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10/10

ROUND10 人生最大の過ち

【ロクの格ゲーシステム】

①レバーとボタンによって、自分自身を操作できる

②ダメージを受けると体力ゲージが減る。痛くはない

③スタミナ無限

④格ゲーキャラの技を正確に再現できる

⑤ラウンド終了時体力全回復

⑥キャラクターを変更できる

⑦勝利時に固定演出が発生する

⑧ダウン中無敵

⑨ジャンプからの落下ダメージゼロ

「今度こそ、追い詰めたぞ!」


 ロクは盗賊の少女に向かって言い放った。


 坂道を駆け上がった先、そこは行き止まりだった。


 石造りの古い壁が道を塞いでおり、左右には高い建物が並んでいる。


 逃げ道はない。

 少女は立ち止まった。


 エレナとリディアも追いついてきた。


「私のペンダント、返して!!」


 エレナが叫ぶ。


 少女はゆっくり振り返ると、腰から短剣を静かに抜いた。


 右手に一本。

 左手にも一本。


 両手に短剣を構え、低い姿勢で身構える。


 素直に返すつもりはなさそうだ。


 3対1ではあるが、少女は武器を持っている。そして、かなり素早い。

 丸腰の3人が相手という状況では、むしろ自分の方が有利と見ているのだろう。


 少女の目には、追い詰められた獣のような鋭さがあった。


 ロクは少女を観察した。


 攻撃も速そうだ。

 恐らく小柄な身体を活かし、懐に潜り込んで急所を狙う戦い方、接近戦を得意としている。


「その首……掻っ切るよ。逃げなくていいの?」


 この期に及んで、少女はロクの心配をしている。

 確かに、普通の冒険者なら、かなり厄介な相手かもしれない。


 だが、ロクは逆に少女の心配をしていた。


 相手は中学生くらいの女の子だ。

 いくら盗賊とはいえ、女子を殴り倒すのは気が引ける。

 できれば、怪我をさせずに取り押さえたい。


 ロクはレバーを入力した。


『←』カコッ。


 ガードで攻撃をしのぎながら、間合いを詰める相手の動きを投げで止める。これが最善の選択、とロクは考えた。


 ロクは体の前で大きく腕をクロスした。ガードの構え。だが、少女から見ればロクの胴はガラ空き——ボディがお留守な状態だった。


「……は?」


 少女が怪訝そうな顔をした。


「それで防げると思ってるの?!」


「……問題ない。来いよ」


「死んでも文句言わないでよ!」


「ああ」


 死んだら文句は言えない。もっとも、死ぬことはないのだが。


「……バカにしてんの!?」


 少女が踏み込んできた。


 右手の短剣が、ロクの腹を狙う。


 ガキンッ!


 刃先から伝わる、生身の人間では考えられない、岩のような硬度。


「なっ——!?」


 少女は目を見開いた。

 

 だが、間髪容れず、続けて左手の短剣が心臓を狙う。


 ガキンッ!


 これも通らない。


 今度は首。


 ガキンッ!


 やはり通らない。


 腹、心臓、首。

 少女は的確に急所を狙ってきていた。


 しかし、どれも通常攻撃である。


 ロクのガードは、格ゲー仕様の絶対防御。


 相手の通常攻撃なら、いくら攻撃されようが突破されることはない。


「なっ……何で!?」


 少女の顔が青ざめた。


「効かないよ」


「化け物……!」


 ——失礼な。

 本当にデリカシーがないなこの小娘は。

 誤解を恐れずに言うなら、俺はただのFランクの格闘家だ。

 格ゲーのキャラには化け物しかいないが……少なくとも俺は化け物ではない。


 ——さて、そろそろ反撃しよう。


 ロクは少女を傷つけないよう、通常投げの体勢に入った。


 投げ技なら、相手の攻撃を止められる。

 軽く組みついて、地面に転がす。


 そういうつもりだった。


 ところが——


 ロクは、ここで異世界に来て最大の誤算を犯してしまった。


 ……キャラクターを変え忘れていたのだ。


 さっきの相撲キャラのまま。


 つまり、その通常投げは——『鯖折(さばおり)』。


「——あ……しまった!」


 気づいたときには、もう遅かった。


 ロクは少女に抱きついていた。


 いや、抱きついたという表現は正確ではない。


 相手の身体を両腕で抱え込み、前後から圧迫するような形。


 ここで重要なのは他意はないということ。

 痴漢をするつもりなんて微塵もない。

 だってこれは由緒正しき日本の国技、相撲の決まり手——まごうことなき、鯖折りなのだから。


『ふぁ!』


「——ちょっ!?」


『ふぁ!』


「きゃっ!」


『ふぁ!』


「——や、やめ」


 ロクの身体は、システムに従って規則正しく鯖折りを始めた。


 もう一度言う。これは歴(れっき)とした相撲の技である。『相撲四十八手』にもその記載がある。


 だが、少女はそんなこと知る由もない。

 前触れもなく突然始まった凌辱行為に、ただただ困惑し、驚愕し、恐怖していた。 


 少女は「きゃん」とか「いやん」とか、ロクの腕の中で妙な声を上げている。


 もはや状況が完全にアウト。

 日本の街中でこれをやったら、社会復帰は難しいだろう。


「ちょっ、ちょっと待って! 違う! これは違うんだ!」


 鯖折りという名の痴漢行為を終わらせるため、ロクは必死に操作を試みた。


 レバーをガチャガチャ——

 そして、ボタンを連打。


 しかし、鯖折りは止まらない。

 むしろ、なぜか長引いている。


 このときロクは完全に失念していたのだった。


 攻撃側がレバガチャ(レバーをガチャガチャすること)したりボタン連打すると、技の時間が延長される。

 反対に相手側がレバガチャやボタン連打すれば、早く投げから抜けられる。


 それが格ゲーの仕様というもの。


 つまり、早く終わらせたいロクがすべきことは——何もしないことだった。


 しかし、ロクは気が動転していたため、そんな仕様を思い出す余裕などなく、レバガチャ&ボタン連打により、技を長引かせてしまったのだった。


『ふぁ!』


『ふぁ!』


『ふぁ!』


 少女の顔が、みるみる赤くなっていく。


「あ……やん……!」


 ロクはさらにパニックになった。


 まずい。

 これはまずい。


 この状況、どう見ても誤解を招く。


 エレナは開いた口が塞がらなかった。

 

 リディアは真っ赤にした顔を手で覆い、その指の隙間からこの凄惨な光景を見ていた。


 そのとき、少女が半泣きで叫んだ。


「は、離しなさいよ! この変態!」


「違う! 俺は変態じゃない! できれば早く終わらせたいんだ!」


「じゃあなんで離さないのよ! 女の子に触りたいだけでしょ、変態!!」


「いや、その……」


 生娘に変態と罵られ……大混乱したロクは、擁護のしようもない、とんでもない発言をしてしまう——


「き、君がレバーをガチャガチャしてくれたら……も、もっと早く……終わるんだけどな……」


 それを聞いた少女の顔が凍りついた。


 ゾゾゾゾゾゾゾ……!!


 未曽有の悪寒が走る。

 このとき少女は生まれて初めて大人の男が怖いと思った。


「……レバーを……ガチャガチャ?」


 何言ってるの? この人……猥褻すぎるだろ。嫁入り前の娘に向かって……


「違う! 操作の話であって——」


 ロクも語感のヤバさにさすがに気づいた。


「何を操作するのよ! こいつ……最低!!」


 泣きそうになっている。 


「変態! 最低!」


 いや、もうとっくに泣いてる。心が絶望してる。

 

 男の暴力により、不当に虐げられている。

 泣いて当然だ。こんな理不尽、許されるはずがない。人権団体が黙っていない。


 ロクは完全に詰んでいた。


 もう俺の負けでいい。

 ここでコンテニュー画面に移行してくれ。


 頼む。

 誰か、俺をこの世界からログアウトさせてくれ。


『ふぁ!』


『ふぁ!』


『ふぁ!』


 ほどなく、少女は静かになった。無抵抗。観念したのかもしれない。


 ——長い。

 鯖折りが、あまりにも長い。


 体感時間にして、永遠。


 ロクは少女に抱きついたまま、必死に天を仰いだ。


 神様。

 俺、何か悪いことをしましたか?


 いや、盗賊を追いかけて、盗まれたものを取り返そうとしているだけなのに。


 ——あんまりじゃないですか。


 お願いです。

 助けてください。

 迷える子羊を。

 この少女を。

 この俺を——


 そして、祈りが通じたのかようやく……


 ドサリ。


 少女が力なく地面に崩れ落ちた。


 鯖折りが終了したのだ。


 ロクは慌てて距離を取った。


「ご、ごめん! 本当にごめん! わざとじゃないんだ!」


 だが——

 誰も何も言わなかった。


 エレナも。


 リディアも。


 盗賊の少女も。


 誰も、何も。


 ただ、沈黙だけが流れていた。


 ……。


 ……。


 ……チーン。


 脳内で、そんな効果音が鳴った気がした。


 悪夢のような沈黙だった。


(お願いだ……だ、誰か何かしゃべって……!)


 ロクは心の中で叫んだ。


 耐えがたい沈黙。


 だが、誰も助けてくれない。


 エレナは口元を押さえ、ロクを凝視していた。

 リディアは顔を真っ赤にしたまま、目を泳がせていた。


 少女は地面に座り込んだまま、震える手で自分の服を整えていた。


 そして、ようやく口を開いた。


「……は……辱(はずかし)められた……」


 少女はエレナのペンダントを手放すと、涙をこぼしながら走り去っていった。


 あまりの出来事に、ロク自身もひどく混乱していた。


 何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。


 とりあえず、ペンダントを拾い上げた。


 銀細工の小さな護符。


 幸い、傷はついていない。


「エレナ、これ……」


 ロクはペンダントを差し出そうとした。


 すると——


「いやぁぁぁぁっ! 近づかないで!!」


 エレナが全力で後ずさった。


「えっ!?」


「こっちに来ないで!」


「いや、ペンダントを……!」


「置いて! そこに置いて!」


 エレナは両手で顔を覆い、ロクを見ようともしなかった。

 リディアも、なんとも言えない表情でロクを見ている。


(……えー? なんか、すごい誤解されてない? 俺、盗賊からペンダントを取り返しただけなんだけど——)


 途中までは、間違いなく正義の冒険者のはずだった。

 

 なのに、どうしてこうなった。


 ロクはペンダントを地面にそっと置いた。


 そして、両手を上げた。


「……俺は無実です」


 誰も答えてくれなかった。


 

 ◇ ◇ ◇


 

 その夜。


 宿屋の自室で、ロクはベッドに寝転がっていた。


 昼間の事件を思い出すと、頭が痛くなる。


 いや、二日酔いのせいではない。


 精神的なやつだ。


 盗賊の少女は逃げてしまったが、ペンダントは無事にエレナの手元へ戻った。


 それ自体はよかった。


 よかったのだが……


「……鯖折り」


 ロクは天井を見つめながら呟いた。


 あの技を選択した瞬間のことが、何度も脳裏にフラッシュバックする。


 俺は普通に投げるつもりだった。


 ただ、それだけだった。


 なのに、キャラクターを変え忘れたせいで、よりによって鯖折りが発動した。


 しかも、焦ってレバガチャした結果、技を長引かせてしまった。


 何をやっているんだ、俺は。


 ロクは再発防止策について考えてみた。


 相手を投げる前に、使用キャラクターを確認する。


 ——これを徹底しよう。


 そして、万が一鯖折りしちゃったら、手を離す。レバーとボタンに一切触れない。


 ——よしっ!


 ……いや、そもそも、異世界で格ゲーの操作ミスを反省している時点でおかしいのだが。


 ——コンコン。


 すると突然、部屋の扉がノックされた。


「ロク? ちょっといい?」


 エレナの声だった。


「えっ? あ、ああ。どうぞ」


 ロクは慌てて起き上がった。


 扉が開き、エレナが顔を覗かせる。


 いつもの勢いはない。


 どこか気まずそうに、視線を泳がせていた。


「……入ってもいい?」


「もちろん」


 エレナは部屋に入り、扉を閉めた。


 そして、しばらく黙っていた。


 ……何だろう。


 まさか、昼間の件で冒険者ギルドに訴えられるとか?

 いや、エレナがそんなことをするとは思えないが。


「あのさ……」


「うん」


「さっきは、その……ごめんね」


「え?」


「せっかく、ペンダントを取り返してくれたのに……あんな態度を取っちゃって」


 エレナは申し訳なさそうに頭を下げた。


「あ、ああ……いや、気にしなくていいよ」


 ロクも少し気まずくなった。


 むしろ、謝りたいのは自分のほうだ。


 あんなセクハラ技を見せてしまったのだから。


「わ、私……男の子と付き合ったこととかないから、そういうの、あんまりわかんなくて」


「……ん?」


 今、何て?


 男の子と付き合ったことがない?


 いや、それはまあ、そういうこともあるだろう。


 ロクも初めて女子と付き合ったのは高校を卒業してからだった。


 問題は、この話の方向性だ。


「ロクも男の子だから……あるんだよね。そういう癖(へき)とか」


「……あれ?」


 ロクは首を傾げた。


 何かがおかしい。


 ものすごくおかしい。


 エレナは頬を赤くしながら、言葉を続けた。


「今日はちょっと驚いたけど……今度から、男の子ってそういうものなんだって思うようにするから」


「……え?」


「じゃ、じゃあ! おやすみ!」


 エレナは一方的にそう言うと、パタパタと部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 静寂。


 ロクは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 ……。


 ……。


「やっぱり、なんかめっちゃ勘違いされてるよな!?」


 ロクの叫び声が、夜の宿屋に響き渡った。



 こうして、フェルナード最終日は妙な展開で幕を閉じた。


 ペンダントは無事に戻った。


 盗賊の少女は逃げた。


 そしてロクは、エレナから「男の子はそういう生き物」だと思われてしまったらしい。


 ……どうしてこうなった。


 俺はただ、格ゲーのコマンドを入力しただけなのに。


 翌朝、フェルナードを出発する。


 今後は平穏な旅を送りたいものだ。


 できれば、投げ技を使わずに済むような——平穏な旅を。

【参考動画】

このエピソードで出てくる技

『鯖折り』

https://x.com/lcuf4yg/status/2112320336108888413?s=46

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