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ROUND9 盗賊の少女

【ロクの格ゲーシステム】

①レバーとボタンによって、自分自身を操作できる

②ダメージを受けると体力ゲージが減る。痛くはない

③スタミナ無限

④格ゲーキャラの技を正確に再現できる

⑤ラウンド終了時体力全回復

⑥キャラクターを変更できる

⑦勝利時に固定演出が発生する

⑧ダウン中無敵

 次の日の朝。


「……頭が重い」


 ロクは宿屋のベッドの上で、額を押さえながら目を覚ました。


 ——二日酔いだ。


 といっても、そんなにひどいものではない。頭の中で小人が鐘を鳴らしているような、そんな程度の二日酔いだった。


 昨日は最高だった。


 オーク討伐を終えたロクたちは、エレナとリディアと一緒に酒場へ繰り出した。最初は三人だけで祝杯をあげていたのだが、いつの間にか冒険者ギルドの連中も合流し、気づけば大宴会になっていた。


 ギルドマスターもいたような気がする。


 オークキングとの戦いを何度も語らされた気がする。


 途中からは何を話していたのかさえ、さっぱり覚えていない。


 ただ、楽しかった。


 腹を抱えて笑い、誰かと肩を組み、酒を飲んだ。

 何人に酒を奢ったかも覚えていない。


「……まあ、いいか」


 ロクはベッドから起き上がった。


 前世では、仕事帰りに一人で酒を飲むこともあった。

 だが、こんなふうに大勢で馬鹿騒ぎした記憶は、ずいぶん昔のことだ。


 会社員時代は、いつの間にか、楽しいことを楽しむ余裕さえ失っていたのかもしれない。


 そう考えると、昨日の宴会は悪くなかった。


 いや、最高だった。


 多少の出費など、気にするものか。


 ……たぶん、金貨はおろか、銀貨も手元には残っていないけど。


 

 ◇ ◇ ◇


 

 昼過ぎ。


「今日はどこに行こうかしらね」


 エレナが伸びをしながら言った。


「特に予定もありませんし、のんびり散策するのもよいですね」


 リディアが微笑む。


 ロクたちは今日も特に予定がなかった。


 明朝にはフェルナードを出発する予定なので、今日は休養を兼ねて街でのんびりすることにした。


 ロクが異世界で初めて訪れた街、いろいろな出来事があった街だ。


 最初は戸惑うことばかりだった。


 それが今では、見慣れた石畳も、露店の並ぶ大通りも、なんだか懐かしく感じられるくらいだ。


 冒険者ギルドでの騒動も、今となってはいい思い出だ。


「ロク、どうかした?」


 エレナがロクの顔を覗き込んだ。


「いや。今日でこの街ともお別れかと思うと、ちょっと寂しくて……」


「へえ。ロクにもそういう感傷的なところがあるのね」


「俺を何だと思ってるんだ?」


「ふふっ」


 二人のやり取りを聞いて、リディアが楽しそうに笑った。


 ロクたちが大通りを歩いていた——そのときだった。


「きゃっ!」


 突然、エレナが悲鳴を上げた。


「えっ?」


 振り返ると、エレナの胸元から、銀色のペンダントが消えていた。


「あいつ……っ!」

 

 少し離れた場所を、スルスルと人混みを縫うように駆け抜けていく影があった。 


 14歳くらいの少女。


 くすんだ灰色のフードをかぶり、短い革の上着と動きやすそうなズボンを身につけている。腰には短剣が一本。細身の身体はしなやかで、走る姿には無駄がない。

 彼女は盗賊の少女。 


 その手には——小さな銀細工のペンダント。


 それは亡くなった母親から譲り受けた、エレナにとって何よりも大切な装飾品。 


「エレナさん、あれは……!」


 リディアが心配そうに声をかけた。


「代々、うちの家に伝わる護符なの! お母さんからもらった、大切なもの!」


 エレナの声が切迫していた。


「俺に任せろ!」


 ロクは即座に走り出した。


 少女は大通りを駆け抜け、人混みをすり抜けていく。

 足が速い。かなり速い。


 普通なら、追いつくのは難しいだろう。


 だが——


『→→』カカッ。


 レバー2回入力。


《ダッシュ》


 ロクは加速した。


 格ゲー仕様の身体に、スタミナ切れという概念はない。

 走っても疲れない。

 何時間でも走れる。

 息が切れることもない。


 ダッシュは無限である。


 前世の俺がこの能力を持っていたら、通勤がどんなに楽だったろう。

 通勤定期を買う必要もなかったかもしれない。

 通勤手当だけもらって。(※怒られます)


 そんなことを考えながら、ロクは少女を追い続けた。


「ちょっ……何なの、あいつ!? しつこッ!」


 少女が振り返る。


 少しずつその距離が縮まっていた。


「チッ!」


 少女は舌打ちすると、通りを走るのを諦めた。


 次の瞬間、彼女は建物の壁を駆け登る。


 窓枠をつかみ、出っ張った石材を足場にして、するすると登っていく。


 あっという間に二階の窓を越え、屋根の縁に手をかけた。

 そして、ひょいっと屋根の上へ。すごい身のこなしだ。


「くノ一か!?」


 ロクは目を丸くして、思わず叫んでしまった。

 盗賊ってみんなこうなのだろうか?


 少女は屋根の上からロクを見下ろし、勝ち誇ったように笑った。


 その顔には、こう書いてあった。


 『ここまで追ってこられるものなら、追ってきなさい』と。


「あの小娘。俺を挑発するとは……」


 ちなみに格ゲーで挑発は『S』(スタートボタン)押下や『B+C同時押し』などで発現。


 ロクはぎりっと拳を握った。


 高所への逃走。普通の人間なら、その時点で追跡を諦める。というかSASUKEに出場できるレベルじゃないと恐らく追いかけるのは不可能に近い。


 だが、ロクには格ゲーがある。


『→↓↘+P』


「《昇龍拳》!」


 ロクは地面を蹴った。


 身体がぐんっと上昇する。


 拳を突き上げながら、二階建ての建物の屋根まで一気に飛び上がった。


「えええええっ!?」


 今度は少女の方が目を丸くして驚いた。


 ロクは屋根の縁に着地。


「よっ」


「よっ、じゃないでしょ!? 何で飛んでくんのよ!?」


  

 こうして、第2ラウンド、屋根の上でのチェイスランが始まった。


 少女は軽快な身のこなしで屋根を渡っていく。


 瓦を蹴り、煙突を飛び越え、屋根の傾斜を利用して勢いをつける。


 なかなかの技術だ。


 盗賊として相当な腕前なのだろう。


 しかし、ロクだって負けてはいない。


 ダッシュは無限。

 またフォームが崩れることもない。

 常に正確なダッシュが可能。木材や煉瓦の上であっても。

 そして、障害物があればジャンプすればいい。


 なんて便利な仕様だろう。


 一方、下の通りでは、エレナとリディアが息を切らせながらロクたちを追いかけていた。


「ちょっと! 何で屋根の上を走ってるのよ、あいつら!」


「さすがロク様、なんでもありですね……」


 二人の声が下から聞こえてきた。


 確かに、なんで屋根の上で鬼ごっこしてるのかロクにもわからなかった。


 そのとき——

 前方で屋根が途切れた。


 建物と建物の間に、幅の広い路地がある。


 向こう側の屋根までは、かなりの距離があった。


「よし! 追い詰めた!」


 ロクは思わず声を上げた。


 さすがに、これは飛び越えられないだろう。


 ところが——


 少女はさらに加速。勢いをつけて屋根の縁を思い切り蹴った。


 小柄な身体が、空中へ飛び出す。


 そして——


 向こう側の屋根に着地した。


「……は?」


 ロクは固まった。


 いやいやいや——


 今、何メートル飛んだ?


 人間の跳躍力じゃないだろ。


 少女は振り返り、ニヤリと笑った。


「じゃあねー!」


「くっ……!」


 だが、ここで諦めるわけにはいかない。


 ロクはレバーを入力した。


『↓↑』カコカコッ。


「《ハイジャンプ》!」


 身体が高く跳ね上がる。


 高さは十分。

 しかし、飛距離が足りない。

 このままでは、下の路地に落ちる。


 だが、空中には空中の技がある。


「——からの!」


 ロクは続けてコマンドを入力した。


『↓↙←+K』


「《空中竜巻旋風脚》!」


 身体を回転させる連続蹴りを放つ。

 

 この技は使い方によっては優秀な移動手段と化す。


 回転の勢いで、横方向への推進力を獲得し、ロクは飛んでいく。


 屋根の縁が近づく。


 ——ガシャァン!


 大きな音を立て、ロクは瓦の上に着地した。


「……まだ続けるの? 鬼ごっこ」


 少女はロクの非科学的な空中機動に、完全に腰を抜かしそうになっていた。


「……あんた、何者?」


「俺は冒険者。——『侠気のロク』」


「冒険者って、空中で回転しながら飛ぶ職業だった!?」


「いや、一般的には違うと思う」


「じゃあ、何であんたはできるのよ!」


「それは……」


 ロクは少し考えた。


「侠気?」


「それ関係ないだろ!」


 少女は叫ぶと、屋根の端から下へ降り、再び地上を走り始めた。


『↗︎』カコッ。


 ロクも後を追い、地面に飛び降りる。


 ドンッ!!


 落下ダメージはゼロ。


 便利すぎる。


 ただし、着地した石畳にはロクの落下によってヒビが入った。


(あとで請求されたらどうしよう……)


 ロクは見なかったことにして、少女を追った。


 やがて、ロクたちは街の北側にある坂道へ差しかかった。

 坂の両側には、倉庫や商店が並んでいる。


 少女は坂道を駆け上がっていく。


 そして、途中で荷台を見つけた。


 荷台には、大きな木樽が十個以上積まれている。


 少女は一瞬で状況を判断したようだった。


 腰から短剣を抜き、荷台を固定していた縄を——


 スパッ!


 切断。


 次の瞬間——


 ゴロゴロゴロゴロゴロッ!


 大量の木樽が坂道を転がり落ちてきた。


「うおおおおおっ!?」


 これはまずい。


 いや、正面から受けても痛くはない。

 そして、避けるのもたやすい。


 問題は、二次被害。

 坂を転がる大樽が、ロクの後ろにいる善良な市民にあたってしまう可能性がある。

 下手したら、後を追ってきているエレナやリディアにあたる。

 普通の人にあたれば間違いなく大怪我だ。


 それはまずい。


 となると、この樽はここですべて処理しなければならない。

 

「君に決めた!!」


 ロクは即座にキャラクターをチェンジした。


 選択したのは力士——相撲キャラ。


 重量級。

 大地を踏みしめる強靭な足腰。


「よし、来い! 迎撃してやる!」


 ロクは迫り来る大樽を前に、両腕を構えた。


 技を最適化する。


『P連打』


「《百烈張り手》!」


 ドドドドドドドドドドドドッ!


 凄まじい速度で張り手を繰り出す。


 転がってきた木樽が、次々と粉砕されていった。


 バキィン!


 ドゴォン!


 バキャッ!


 木片が舞い散り、坂道に乾いた音が響く。


 ロクはひたすらPボタンを連打した。


 最後の木樽が、木っ端微塵に砕け散る。


 そして——


《PERFECT》


 ボーナスステージでの勝利を告げる文字が浮かんだ。

 続いて、強制的に身体が動く。


 ロクはどっしりと腰を落とし、片手を前に突き出す。


 そして——


『どすこい!』


 ロクが何か言っている。


 ……。


 ……。


 俺は、何をしているのだろう。


 どうして俺は、街の坂道でお相撲さんのポーズを取っているのだろう。


 盗賊の少女はもう坂の上の方に逃げて行ってしまった。


 ——追わねば。


 でも、勝利演出がなかなか解けない。もどかしいタイムロス。


 そのとき、下の通りからエレナとリディアが追いついてきた。

 

 ロクの様子を見たエレナが、予想通り顔を引きつらせた。


「……ロク」


「はい?」


「何、そのポーズ」


「勝利演出……です」


「何に勝ったのよ!?」


「樽」


「樽に勝って、何でそんなに偉そうなのよ!」


 ——ごもっともです。


 リディアは口元に手を当てていた。


「ふふっ……す、すみません……」


 笑っている。

 絶対に笑っている。


 ロクは何も言わず、相撲の構えを解いた。


 ちなみに、今の場面では、以前使った女性格闘家キャラの《百烈脚》という選択肢もあった。

 あの技でも、木樽をすべて蹴り砕くことができたのだ。


 だが、ロクはあえて選ばなかった。


 なぜなら、勝利演出をこの二人に見られたくなかったからだ。


 今回の相撲キャラなら、女の子みたいなポーズは避けられる。見られても精神的なダメージはまだ少ない。


 ——そう思ったのだ。このときは。


 だが——

 この後、結果として、さらに最悪な事態を招くことになってしまう。


 

「さあ、追いかけるぞ!」


 ロクは気を取り直して坂道を駆け上がった。

【参考動画】

このエピソードに出てくる技1

《空中竜巻旋風脚》

https://x.com/lcuf4yg/status/2111968944676614617?s=46

このエピソードに出てくる技2

《百烈張り手》

https://x.com/lcuf4yg/status/2111969295588868552?s=46


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