労働のあとのメシがうまいとは限らないが
「無理を言わないでください」
成未が肺腑が弛緩するのを自覚していた。
最強軍事惑星と称していたネフェル帝星との戦いの爪痕は、まだあちこちに残っている。選ばれた者-ーこの場合作業員がミサイルやら宇宙船の残骸やらを片付けたのち、宇宙線なる一種の放射能を除去するのだが、完全に消え去るには時間が必要である。
宇宙線自体を浄化しても、“汚染された”事実は人間たちの抵抗感が強い。
故に、清浄期間なる時間をとり、頃合いを見計らって解禁するのだ。
しかし、愚か者はどこにでもいるもの。浄化されていない区画に足を踏み入れ、自分の首を締める輩が存在する。
成未に任せられたのは、禁止区画に侵入して何回も盗みを重ねた犯罪者。しかも汚染された品を時に人に配り、時に売り払った馬鹿者。
そいつの名前を知った成未は、精神中枢が壊れたかと一瞬本気で思った。
針谷弓花。
成未の高校生時代、担任だった女。
頭部に直撃した隕石が成未に融合したと知らせを受けるや、「宇宙線で汚染されたらどうするの!?」と成未に自主退学を促した奴だ。
宇宙線を恐れ拒むのは今考えれば当然だが、だからと言ってもう少しやりようはあったろうに。
もっともその一ヶ月後、宇宙規模の戦争に駆り出され勝利をもぎ取り、肉体から宇宙線の放出がないことも認められたわけだが。
それはさておき、針谷は危険区域での窃盗を繰り返した結果、宇宙線に蝕まれ、特殊刑務所に収監されたわけだが、特殊囚人服を来たまま脱走したそうだ。
特殊囚人服とは宇宙線を放出する危険性のある囚人に装着される品で、酸素ボンベと食事用タンク、装着用トイレまで内蔵されている。ボンベとタンクからはそれぞれチューブが伸びており、自由に中身を摂取できる。
定期的に看守が補充して、の話だが。
「犯罪者にお金を使うなんて」という声も上がっているが、「宇宙線をばら蒔かれる確率を鑑みた結果」が政府の見解だ。
ヤケを起こしてあちこちで悪さをされてはたまらないのは健康な肉体の逃亡者にも言えるが、相手は自由に動ける産業廃棄物よりタチが悪いのだから。
何にしても、以来を受けた成未は数人の同業者と一緒に彼女の確保に向かった。資料と写真を見せてもらったら、記憶にある姿をそのまま老けさせた容貌。
同姓同名の他人である線は失せた。
あまりにもあっさりと、針谷は押さえられた。禁止区域で懲りもせず人様の所持品を失敬した上、囚人服に取りつけられたチューブ二本を無理矢理外し、缶詰を食っていたのだ。
「……何やっているんですか、先生」
昔のしゃべり方で成未が話しかけた直後、バネ仕掛けの人形さながらにこちらを向いた元担任、しばらく動きを止めた。
顔が出ない特別囚人服では、表情はわからない。
わかったとしても遠慮する理由はなく、迅速に後ろ手にして手錠をかけた。
「も……もしかして、原賀さん? 原賀さんよね!?」
針谷の音吐は妙にテンションが上がっていた。
「ええ、それが何か?」
「わたしを助けてほしいの」
その発言に返したのが冒頭の台詞である。
直後、犯罪者の身体が震え出した。
「なんで? なんでそんなことを言うの?」
涙声で訴えられるや、
「どうして危険物をばら蒔いて無関係の人間を宇宙線中毒にした犯罪者に慈悲を与えないといけないんですか? そもそもあなたわたくしが隕石を取り込んだと知ったら、“宇宙線に汚染されたらどうするの!?”と言って自主退学を勧めてきましたよね? それはまだわかりますが、なんで宇宙線中毒を怖がっていたクセに、危険区域に潜り込んで泥棒を働いていたんです?」
-ー答えを聞く気のない質問を放り投げ、インスタント仲間と一緒に、針谷を連行用自動車に押し込んだ。
「……ああ、そうだ先生。先生のお身体は宇宙線に汚染されていて末期ガンを患っていたそうですが、知ってました? まあ、流動食に痛み止めを混ぜていたそうですが……」
成未の口述は止まる。
「あぁぁぁ-ー-ー! 何!? 何!? 痛い! 痛い!」
針谷は魂を砕かれそうな絶叫を上げたので。
すぐさま同乗していた医者が応急措置を加えたが、死神の鎌が間近に迫っているとのこと。
-ー死神の鎌、か……
成未はぼんやり考える。
戦争に駆り出された時分、“死”の具現化は刃物ではなくミサイルであった。
依頼を済ませ、特殊薬剤で宇宙線を無害化する処置を行い、成未は自宅に戻る。
格安の値段で購入できた、庭付きの平屋一戸建て。どうやらいわくつきだったらしいが、別段異常はないので暮らしを続行している。
洗面所でうがい手洗いを済ませてから、居間で一息つく。座卓の前に一枚だけ置かれた座布団に腰掛け、買ってきたものを出した。
缶詰三種類。プレーンのパンとサバのカレー味、そして黄金桃。
「いただきます」
主食に箸で取った魚料理を乗せ、口に入れる。
-ー針谷が食べていた缶詰は、金目のものと一緒にせしめたブツだったそうだ。
家人が何を思ってストックしていたか定かでないが、缶が宇宙線を防げるわけがない。
それでも食べたかったのか固形物を。流動食ばかり飲んでいた女は。
腹が減っていたとは思えない。タンクにはたっぷり糧が残っていたから。
デザートのシロップで喉を潤し、成未は息をつく。
労働のあとのメシがうまいとは限らないが、今はなかなかだ。果肉を口に放り、噛み砕く成未。口を浅いUの字にして。




