鳥の骨はあまりにもリスキー
今回はゴキブリが出ますので、苦手な方は回れ右をお願いします。
ゴキブリ-ー
人間たちには身近であると同時に、嫌悪されている害虫。茶色や黒の楕円に似た胴体に日本の触覚、六本の脚を持ち、物陰に這い回る。
こいつらに対抗-ーいや、始末する殺虫剤や毒餌、罠は一般にも売られている。
逆に言えば、その程度の奴らということだ。
だが-ー
「はあっ!」
防護服に身を包んだ成未は、ためらいなく突っ込んだ。
眼前に迫る開いた顎、歯がびっしり生えた口内に火炎放射器の銃口を。
引き金を引き、焔群を放つ。
「……!」
腹の中から焼かれた犠牲者は、無言でこと切れた。
廃屋の害虫退治と聴いて、かつての化学兵器工場を想像する人間はどれくらいいるだろうか。まして、それが薬物の実験台となったはずのチャバネゴキブリが独自の進化を遂げたなんて。
「……あんた……よく平気でできるわね」
真後ろから震える声が届く。
確か三原とか言っていた女。彼女も会社に来た依頼を受けてここにいるが、イマイチ戦力にならない。
「武器も防具もありますから」
淡々と答える。
正直言うと拳でぶん殴った方が早いが、前似たようなことをやったら、周りから「やめてくれ」と懇願されたのだ。
あれは打撃を食らわしたら破片が散って、そこから新たな生命になるタイプだったのもあるが。
手順は守るに越したことはないと判じ、至急された火炎放射器で害虫を屠っていく成未。他のメンバーも任務を全うしていくが-ー
「いやああああああああ!」
ガラスをアイスピックの先端でこすったも同然の大音声が成未の鼓膜を突き刺した。
身を翻して確認するや、三原の頭部にゴキブリがかじりついていた。
無理矢理捕食者をはがすのは危険。
成未はゴキブリの上下それぞれの顎に手をかけ、慎重に外していく。
害虫を獲物から分離できたが、思いの外咬合力が強い。
-ー冷静さを失っていた、なんて言い訳にもならない。
反射的に壁にぶち当てていた。
ヤクザが敵対組織の奴に土下座強要する様で。
やたら固い外骨格にヒビが入り、中身がこぼれる。
断末魔の悲鳴すら許されずあの世に旅立った害虫。躯を足元に投げ捨て、火炎放射器を構えたそのときだ。
乾いた音の合奏が近づいてきたと思ったら、無数のチャバネゴキブリに囲まれていた。
防御服の下で、ニヒルに顎を突き出す成未。
虫に関しても疎いが、先ほど常世に送った輩が警戒フェロモンの類いを撒いたのか、と悟る。
「-ーすみません、片っ端からぶちのめすんでとどめをお願いします」
チームメンバーの返事も待たず、成未はならず者たちに拳を見舞った。
「……誠に申し訳ありません」
後日、チームを組んだ同業者からの苦情を上司から伝えられ、成未は深々とお辞儀した。
なんでも、建物に巣くっていたチャバネゴキブリは鏖殺できたが、成未が相手に拳や蹴りでダメージを与えたがために、警戒フェロモンが建物内に充満し、予期せぬ処置を行うハメになったとのこと。
何より、脳味噌やハラワタがはみ出てのたうち回る討伐対象を視界に入れてしまい、心的外傷を受けた人物もチラホラいるのだとか。
「お前の実力はわかっているが、スタンドプレイは控えてくれ。今回はしかたない部分もあっただろうが」
「わかりました」
成未は即答した。それしかできないので。
用を済ませた彼女は、目に入ったスーパーに足を踏み入れた。
年期の感じさせる店内には様々な品が棚に並んでいる。普通のゴキブリなら楽々隠れられるが、成未がぶっ倒した害虫は触手やら何やらはみ出るのは容易に想像できる。
-ーお。
骨付きフライドチキンを発見し、成未は備えつけのカゴに入れる。さらにベビーリーフの袋を一つ。
『骨までかじりたくなるうまさ』
ドレッシングのビンにはこのように描かれていた。
そう言えば……成未は思い出す。
ゴキブリの語源は『御器噛』蓋つきの椀『御器』にかぶりつく様子からつけられたのだとか。
確かあのデカブツの内、三原に噛みついていた輩もいた。
あいつらよろしくかぶりついてみるのも一興か-ーと馬鹿な考えが割り込んでくるが、もちろん却下する。
サンマならともかく、鳥の骨はあまりにもリスキーだ。




