ROUND8 邂逅
【ロクの格ゲーシステム】
①レバーとボタンによって、自分自身を操作できる
②ダメージを受けると体力ゲージが減る。痛くはない
③スタミナ無限
④格ゲーキャラの技を正確に再現できる
⑤ラウンド終了時体力全回復
⑥キャラクターを変更できる
⑦勝利時に固定演出が発生する
⑧ダウン中無敵
天に向かって拳を高々と掲げるロク。
その姿は、荒野を統べる『拳王』の如き圧倒的な存在感を放っていた。
「オオオオオオオッ!!」
地面を踏み鳴らし、武具を打ち付け、雄叫びを上げる。熱狂的な歓喜、惜しみない賞賛、そして絶対的な畏敬。
それらが混ざり合い、渦となり、廃鉱山全体を揺らしている。
空気をビリビリと振動させる熱気の中心で、ロクは立ち尽くしていた。
「……な、なんか、すごいことになっちゃったわね」
エレナが呆然と呟いた。
オークたちの狂乱ぶりに、完全に気圧されている。
「……ロク様」
リディアは、胸の前でそっと手を合わせ、感極まったような安堵の笑みを浮かべていた。
「ロク様……ご無事で、本当によかったです」
「まあ、なんとかね」
ロクは笑った。
体力ゲージはギリギリだった。
正直、最後は運が良かった。
あのままオークたち全員と戦い続けていたら、確実に負けていた。
それでも、オークキングが一騎打ちを選んでくれたから、勝てた。
——その激闘の様子を、遠くから見下ろす者たちがいた。
廃鉱山の入口から少し離れた山の高み。
岩場の陰に、四人の冒険者が立っていた。
彼らは一言も発さず、廃鉱山を見下ろしている。
その装備だけで、一般の冒険者とは格が違うことが分かる。
リーダーは、輝く金髪と抜けるような青い瞳を持つ青年。その男は、大陸でも名の知られた勇者。
背には聖剣を佩き、凛とした気品と圧倒的な威圧感を纏っている。
その立ち姿には、一切の無駄がない。
その隣に立つ男は戦士。身の丈を超える大剣を背負った巨漢。全身傷だらけの重甲冑に身を包み、鋭い眼光を放っている。
そして、魔法使い。漆黒のローブを身に纏った女。長い紫色の髪。手には宝石の埋め込まれた魔杖。
彼女は濃密な魔力を漂わせながら、退屈そうに髪を弄っている。
最後は召喚士。白い外套を羽織った銀髪の女。首元には召喚士の証である銀環。妖艶な笑みを浮かべながら、妖しい魔導書を手に、薄着の衣装から伸びる脚を優雅に組んでいた。
その足元には、淡い光を纏った小さな獣——幻獣の幼体が寄り添っている。
彼らは皆、Aランク。
大陸でも最高峰に位置する冒険者たちだった。
「……何者だ?」
戦士が眉をひそめ、不機嫌そうに呟く。
「さぁ?」
召喚士の女が肩をすくめた。
「見たことない顔ね。Cランクの拳士ってとこじゃない?」
勇者は黙ったまま、ロクを見ていた。
「……あの男」
静かに呟く。
「強いな」
「はぁ!?」
魔法使いが振り返り、目を剥いて噛み付く。
「あんた、本気で言ってんの?!」
勇者は淡々と答える。
「戦い方は、まだまだ未熟で荒い。だが、技のキレは本物だ」
「技もまだまだだろ」
戦士が吐き捨てるように言った。
「あんなオーク、俺なら一振りで両断だ」
魔法使いが呆れた顔をする。
「出た出た。イキリ発言」
「は? イキリじゃねえ。事実だ」
「あたしだって、あんなオークども魔法で瞬殺できるし」
「お前は魔法使いなんだからそれくらい当然だろ」
「何よ!」
「何だよ!」
戦士と魔法使いが睨み合い、ギャーギャーともめ始める。
「はいはい」
召喚士が二人の間に入った。
「喧嘩は後にして」
彼女は眼下を眺めながら、不敵に笑う。
「どうする? やっちゃう?」
「……」
「ここの地権者に恩を売っておきたいんでしょ?」
廃鉱山の地権者は、この地方でも有力な商人だ。
もしこの一件を解決すれば、今後の依頼や商売で有利になる。
彼らがここへ来た理由も、そこにあった。
召喚士はロクを見る。
「私たちが仕上げをしてあげてもいい」
勇者はしばらく黙っていた。
そして、首を横に振った。
「いや、よそう」
「へぇ?」
「……ここで潰すには、惜しい男だ」
その言葉を聞いて、召喚士はつまらなそうに肩をすくめた。
その存在を——
ロクたちはまだ知らなかった。
◇ ◇ ◇
その後、オークたちは、無条件で廃鉱山から退却してくれた。
オークキングが敗北を認めたからだ。
彼らにとって、強者に従うことは恥ではない。
むしろ、それが戦士としての誇りなのだという。
「オークって、意外と律儀なのね」
エレナが言った。
ロクも頷く。
「俺も、どうなることかと思ったけど」
あのオークキングの顔を思い出す。
「……悪い奴らじゃなかったのかもしれないな」
「そうですね」
リディアも頷いた。
「彼らにも彼らの道理があるのでしょう」
ロクたちは廃鉱山を後にした。
◇ ◇ ◇
三人はフェルナードの冒険者ギルドに帰還した。
ロクが受付でクエストの完了報告を済ませる。
「確認しました。おめでとうございます!」
受付嬢が嬉しそうに微笑んだ。
すると、ギルド内が一斉に沸き立った。
「おおおおおおおっ!!」
「兄ちゃん、またやったな!」
「オークキングまで倒したのか!?」
「すげえぞ!」
冒険者たちが口々にロクを讃えた。
ロクは頭を掻いた。
「いや……今回は、本当に危なかった」
正直に言う。
体力ゲージは、ほとんど残っていなかった。
勝てたのは——
相手に恵まれたからだと思う。
最後の一騎打ち。
オークキングがあの状況で戦士としての誇りを優先してくれてなかったら、俺は負けていた。
「まあ……運が良かった」
「謙遜するなって!」
冒険者の一人が笑った。
受付嬢が報酬を差し出す。
「こちらが報酬の金貨3枚です」
「……!」
ロクは報酬を受け取った。
金貨3枚。
ずしりと重い。
実感が湧いてくる。
「……ちゃんと稼いだ」
思わず呟いた。
金貨を握りしめる。
この重さは、金属としての重さだけではなかった。
それはつまり——
「……達成感ってやつか」
命懸けの仕事。だが、それだけに胸に込み上げる達成感はひとしおだった。
長い社会人生活。
毎朝会社へ行って、仕事をして、帰って、寝る。
いつの間にか忘れていた。
仕事を終えた瞬間の、この感覚。
「やりきった……」
そんな気持ち。
頑張って働いた者にしか、分かち合えない気持ち。
全力で挑み、成果を得る。そんな喜びが仕事にはある。それは仕事を通じてでしか味わえない喜びだった。
ロクは金貨を見つめた。
そして——
「……これ」
ロクは金貨の1枚をエレナに、もう1枚をリディアに差し出した。
「え?」
「ロク様?」
エレナとリディアが目を丸くする。
「受け取って欲しい」
二人が困惑している。
「今回の仕事は、俺だけの仕事じゃないから」
「ですが……」
ロクはリディアを見た。
「リディアには通訳してもらったし」
次にエレナを見る。
「エレナの働きは……」
少し考える。
「……フラグ」
「フラグ?」
「いや、なんでもない」
エレナが怪訝な顔をする。
「とにかく、三人でやった初仕事だろ」
「ロク……」
「だから三等分」
エレナが金貨を見る。
「……ロクって、変なところで律儀なのね」
エレナはそう言って照れくさそうに笑った。
リディアも金貨を大事そうに握り——
「ロク様、痛み入ります」
深々と頭を下げた。
「そんな大げさにしなくていいって」
ロクは笑った。
そのとき——
「——感心したよ」
背後から声がした。
ロクは振り返った。
ギルドの奥から、一人の男が歩いてくる。
片目には古い傷跡、着古した上質な革鎧の上に豪奢な羽織を引っかけ、顎髭をたくわえた渋い雰囲気の壮年の男。
ギルドマスターの証である深紅の肩章を身につけている。
歩き方は堂々としているが、威圧的ではない。
むしろ、長年にわたって数え切れない冒険者を見てきた者だけが持つ、落ち着いた雰囲気があった。
この男は冒険者ギルド・フェルナード支部の支部長。『マスター』だった。
「君がロク君かい?」
「はい」
「噂には聞いてるよ」
マスターは、にかっと笑った。
「なんでも、強い上にチャーミングなんだって?」
「…………」
——チャーミング?
ロクは首を傾げる。
一体、どんな噂になってるんだ。
昨日の女格闘家の勝利ポーズのせいか。
たぶん、そんなところだろう。
マスターが表情を改める。
「オークを退けるとは、素晴らしい働きだ」
そして、ロクを見た。
「君に、称号を授けたい」
「称号?」
「ああ」
マスターが説明する。
「冒険者ギルドには、ランクとは別に『称号』というものがある」
「ランクとは別?」
「ああ。ランクは冒険者としての総合的な実績や信頼を表すもの。称号は、その冒険者がどんな功績を残したのかを表すものだ」
「なるほど」
「討伐の功績。人命救助。希少な魔物の討伐。あるいは、特殊な技能を持つ者。そういった者には、ギルドが正式な称号を与えることがある」
「へえ……」
「そして君の場合、オークたちの前で、最後まで一歩も引かなかった。強者を認めるオークキングを、正面から倒し、穏便に解決した。一人の死者も出なかったからね」
マスターが笑った。
「だから君の称号は——『侠気のロク』なんて、どうかな?」
「……おお」
なんか、ちょっとかっこいい。
「悪くないですね。いや、むしろかなり良いです」
「だろ?」
ロクは満足げに頷いた。
そんなふうに評価されたことなんて、今まで一度もなかった。
誇らしかった。
何かに打ち込むとき。
夢中になっているとき。
ロクは昔から、人一倍熱くなっていた。
格闘ゲームだってそうだった。
仕事だって、本当はそうだったのかもしれない。
ただ、いつの間にか、評価というものを数字で求めるようになった。
5段階の評価であったり、年収であったり、そんなつまらない数字に。
昔はあだ名があった。
子供の頃、頭のいい奴は「博士」と呼ばれたり、腕っぷしの強い奴は「番長」と呼ばれたり、そういうのがあった。
そういう方が、数字よりもずっといい。
この世界では、自分の力で何かを成し遂げると、その結果が、こうして『称号』になる。
「……いいな」
ロクは小さく笑った。
その瞬間——
「侠気っていうか——」
ギルドの奥から声が飛んできた。
「『女子力のロク』だろ」
ドッ!!
ギルド中が爆笑した。
「ぶははははは!」
「そうだな! お前『女子ロク』でいいだろ!」
一斉に野次が飛ぶ。
「やめろおおおおおっ!!」
ロクは頭を抱えた。
「なんでそうなるんだよ!」
エレナは腹を抱えて笑っている。
「あはははは!」
「笑うな!」
リディアも口元を押さえている。
「ふふ……」
「リディアまで!」
「すみません……でも……」
肩が震えている。
ロクはため息をついた。
でも、温かかった。
「……まあ」
悪くない。
むしろ——
かなり嬉しい。
「さぁ!」
そして振り返る。
「仕事の後だ!」
ロクは笑った。
「みんなで飲みに行くか!」
「おー!」
エレナが手を上げる。
「賛成です」
リディアも微笑んだ。
ロクは二人と並んで、冒険者ギルドの扉へ向かう。
今日も一日、よく働いた。
そして——
不思議なくらい、身体が軽かった。
ロクは足取りも軽やかに、ギルドの扉を開いた。
異世界に来て3日目。
ロクはこの世界で生きるということが、楽しくなってきていた。




