしもを考えて間接を外しておいてから、スムーズホン、略称スムホを取り出し、電話する。
ようやっと一息ついたところで、車止めブロックに腰掛けた。
「『トゥルーアース』?」
翌日、長壁に呼び出された成未は、像ヶ原警邏隊取調室で事件のあらましを聴いていた。手土産を持って。
なんでも石崎は『トゥルーアース』の幹部であり、成未の情報を仕入れた結果、引き込もうとしたそうだ。
確かに金もあってそこそこ腕が立つと知ったら、抱え込みたくなる奴もいるか、なんて他人事みたいに結ぶ。
「ま、今回のことで奴らも二度とお前と金輪際関わろうとは思わないだろうさ」
「そうですか?」
妙に力強く断言する警邏隊局長様に、つい成未は疑問を放ってしまう。
「-ー18ヘルツ」
唐突に長壁は告げた。
「目の共鳴周波数だそうだ。18ヘルツの低周波で目が振動し、視神経にノイズを発生させる可能性がある。また、全身に共鳴が起きると過呼吸が引き起こされ、交感神経が活性化して体温が上昇する。そのために緊張と不安感が増し、それによって交感神経がさらに興奮して過呼吸になり……というサイクルができてしまう。それは幽霊を見ることにも繋がる」
「幽霊」
成未は口内で単語を繰り返す。
現在の住み家を購入するとき、不動産屋に言われた。
なんでも一家全員皆殺しにした挙句、犯人が自殺したのだとか。しかもその犯人、他でも殺人を行い、犠牲者は二十人以上に及んだそうだ。
故に成仏できぬ怨霊が住み着き、祟りを起こすのだとか。
成未はむしろそこに引かれた。当時、人間関係に疲弊していた彼女には夢のような空間に思えて。
今でもお供え物は欠かせない。
それはさておき、
「で、それが何か? 幽霊を見たから諦めると?」
「正確には低周波障害をものともしないイカれた女はゴメンだと判じるはずさ。電波にやたらこだわるフシがあるからな」
むしろ逆にぶちのめそうとするのではなかろうか?
思ったが黙っている。
もしまた来たならば返り討ちにするまで。
-ーそのつもりであった。
数日後、思いもよらぬ形で事の顛末を知ることなる。
配達された新聞にその記事は載っていた。
『新興宗教“トゥルーアース”壊滅』
なんでも、信者や幹部、教祖全員が原因不明の奇病にかかったとのこと。中でも教祖の症状は酷く、幻覚を見て暴れるわ一時的にだが幼児退行するわ、泡を吹いて四肢をバタつかせるわ。
それを好機と見て、警邏隊が逮捕に踏み切ったそうだ。
詳細はまだ不明だが、機会があれば訊いてみようと成未は読み物を閉じた。
そして、卓に鎮座したブツを凝視する。
先日購入した、天女を象った飴細工を。
バカどもの襲撃を受けた成未だが、菓子には傷一つついていなかった。そうなるとなんとなく勿体ない気がして、嘗めず齧らず折らずしていたのだ。
だが、もういいのかもしれない。来るべき時を迎えた感覚が胸裏を満たす。
成未は天女に頭を下げた。そして頭をもぎ取る。
飴は食べるもの。一気に頬張った。
舌で甘味を転がしながら、成未は思考をもてあそぶ。
トゥルーアース。新興宗教。
石崎もそこに在籍していたということか。
豪快に塊を噛み砕いていく。
そういえば-ー
成未の頭に単語の精が降りてきた。
現人神。
人間の姿を借りてこの世に降臨した神。
いっそ自分はそれだとのたまってやればよかったか。宇宙戦争時代の東郷平八郎などと。
小さく成未は笑う。
神や仏はすがるもの。祈るものではない。
だが、今は感謝する。
18ヘルツの下りは『ヤバめの科学チートマニュアル』(新紀元社/久野友萬)から引用しました。




