イチゴにはイチゴさを求める
“バケツをひっくり返した”か、“滝の中に入った如く”か、どちらの比喩がふさわしいか考える成未。どしゃ降りの雨にその身をさらしていた。
と言っても、始めから天からの水帳を試していたわけではない。先程まで空は透き通る青が広がり、太陽が柔らかな日差しで照らしていた。
だが天泣は不意に訪れる。
新しい綿を思わせる雲がやって来たと呑気に見ていたらそれは黒みと厚みを増し、しまいには含んでいた水分が飽和量を超えて盛大に振り落とした。
天然のシャワーを浴びながら、女はひたすらに歩く。理由は単純。歩きたいから。
本格的にヤバくなったら雨宿り。そのぐらいの認識だ。
海中を漂うクラゲの足取りで歩を進めていると、カラフルなペイントアートの施された自動販売機を発見した。
馬鹿ガキの落書きではない。有名なアーティストとのコラボレーション。
-ーそういえば、ニュースでやっていたっけ。
記憶を頭でお手玉しながら、早足でそちらに向かう。
宇宙戦争が起きている時期には、破壊されて金銭や商品が奪われる事件が多発したため、撤去されたものもある。確かこの自動販売機は一旦はしまいこまれたが、平和が訪れた象徴として再設置されたのだとか。
駆け寄って、品を見る。
成未の目は“自販機限定”のコピーに吸い寄せられた。他の缶より背は低いが、確かに店で見たことはない。
小銭を入れ、洋梨スカッシュのボタンを押すと、待望の一品が落ちてきた。
プルタブを開け、飲みながら再び脚を動かす。
亀裂が入ったアスファルトの道路、隙間からは雑草が飛び出している。種蒔きの実験でこのような場所に野菜の種子を蒔いたなんて記事を思い出した。
頭をよぎるのは、水耕栽培のイチゴ。味はかなりぼやけていて、愚痴をこぼしていた。
-ーあ、マズイ。
ジュースを補給している最中なのに、イチゴを食べる準備ができてしまった。
しかし、今通過した道を戻って店で買うのも、なんか負けた気がする。
成未は妙な意地を張って強引に路面から足裏を離していた。
イチゴ、イチゴ。
固形物じゃなくていい。飲み物でいい。
終わり見えぬ雨で全身を濡らす。
この天気、傘を差して歩く者はちらほらいるが、共通して成未の姿を凝視していた。
まあいいか、と彼女は片付け、己が目的に邁進する。
-ーあ……
遥か彼方に見えるのぼり。あれに描かれているのはイチゴパフェではなかろうか。
心臓が高鳴り、気分は上がる。血管がギャラクシートンネルなら赤血球はそこを猛スピードで走る宇宙船か、内包する成未は小宇宙。
馬鹿げた夢想とは裏腹に、力強い歩調で足さばきを速める。浅い水溜まりが軽やかな律動を奏でた。
「……?」
ぐしょ濡れの布製チラシに躍る文字に、眉を寄せた。
『わたあめ風味のイチゴたっぷりパフェ』
パイナップル味のイチゴは聞いたことがある。遺伝子組み換えではなく、自然に育った果物。
いや、問題は別。口に合おうが合わなかろうが、“イチゴ”としての味なのか。
成未の味覚器官は“イチゴ味のイチゴ”を求めている。
息をつき、女は側にある店に入り……かけ、自分の風体を鑑みる。
大雑把に服の水分を絞り、改めて踏み込んだ。
そこは、レストラン。店員は成未の姿を拝んでギョッとしたようだが、すぐさま訓練されたスマイルを作り上げた。
雨のせいか、客はいない。
成未は傍らのタブレットで注文した。
わたあめ風味のイチゴたっぷりパフェ。
自分の足元をそっと見下ろす。
撥水加工とは無縁のスニーカーからは、水がにじみ出ていた。なんとなく通路を眺めると、自分が主犯としか思えない、足跡という名の水溜まりが。
-ーごめんなさい。
心の中で謝罪する成未のもとに、配膳ロボットが。
ロボットにも色々種類はあるが、これは金属質で無機物タイプだ。そもそも“ロボット”自体が機械の一部であるが、ここでする話ではない。
パフェと言われて十人中十人の連想するフォルム。縦長のグラスにはアイスクリームやらソースやらが敷き詰められており、上は普通の赤イチゴと、目玉であるわたあめ風味の白イチゴが飾られていた。
「いただきます」
もちろん一口目は主役。
その味は……
-ーイチゴだ。
確かにわたあめ特有の匂いと砂糖の味もするが、やはり柱はイチゴ。
なんとなく安堵してから、赤を。
こちらは甘酸っぱい、春の果物屋そのまま。
心なしか弱まった水帳の独奏をBGM代わりに、デザートをとくと味わう女。
腹にグラスの中の一欠片まで納めてから、レジで代金を払う。札は濡れていなかった。
-ー雨足がおとなしくなったと感じたのは、気のせいだったようだ。変わらぬ風情のカーテンに、成未は身を滑らせる。
胃袋の内側で、イチゴが踊るのを自覚しながら。
なお、ネットによるとパイナップル味のイチゴはあるとのことです。私は本で先に知りましたが。




