第三話 静かなる波紋
カーヴァインへ向かう馬車の中、レインは一人考え込んでいた。揺れる車内の振動がまるで心のざわめきを映しているかのようだった。
「追放するのは仕方なかった。だけど……殺す必要はなかったんじゃないのか?」
自問自答する。
あの時、ガイルが反発した瞬間、自分は怒りに飲み込まれていたのだろう。彼が初めて自分に向かって感情をあらわにした、その瞬間の苛立ち。それが自分の行動を狂わせたのかもしれない。
「冷静になるべきだった……。」
レインは拳を握りしめた。もし時間を巻き戻せるのなら。追放は避けられないとしても、もっと穏便な方法があったはずだ。しかし、もう後戻りはできない。
「リーダー?」
セリナの声に、レインは我に返った。振り向くと、彼女が少し心配そうな表情をしている。
「大丈夫? なんか、顔色悪いよ。」
「いや……なんでもない。」
レインは短く答えたが、その声は明らかに力がなかった。
「また、ガイルのこと考えてるの?」
リーナがぽつりと呟く。セリナがリーナを横目で見た。
「そんなこと言わないでよ。」
「でも、あの時のこと……。」
「もう終わったことだろ!」
レインが強い口調で遮った。その一言に車内の空気が一気に冷たくなる。ミカだけが興味なさそうに窓の外を見つめていた。
―――。
しばらくの時が過ぎた。『蒼銀の翼』のメンバーは再び冒険者としての日常に戻っていた。最初こそぎこちなさがあったものの、やがて討伐依頼も順調にこなせるようになっていた。
「結局、ガイルがいなくても大丈夫だったんじゃない?」
セリナが笑顔で言ったその言葉に、リーナは眉をひそめた。
「そんな言い方、ちょっとひどくない?」
「いや、だって現実問題、報酬の分け前も増えたし、食費だって減ったじゃない。」
「それはそうかもしれないけど……。」
リーナは言葉を濁した。その横でミカは淡々と装備の手入れをしている。
レインは二人の会話を聞きながら、胸の奥にわだかまる違和感を消せずにいた。
そんな中、奇妙な噂が耳に入った。街の掲示板に張り出された情報によれば、遠くの街や国で、何か巨大な力によってぐちゃぐちゃに潰された魔獣の死体が相次いで発見されているというのだ。
「またか……。」
レインはその報告に眉をひそめた。以前も似たような話を聞いたことがあったが、今回は件数が増えているようだ。
「これって……ただの偶然じゃないよね?」
リーナが不安げに呟く。
「誰かが意図的にやってるのかもしれない。」
セリナが考え込むように言った。
「まあ、それでも私たちに関係ないんじゃない? どのみち討伐依頼を受けて報酬を稼ぐだけだよ。」
ミカが淡々と言い放つ。その冷めた態度にリーナがため息をついた。
「本当にあんたって無頓着よね。」
数日後、ミカが新しい依頼を持ち帰ってきた。
「これ、どうする?」
彼女が無表情に差し出した依頼書を受け取ったレインは目を通す。その内容は、先日起こった魔獣の変死骸付近の調査依頼だった。報酬は通常の討伐依頼の倍以上。
「これって、あの噂の……?」
リーナが顔を上げた。セリナも興味深げに依頼書を覗き込む。
「報酬高いね。そろそろ新しい装備も欲しいし、いいんじゃない?」
セリナの言葉に、レインは少し考えた後、頷いた。
「行こう。これだけの報酬なら、受ける価値はある。」
こうして『蒼銀の翼』は新たな依頼に向けて準備を始めた。しかし、誰も気づいていなかった。その先に待ち受けているのが、自分たちの過去の罪と向き合わざるを得ない運命であることを――。
そうして、レインたちは調査依頼が出ている街、オノクスに到着した。
そこは広大な平原に囲まれた交易都市で、多くの冒険者が行き交う賑やかな街だった。
彼らはまず冒険者ギルドを訪れ、調査対象の場所や状況について詳しい説明を受けた後、その日は街周辺の情報収集や翌日の準備のため、それぞれ別行動をとることにした。
レインは情報収集のため、冒険者ギルド近くの酒場に足を運んだ。
酒場の中は活気に満ちており、複数の冒険者パーティーがそれぞれ食事や会話を楽しんでいた。
ざわめきの中、レインは目を引く7人組のパーティーを見つけた。男が一人、女性数人、そしてまるで子供のように見える小柄な人物もいる。
「どんなハーレムパーティー組んでるんだこいつは。」
心の中で軽く皮肉を言いながら、レインはそのパーティーに歩み寄った。彼は主導的な雰囲気を漂わせる男の肩に手を置き、声をかけた。
「ちょっといいかな?この街のことを教えてほし……。」
その瞬間、男が振り向いた。レインの視線がその顔を捉えたとき、彼の心臓が大きく跳ね上がった。
「……ガイル?」
そこに立っていたのは、確かに彼が追放し、見殺しにしたはずのタンク、ガイルだった。レインは信じられないという表情で肩から手を離すと、その場で腰を抜かしてしまった。
「な、なんで……ガイル、お前が……?」
震える声で問いかけるレイン。その唇は震え、目は見開かれていた。まるで目の前の光景が幻覚であるかのように。
「……なんで生きてるんだ……て?」
ガイルは冷ややかな表情を浮かべながら立ち上がる。その左手には金色に輝く盾がしっかりと握られていた。
「お前がそう思うのも無理はないさ。あの時、確かに俺を見捨てて行ったんだからな。」
低く落ち着いた声。しかしその中に鋭い刃のような怒りが混じっていた。レインは何か言い返そうとしたが、言葉が喉につかえて出てこなかった。
「ガイル様?」
ガイルの後ろにいた女性の一人が、不思議そうに声をかける。その言葉に、彼の新しい仲間たちもこちらを注視する。
「どうしたの?知り合い?」
小柄な人物が首をかしげて問う。その口調は軽やかだが、どこか警戒心がにじんでいた。
「まあな。昔の仲間だ。」
ガイルは淡々と答える。
「けど今はどうでもいい存在だ。なあ、レイン?」
その言葉に、レインの心がさらに揺さぶられる。彼は震える手で地面を掴み、ようやく立ち上がった。
「ガイル……本当に、お前なのか?」
「他に誰がいるんだ?」
ガイルは肩をすくめた。その姿は以前の頼りなさとは違い、自信と威圧感を纏っていた。
「それにしても、よくもまあ、いままで何も気にせず暮らしてこれたよな、俺のことを殺しておいて。」
その言葉に、レインは顔を歪めた。
「違う……それは……。」
言い訳を口にしようとするレインを、ガイルは冷たい視線で黙らせた。
「言い訳なんて聞きたくない。お前たちは俺を見捨てた。それだけだ。」
新しい仲間たちがざわつき始める中、ガイルは再びレインに背を向けた。
「行くぞ、こんな奴と話すだけ時間の無駄だ。」
その言葉に従い、彼の仲間たちはガイルを中心にまとまり、酒場を後にした。
取り残されたレインはその場に立ち尽くす。ガイルが去り際に見せた盾の金色の輝きがいつまでも彼の目に焼き付いて離れなかった。
「ガイル……。」
呟いたその名前に、かつての仲間だった男の怒りと復讐心が込められていることを痛感し、レインは再び重苦しい後悔に襲われるのだった。




