ROUND4 初クエスト『岩巨人討伐』
【ロクの格ゲーシステム】
①レバーとボタンによって、自分自身を操作できる
②ダメージを受けると体力ゲージが減る。痛くはない
③スタミナ無限
④格ゲーキャラの技を正確に再現できる
⑤ラウンド終了時体力全回復
⑥キャラクターを変更できる
⑦勝利時に固定演出が発生する
翌朝。
異世界で初めて迎える朝。
宿屋のベッドでロクは目を覚ました。
見慣れない天井。
窓から差し込む朝日。
小鳥のさえずりが聞こえる。
しばらくぼんやりしていたロクだったが——
「……そうか」
昨日のことを思い出した。
ここは異世界だ。
自分は一度死んで、別の世界に転生した。
そして昨日、リディアとエレナに出会い、魔物と戦った。
久しぶりに酒を飲んで、心温まる食事をして——
「本当に……楽しかったな」
自然と笑みがこぼれる。
こんなに楽しかったのは、いつ以来だろう。
会社員になってからは、毎日同じことの繰り返しだった。
でも今は——
「今日は……何があるんだろうな」
ロクはワクワクしていた。
そのことに、ロク自身が一番驚いていた。
今日という日が楽しみ、か。
それは子供の頃には当たり前だった感情。だが、大人になると忘れてしまう、愛おしくも懐かしい感情だった。
ロクは何十年かぶりに童心に返っていた。
◇ ◇ ◇
「おはようございます、ロクさん」
「おはよう」
食堂へ降りると、すでにリディアとエレナが朝食をとっていた。
「よく眠れた?」
「ああ。久しぶりにぐっすり寝た」
「昨日あれだけ飲んだらね」
エレナが笑う。
「昨日のことは忘れてくれ」
ロクは苦笑した。
テーブルにはサラダとパンとスープが並んでいる。ロクは席に着くと、もしゃもしゃとサラダを食べ始めた。
「そういえば、この街にはどれくらいいるんだ?」
「3日ほど滞在する予定です」
ロクの質問にリディアが答えた。
「巡礼の旅ですから、街ごとに神殿へ立ち寄ったり、旅に必要なものを揃えたりします」
「3日か……」
ロクは考えた。
そして少し申し訳なさそうに口を開く。
「だったら、俺も何か仕事がしたい」
「仕事?」
エレナが聞き返す。
さすがに、いつまでも二人に宿も飯も奢ってもらうというのは大の大人として問題がある。
それに、何もしないというのはロクにとって、どうにも気持ちが悪かった。
「そんな、ロク様。気にしなくても大丈夫ですよ」
リディアは優しく微笑む。
だが、ロクは頑なに首をふる。
「そういうわけにもいかない。せめて自分の分くらい自分で稼ぎたい」
「うーん……」
エレナが考え込む。
「だったら冒険者ギルドに行ってみたら?」
「冒険者ギルド?」
「街の西区にあるわ。魔物退治とか護衛とか、色んな仕事を斡旋してるの。ロクなら、魔物の討伐くらい余裕でしょ?」
魔物討伐、か。確かに俺の格ゲーシステムを使えば、魔物相手にはかなり強い。というか、負ける気がしない。
「場所を教えてくれるか?」
「もちろん。あ、でも……」
エレナとリディアが顔を見合わせる。
「今日は私たち用事があるので。一緒には行けないんです」
リディアが申し訳なさそうに言う。
リディアは神殿に行く予定があり、エレナは魔法学校の支部に顔を出さないといけないらしい。
「じゃあ今日は別行動だな」
「はい。夕方には宿へ戻ります」
こうして、異世界に来て2日目。
ロクは一人で街に繰り出すことになった。
◇ ◇ ◇
「……へえ」
フェルナードの街は、朝から活気に満ち、賑やかだった。
石畳の大通りには露店や武器や魔道具店が軒を連ねる。
露店からは香辛料や焼いた肉の香ばしい匂いが漂っている。
通りを歩く人々は、色とりどりの服を着た町人、大剣を背負った旅人、エルフの少女、獣耳の青年と様々だった。
「本当にファンタジーだな……」
前世では映画やゲームの中でしか見なかったものが、当たり前のように存在している。
何度見ても実感が湧かない。
そんな街をキョロキョロ目移りさせながらしばらく歩き、やがて大きな建物の前にたどり着いた。
エレナに書いてもらった地図は、ここを示している。
石造りの二階建ての建物。
入口には剣と盾を模した看板が掲げられ、こう書かれている。
——『冒険者ギルド・フェルナード支部』。
「……ここか」
ロクは少しばかり緊張しながら扉を開けた。
◇ ◇ ◇
「おお……」
中は熱気に包まれていた。
強面の大男や険しい顔をした剣士が酒を酌み交わしながら談笑している。みんなガタイがいいし、強そうだった。
腕に覚えのある輩なのだろう。
ロクは辺りを見回しながら、受付っぽいカウンターへ辿り着いた。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付にいたのは、栗色の髪をしたハーフエルフの女性だった。
「仕事を探してるんだけど」
「冒険者登録はお済みですか?」
「いや、まだ」
「では、まず登録を——」
「あ、いや……単発でできるやつとかないかな?」
ロクは掲示板を見る。
そこには様々な依頼書が並んでいた。
薬草採取、街道の護衛、ゴブリン討伐……
その中で、一枚の依頼書がロクの目に留まった。
「これ」
ロクが指差した。
「これやってみたい」
受付嬢の顔が固まる。
「……こちらですか?」
依頼書にはこう書かれていた。
—————【緊急討伐依頼】—————
対象 :岩巨人グラナイトゴーレム
危険度 :A
推奨人数:10名以上
報酬 :金貨2枚
——————————————————
「こちらは……かなり危険な依頼ですが」
「大丈夫大丈夫!」
「……では、遺体の引受先の登録と、棺桶をこちらのカタログから——」
明らかにロクが死ぬ前提で話しが進んでいる。
「いやいや! こう見えて俺結構強いから!」
腕をグルグルと回すロク。
(こう見えてって言うけど……)
受付嬢は改めてロクの姿を上から下までまじまじと見つめた。
20歳くらいの健康そうな男性。
だけど——
華奢な体躯。
ひょろひょろ。
鍛えてなさそう。
おまけに武器も防具も身につけていない。
(どっからどう見ても弱そうじゃない。野良犬の方がまだ強そうだけど……)
「失礼ですが、クエストの経験は?」
「今日が初めて。何か問題ある?」
「大問題です」
受付嬢ははぁとため息をついて言った。呆れている。
「この依頼の対象は、5メートルを超える岩巨人です。すでに複数のパーティーが挑戦していますが、いまだ討伐には至っていません……本当に受けますか?」
「受ける」
「そこまで言うなら……分かりました」
受付嬢はさらに深いため息をついてから、ぶっきらぼうに言った。
「……で、報酬の受け取りはどうするの?」
「受け取り?」
「山分けか総取りか」
「おすすめは?」
「山分け……討伐隊に参加しての共闘ね。あなたじゃ単独討伐、総取りは無謀すぎるわ」
「じゃ、山分けで」
「それが賢明だわ」
その後、諸々の手続きを終え——
「……では、ご武運を」
「ありがとう」
ロクは意気揚々とギルドを出た。
◇ ◇ ◇
指定された場所は、フェルナード郊外の採石場だった。
「…………でっか」
遠くからでも分かる。
巨大な岩の塊が元気に動いている。
「グオオオオオオッ!」
巨人が咆哮する。
「うわ……確かにやばそうなやつだな」
その周囲には、すでに10人ほどの冒険者、戦士や魔法使い、盾を構えた重装兵たちが戦っていた。
「くそっ!」
「かっっっってぇ!」
「魔法もほとんど効かねぇ!」
戦士が大剣を振るい、後方から魔法使いが炎で攻撃するが、巨人の岩肌には傷一つついていない。
全員苦戦しているようだった。
「……なるほど」
確かに強そうだったが、ロクには別の意味で興味があった。
——格ゲーの技がどれくらい通用するんだろう。
昨日は熊や狼と戦い、難なく倒した。
今日は巨大な岩の怪物が相手だ。
「ちょっと試してみるか」
ロクはてくてくと歩みを進める。
「おい!」
戦士の一人が叫んだ。
「お前、下がれ!」
「え?」
「お前じゃ無理だ!! ひょろひょろの兄ちゃんが何しに来た!」
「いや、何って依頼を受けに——」
——そのとき。
不用意に近づいたロクの目の前に、ロクの身の丈ほどもある、岩の巨人の拳が迫っていた。
「——ッ!?」
ドゴォン!!
岩の巨人が振り回した拳が直撃し、ロクは派手に吹き飛んだ。
ロクは地面をボールのように転がる▷岩壁に激突▷バウンド▷さらに転がる▷ドサリと巨人の目の前に倒れる。
「……あ」
一瞬の出来事。戦士が呆然と見つめる。
「だから言ったのに……」
——だが、それだけではなかった。
巨人は大きな足を振り上げると、ダウンしたロクを容赦なく踏みつけた。
ドドドォォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃音。
地鳴りとともに、地面が深く沈み、縦横に亀裂が走り抜ける。
「…………」
それを見た戦士たちは一様に青ざめた。
「し……死んだ」
「ぐちゃぐちゃだぞありゃ……」
岩の巨人がゆっくり足を上げる。
——即死。
誰もがそう思った。
だが、土煙の中、動く影があった。
ロクは何事もなかったかのように、むくりと起き上がったのだった。
「あーびっくりした……」
一瞬の間。
「「「ええええええええええええ!?」」」
その場にいた全員が叫び、声が重なった。
「え、何?」
ロクは首を傾げる。
「お前、不死身か?!」
戦士が叫ぶ。
「いや、減ってる減ってる」
ロクが体力ゲージを確認すると、3分の1ほどゲージが減っていた。巨人に殴られたダメージだ。
「普通死ぬだろ!! なんでピンピンしてんだよ?!」
体力ゲージが1ドットでも残っていれば普通に動ける。稼働に制限はない。それが格ゲー仕様というものだ。それから——
「ダウン中は無敵なんだ。だからダメージは受けない。そういうシステムだから」
一応、ロクは説明しておいた。
「…………は?」
「何言ってんだコイツ……」
「システム?」
戦士たちは完全に理解を諦めた。
「まあ、それはいいとして——」
『↖』カコッ。
ロクは後ろに飛んで一回転して着地。
巨人から一旦距離を取った。
「さっきは油断したけど——もう大丈夫」
ロクは目を閉じた。
頭の中にイメージを浮かべる。
キャラクター選択画面。
ずらりと並ぶキャラクター。
そして——
「……こいつだな」
ボタンを叩いて決定。
ロクは身軽で素早い女性キャラクターを選択した。
——次の瞬間、ロクの構えが変わる。
腰を落とし、両手を軽く前へ。
適度な脱力、だが、どこにも隙がない。
しなやかな構え。
それは中国武術——功夫の構え。
「……!」
戦士たちが息を呑む。
「この男……できる」
武を志す者ならばわかる。一目見れば。その実力が。
ロクが纏う凛とした空気は、まさしく達人のそれだった。
『さあ……行くわよ!』
口調まで変わる。
「え?……女?」
戦士が戸惑う。やはり理解が追いつかない。
ズシンズシンと巨人が地面を揺らしながらロクに近づいてくる。
巨人が大きな腕を振り回す。
しかし、ロクは軽く跳んでそれをひらりとかわした。
巨人の拳が地面を抉る。
何度巨人が殴りかかろうとも、もうロクには当たらない。
虚しく拳が空を切るだけだった。
「遅いって、おたくのパンチ」
ロクが華麗に空を舞う。
「すげぇ……全部避けてる……」
戦士たちはロクの身のこなしに見入っていた。
巨人が怒り狂ったように拳を振り回すが、ロクはジャンプでかわし続ける。
しかし、業を煮やした巨人は、今度はジャンプ中のロクに拳を合わせた。
「——!」
普通なら避けられない。
だが、ロクは空中でレバーを入力した。
『↗』カコッ。
何もない空を蹴って、ありえない軌道を描いてロクは巨人の拳をかわした。
この女性キャラだけが使える特殊動作——《三角跳び》である。
「…………え?」
戦士たちが固まる。
「今……何もないとこで跳ばなかったか?!」
ロクは空中で笑っていた。
「画面端は壁判定だから何もなくても跳べるんだよ」
「何、画面端って!?」
戦士たちはさらに困惑した。
ふわりと地面に着地するロク。
「さぁ、反撃といくか!」
今度はロクが巨人に向かってジャンプして仕掛ける。
『↓+中K』
《鷹爪脚》
巨人を連続で踏みつけながら、あっという間に顔の高さまで上り詰める。
そして、次のコマンド。
『↓タメ↑+K』
身体を逆さにし、両足を回転させる旋風蹴り。
「《空中スピニングバードキック》!」
ガガガガガガガッ!!
ロクの脚が巨人の顔面を何度も蹴り抜く。
ちなみに空中でタメを要するこの技に関し、ロクには積年の謎があった。
昔ゲームをプレイしながら、「ほぼ実用性ないし、この技ってどういう用途で使うんだ?」と疑問に思っていたのである。
その答えが30年の時を経て明らかになる。
すなわち、5メートル級の相手と戦うときに使えるということ。
格ゲーに無駄な技なんてない。格ゲーは実に奥が深いゲームである。
「グオオオオオッ!」
巨人の身体が大きく揺れる。
そして、ドォォォン!と大きな音を立て、バランスを崩した巨人が地面に倒れた。
ロクがその隣にトンッと着地する。
「……最適解は、これだな」
『K連打』
《百烈脚》
ドガガガガガガガガッ!!
「速い!」
「……すっげぇ!」
戦士たちは目の前の光景に驚愕していた。
ロクの高速蹴りのラッシュによって、巨人の身体が少しずつ削られていく。
巨人の身体に亀裂が走り、岩が砕けていく。
「この技……」
ロクは蹴り続けながら呟く。
「ボーナスステージで車とか壊すのに、めちゃくちゃ便利なんだよな」
ドガガガガガガッ!!
ロクの脚が残像となり、硬い岩肌が削られ、見る間に粉砕されていく。
そして——
バキィィィン!
とうとう5メートルの巨体が、無数の砂礫へと崩れ落ちた。
《PERFECT》
決着——ロクの大勝利である。
「……あ」
しかし、あることに気づいてロクは固まった。
「この後……勝利ポーズか」
まずい。非常にまずいぞ。
このキャラクターの勝利演出は——
『あっはははは!』
両手を上げて、満開の笑顔。
ぴょんぴょん跳ねながら「嬉しい!」を全身で表現するロク。
そして最後に——
『やったあ!』
ピース。
こっちを見てのピース。
「…………」
戦士たちは完全に沈黙していた。
「…………」
ロクも沈黙する。
「…………変人?」
そして、誰かが呟いた。
ロクは顔を真っ赤にして後頭部をぽりぽり掻いた。
(あの二人がいなくて、本当によかった……!)
ロクは心の底からそう思った。
こうして、ロクの記念すべき初クエストは終了した。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドに戻り、討伐報告を済ませると、受付嬢は笑顔で対応してくれた。
「クエストクリア、おめでとうございます!」
——報酬は確か、金貨2枚だったな。
「お兄さん、見かけによらず強いんですね! はい、コッパーです」
——チャリン。
ロクの手のひらに、小さな銅貨が一枚乗った。
「……コッパー?」
「はい」
「これだけ?」
「はい」
ロクは依頼書をもう一度見る。
報酬——金貨2枚。
「金貨2枚って書いてあるけど」
「はい」
「……?」
「今回のクエストには、200名の冒険者が登録していましたので」
「200……」
「山分けです」
ロクは銅貨を見つめる。
「つまり、金貨2枚を200人で割った結果が、これ?」
「そうです」
銅貨1枚。
それが今日の労働の対価。
「……そっか」
ロクは銅貨を握った。
思えば、これは——
自分が異世界で初めて働いて得た給料だ。
新卒だった頃、初めて給料をもらった日のことをロクは思い出した。
金額なんて、もう覚えていない。
いや、金額の多寡なんて重要ではなかった。
嬉しかったことだけ、はっきりと覚えていた。
「……悪くないな」
ロクは笑った。
たった1枚の銅貨。それでも、これは自分の力で手に入れたものだ。
ロクは銅貨を大切にポケットへしまった。
◇ ◇ ◇
夕方。
宿屋へ戻ると、リディアとエレナが待っていた。
「ロク様。冒険者ギルドはいかがでしたか?」
リディアは少し心配そうにロクを見つめていた。
「成果はどうだった?」
エレナが尋ねる。
ロクは胸を張って、誇らしげにポケットから銅貨1枚を取り出して見せた。
「銅貨1枚、稼いできたぞ」
「…………え?」
エレナが目を丸くする。明らかに拍子抜けしている。
「ちょっとロク……屋根裏のネズミ取りのバイトでもやったの?」
「まあ、そんなとこ?」
「ふふ」
リディアが笑う。
「でも、ロク様。なんだか楽しそうですね」
「そうかな?」
「はい」
「……まあ」
そしてロクも笑った。
「今日も、結構楽しかったよ」
異世界2日目。
初めて稼いだ銅貨。
ロクの胸には達成感と温かな幸福感があった。この世界の一員になれたような、そんな気がしていた。
ロクの人生は——少しずつ、変わり始めていた。
【参考動画】
このエピソードに出てくる技1《鷹爪脚▷空中SBK》
https://x.com/lcuf4yg/status/2102024200043303407?s=46
このエピソードに出てくる技2《百烈脚》
https://x.com/lcuf4yg/status/2102024619339448632?s=46




