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第二話 罰と嘘

『蒼銀の翼』のメンバーは、活動拠点である街カーヴァインに戻ってきた。

 冒険者の宿が建ち並ぶ繁華街は、夕暮れの中で明かりが灯り始め、活気に満ちていた。しかし、そんな街のざわめきも彼らの胸を晴れやかにはしなかった。


「なんだか、周りの目が……。」


 リーナが周囲を見回し、小声で呟く。道行く冒険者や市民たちの視線が、どこか冷ややかで、好奇の色を帯びているように感じた。


「……気にするな。俺たちは正しい選択をした。」


 レインが短く言い捨てるが、その表情には自信がない。彼の脳裏には、追放したばかりのガイルの顔がちらついていた。


「レイン。」


 声をかけてきたのは、同じ冒険者仲間であるロイだった。筋肉質な体躯を持つ彼は、親しげな笑みを浮かべながらも、どこか探るような目つきで話しかけてきた。


「お前らのパーティーって5人じゃなかったけ?」


 その一言に、レインの足が止まる。他のメンバーも息を飲んだ。


「……ガイルは、殉職した。」


 俯いたままレインが答える。その声には感情が欠けており、まるで事務的に事実を伝えるかのようだった。


「そっか……それは辛いな。」


 ロイは軽く目を伏せ、言葉を選ぶように呟いた。その場には沈黙が流れる。


 後ろに立っていたリーナとセリナは、押し殺したような嗚咽を漏らしながら涙を流していた。二人ともガイルの死を悔やんでいる演技をしているのだろう。しかし、ミカだけは遠くの空をぼんやりと眺めていた。彼女の無関心さは、周囲の悲壮感をさらに際立たせた。


「俺たちは、街に戻る前に彼を……森に埋葬した。」


 レインが続けて言うと、リーナとセリナの嗚咽が少し大きくなった。ロイはそれ以上は何も聞かず、短い別れの言葉を告げてその場を去った。


 宿に戻った4人は、それぞれ無言で椅子に腰を下ろした。暖炉の火が静かに燃える中、レインは疲れた顔で天井を見上げた。


「これで……良かったんだよな。」


 誰にともなく呟いたその言葉に、リーナもセリナも答えなかった。彼女たちの胸には、どこか拭いきれない罪悪感が残っていた。


「……次の依頼、いつ行く?」


 ミカが突然、淡々とした声で口を開いた。その無感情な言葉に、他の3人は驚きの目を向けたが、彼女はまるで何事もなかったかのようにテーブルに置かれたマグカップを眺めていた。


「……そうだな。休んでいる暇もない。」


 レインは無理に話を続けようとしたが、その声には張りがなかった。その時だった。宿の扉が荒々しく開き、ひとりの冒険者が駆け込んできた。


「大変だ! 森の近くで、魔獣の死体がいくつも見つかった! しかも……何かおかしいんだ!」


 彼の言葉に、レインたちは顔を見合わせた。


「何があったんだ?」


 レインが立ち上がり問いかける。駆け込んできた冒険者は荒い息を整えながら、言葉を続けた。


「魔獣の体が……何かに潰されたように、ぐちゃぐちゃになってるんだ。普通の冒険者の仕業じゃない……あんなの、見たことがない。」


 その報告に、レインたちの心の奥に奇妙な不安が湧き上がった。


「そんなわけない。」


 宿の中で報告を聞いたレインは、心の中でそう繰り返した。魔獣の死体が潰されているという異様な光景。それを成したのがガイルだという考えが一瞬よぎったが、すぐに首を振る。


「あいつにそんな力があるわけないだろう。」


 レインは自分に言い聞かせるように呟いた。しかし、リーナやセリナもまた、不安げに互いの顔を見合わせていた。


「でも、もし……。」


 リーナがぽつりと呟く。だが、その先の言葉は出てこなかった。


「大丈夫だって。」


 セリナが無理に笑顔を作りながら答えたが、その笑みには明らかに力がない。ミカだけは相変わらず興味なさげに窓の外を眺めている。


「とにかく、今日はもう休もう。」


 レインが会話を切り上げた。気持ちが落ち着かないまま、全員がそれぞれの部屋へと戻っていった。


 翌朝、『蒼銀の翼』のメンバーは新たな依頼のために街を出発した。

 今回の依頼は、少し遠い街に住むエルドリックという名の男に魔法使い用の杖を届けるというものだった。昨日の出来事の影響で、魔獣の討伐依頼をこなす自信がなかったレインは、この比較的簡単そうな依頼を選んだのだ。


「まあ、こんな依頼なら気楽でいいかもね。」


 馬車を引きながらセリナが笑顔を見せる。しかし、その言葉の裏には、昨日の森での出来事を忘れたいという思いが透けて見える。


「……そうだな。」


 レインは短く答えたものの、心の中は重く沈んでいた。自分たちは本当に正しい選択をしたのか。追放したガイルを見殺しにしたことへの後悔が、薄い霧のように胸にまとわりついていた。


「リーダー、顔色悪いよ。」


 ミカが無表情に言った。その視線には心配の色はなく、ただの事実を述べているだけのようだった。レインは軽く手を振って答えた。


「大丈夫だ。問題ない。」


 そう言いながらも、馬車を引く手に力が入ってしまう。


 目標の街に到着したのは、夕方に差し掛かる頃だった。街の外れにあるエルドリックの家は、少し陰鬱な雰囲気を漂わせている。石造りの大きな家だが、どこか寂しげで、古びた印象を受ける。


「ここだな。」


 レインが短く言い、扉をノックした。しばらくして、中から初老の男が現れた。彼がエルドリックだろう。深いしわが刻まれた顔に鋭い目つきが印象的だった。


「杖を届けに来た。」


 布に包まれた杖を見せると、エルドリックは頷いてそれを受け取った。礼を言いながら彼が家の中に杖を運び込んだその時、奥からひとりの少年が顔を覗かせた。


「誰か来たんですか?」


「あぁ、ただの客だ、カイル。」


 その名前に、レインたちは一瞬凍りついた。


「……カイル?」


 リーナが小さな声で反応する。偶然だとわかっていても、その名前はあまりに似ていた。

 ガイル――彼らが追放し、見殺しにした男の名前に。


「カイル、失礼のないように。」


 エルドリックが少年に注意する。カイルと呼ばれた少年は、不思議そうにレインたちを見つめた。


「あなたたち、冒険者なんですか?!立派そうな人たちですね!」


 少年の言葉遣いは妙に大人びていたが、特に気にする様子もなく、セリナが笑顔で応えた。


「そうだよ、私たちは冒険者。今日はあなたのお父さんに杖を届けに来たの。」


「お父さん?違いますよ!ははっエルドリックさんお父さんだって言われてますよ!」


 しかし、その少年の無邪気な笑顔に彼女の心が抉られる。


 エルドリックに杖を渡し、簡単な挨拶を済ませて家を出ると、レインは急に足を止めた。そしてその場で馬車の脇に駆け寄り、胃の中のものを吐き出した。


「レイン!」


 リーナが慌てて駆け寄るが、彼は手を挙げて制した。息を荒げながら、レインは呟いた。


「俺は……俺は仲間を殺したんだ。」


 その言葉に、全員が言葉を失った。沈黙の中、ミカだけが無表情に空を見上げていた。

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