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世界は大根に満ちている  作者: 紅月モネ


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王子殿下、それは大根芝居ですわ


「悪役令嬢! 貴様との婚約を破棄する!」


王城の大広間に、第一王子の声が響き渡った。

見慣れた光景だった。

婚約破棄。聖女への愛の告白。悪役令嬢への断罪。

異世界恋愛小説において、もはや季節の挨拶と同じである。

わたくしは、手に持っていた大根を抱え直した。


「……またですの?」


「また、とはなんだ!」


「先月も婚約破棄をなさいましたでしょう?」


「それは別の王子だ!」


「先々月もございましたわ」


「それも別の王子だ!」


「先週は魔王が婚約破棄をしておりましたわね」


「魔王は関係ないだろう!」


魔王が参列者席から立ち上がった。


「関係ある! あれは我が生涯で最も屈辱的な婚約破棄だった!」


「座ってくださいませ」


わたくしが言うと、魔王は素直に座った。

第一王子は顔を真っ赤にした。


「とにかく! 貴様は聖女をいじめた罪により、国外追放とする!」


「証拠はございますの?」


「この聖女が証言している!」


聖女がうなずいた。


「はい! この方は、わたくしに大根を投げつけました!」


「投げつけておりませんわ。落とした大根を拾って差し上げただけです」


「わたくしの頭に落としました!」


「あなたが大根の下に頭を入れたのですわ」

「そんなことあります!?」


「実際にございましたでしょう?」


聖女は黙った。

第一王子は勝ち誇ったように笑った。


「見よ! この悪女の態度を!」


わたくしは、王子をじっと見つめた。

そして、首をかしげた。


「……あの」


「なんだ!」


「あなた、本物の王子殿下ではございませんわね?」


大広間が静まり返った。

王子の顔から、笑みが消えた。


「な、何を言う! 私は正真正銘、第一王子であ

る!」


「では、王家に代々伝わる秘密の合言葉を」


「……合言葉?」


「ええ。王位継承者だけが知る、王家の秘密ですわ」


王子は汗を流した。


「そ、それは……」


わたくしは、静かに告げた。


「大根」


「……は?」


「合言葉は、大根ですわ」



沈黙。



魔王が立ち上がった。


「待て。それは我が魔王軍の暗号ではないか!」


「魔王軍の暗号は『かぶ』ですわ」


「そうだった!」


聖女が頭を抱えた。


「もう嫌……この世界……」


わたくしは続けた。


「王家の者は、幼少期に必ず大根を一本、庭に埋めます。そして成人した日に、それを掘り起こすのです」


「そんな伝統、聞いたことがないぞ!」


「あなたが偽物だからですわ」


「ぐっ……!」


王子の顔が歪んだ。

そして。


「……バレてしまっては仕方がない」


王子はマントを脱ぎ捨てた。

その下から現れたのは、王子と瓜二つの顔をした、ただの一般市民だった。


「私は影武者! 本物の王子殿下に命じられ、この国を混乱させていたのだ!」


「まあ」


わたくしは拍手した。


「見事な大根芝居でしたわ」


「何だと!?」


「顔はそっくりなのに、演技があまりにも不自然でしたもの」


「くっ……!」


「そもそも、本物の王子殿下なら、わたくしに婚約破棄を申し出る前に、王家の財政を心配なさるはずですわ」


「なぜだ!」


「王城の修繕費が、リボン代だけで国家予算の三割を超えておりますもの」


参列者たちが一斉に王子を見た。

影武者は青ざめた。


「そ、それは……!」


「あなたが本物の王子なら、まず大根畑の税収を確認するはずですわ」


「大根畑の税収!?」


「この国の主要産業ですもの」


魔王が深くうなずいた。


「我が軍の軍事費も、今や大根の輸出で賄っている」


聖女が震える声で言った。


「わたくしの聖女手当も、大根税から……?」


「左様ですわ」


聖女はその場に崩れ落ちた。


「わたくし、今まで大根に養われていたの……?」


「誇りなさいませ」


わたくしは優しく微笑んだ。


「大根は偉大ですわ」


そのとき。

大広間の扉が開いた。


「待てえええええい!」


現れたのは、もうひとりの王子だった。

顔は同じ。髪型も同じ。服装も同じ。

ただし、頭に立派な大根の葉を飾っていた。


「私こそが本物の第一王子! この国の正統なる後継者である!」


影武者が叫んだ。


「お前も偽物だろう!」


「何を言う! 偽物はお前だ!」


「お前が偽物だ!」


「お前こそ偽物だ!」


二人は互いを指さし、言い争いを始めた。

わたくしは、ため息をついた。


「……聖女様」


「はい……」


「どちらが本物だと思います?」


聖女は二人を見比べた。

そして、静かに答えた。


「……どちらも偽物では?」


「正解ですわ」


二人の王子が同時に叫んだ。


「なぜわかった!?」


「本物の王子殿下は、先週、大根農家に転職なさいましたもの」



沈黙。



魔王が震える声で尋ねた。


「……王族を辞めたのか?」


「ええ。残業が多すぎるとおっしゃって」


わたくしは窓の外を指さした。

そこには、農作業着を着た本物の王子がいた。

額に汗を浮かべ、大根を収穫している。


「おーい! 今年は豊作だぞー!」


王子は、実に幸せそうだった。


聖女は泣いた。


影武者も泣いた。


偽物の王子も泣いた。


魔王は静かにうなずいた。


「……我も農業を始めよう」


わたくしは微笑んだ。


「ようこそ、こちら側へ」


その日、王国は共和制に移行した。

新たな国家元首には、最も税収を安定させた者が選ばれることになった。



初代国家元首。

大根。



誰も異議を唱えなかった。


そして、わたくしはようやく静かな生活を手に入れた。


朝は畑を耕し、昼は読書をし、夜はお風呂に入る。

残業はない。


休日出勤もない。


もちろん、婚約破棄もない。




……そう思っていた。




ある日の夕方。


玄関を叩く音がした。


「悪役令嬢様! 大変です!」


聖女だった。

「今度は何ですの?」


「大根が……!」


わたくしは、ゆっくりと立ち上がった。


「……大根が?」


聖女は震える手で、一枚の紙を差し出した。

そこには、こう書かれていた。



『大根、婚約破棄のお知らせ』



わたくしは紙を見つめた。

そして、静かに言った。


「……今度こそ、国外追放ですわね」


大根は、何も答えなかった。

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