ROUND3 異世界の初めての夜
西日に照らされた街道。
前を歩くのはリディアとエレナ。
ロクはしばらく黙って歩いていたが、ふと気になったことを尋ねた。
「そういえばさ、二人って、本当に二人だけで旅してるんだよな?」
「そうですよ」
「魔物も結構いるんだろ?」
「ええ」
「だったら……危なくないのか?」
ロクは二人を見る。
改めて考えると、かなり無茶な話だ。
エレナは魔法使い。
リディアは僧侶。
どちらも戦えるのだろうけれど、まだ若い。
そんな二人が、護衛もつけずに魔物の出る街道を旅している。
「女の子二人旅って、普通に考えたら危険じゃないか?」
エレナが肩をすくめる。
「まあ、危険よ。魔物に襲われることもあるし、盗賊だっている。道に迷うことだってある」
「『巡礼の旅』だっけ? なんでそんな旅を?」
すると、リディアが静かに答えた。
「この国では、魔法使いと僧侶は18歳になると、巡礼の旅に出る習わしがあります」
「18歳で?」
「はい。旅を通じて様々な人と出会い、世界を知り、試練を乗り越える。そして最後に聖都へ赴き、神殿で祝福を受けるんです」
「それが一人前になるための通過儀礼ってことか」
「そうです」
リディアは頷いた。
「旅は過酷です。中には旅の途中で命を落とす者もいます」
「……」
ロクは眉をひそめた。
「そこまで危険なのに?」
「はい」
リディアの声に迷いはなかった。
「だからこそ、意味があるのだと思います。揺籠の中にいるだけでは、人は何も知ることができません」
リディアは前を見つめる。
「庇護から出て、自分の足で歩く。困ったときに誰かに助けてもらい、自分も誰かを助ける。知らない人と出会い、別れ、時には争い、そして認め合い……そうやって、人との繋がりを学ぶんです」
風が吹いた。
リディアの金色の髪が、風に揺れる。
「神様が与えてくださった命だからこそ、自分の足で世界を歩いて、その意味を知りたい。私はそう思っています」
「……立派だな」
思わず、ロクの口から言葉が漏れた。
自分には、そんな考え方はなかった。
将来どうなりたいとか。
何を成し遂げたいとか。
何のために生きるのかとか。
そんなことを真剣に考えたことは、たぶん39年間一度もなかった。
ただなんとなく、怠惰な日々を過ごしていただけだ。
「……俺とは大違いだな」
「ロク様?」
「いや、なんでもない」
ロクは苦笑する。
エレナもリディアの言葉に頷いていた。
「私も同じよ。私だって、旅に出る前は学校の中しか知らなかったもの」
エレナは空を見上げる。
「だから、面倒だと思うこともあるけど……この旅が終わったとき、今より少しは立派な魔法使いになれてたらいいなって思ってる」
「そうか」
ロクは二人を見る。
10代の女の子たち。
まだ若いのに、自分の人生についてちゃんと考えている。
「……俺も、少しは見習わないとな」
そんなことを思いながら、ロクは再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
しばらくして、街道の先に、城壁に囲まれた街が見えてきた。
リディアが指差す。
「あれがフェルナードです」
「おお……」
街の入口をくぐる。
石造りの建物。
行き交う人々。
冒険者らしき武装した人々。
魔法道具を売る店。
日本では絶対に見ることのできない光景だった。
「……本当に異世界なんだな」
ロクはしみじみ呟いた。
「なにそれ?」
エレナが笑う。
そして三人は、街の宿屋へ向かった。
◇ ◇ ◇
「それでは、こちらが部屋の鍵になります」
宿の受付で手続きを済ませる。
部屋は二つ。当然、ロクと二人の女の子が同じ部屋で寝るわけにもいかない。
「じゃあ、また後で」
「ああ」
ロクは部屋に入ると——
「……ふぅ」
ボスッ。
ベッドへ仰向けに倒れ込んだ。
「……ベッドだ」
柔らかい。
それだけで妙に感動する。
天井を見上げる。
そして——
今日一日のことを思い出した。
車に轢かれて死んだ。
目が覚めたら異世界だった。
若返っていた。
魔物に襲われている女の子たちを助けた。
それから——
「……戦ったんだよな」
右手を握る。戦闘の余韻。
まだ少し、ビリビリとした感覚が残っている。
「夢みたいだ」
だけど夢じゃない。
今いる場所も。
リディアも。
エレナも。
魔物も。
全部、本物だ。
「……俺、自分の力で魔物を倒したんだよな」
ロクは笑った。
高揚感が蘇ってくる。
あんな感覚は久しぶりだった。
いや、もしかすると、人生で初めてかもしれない。
仕事でも。
趣味でも。
恋愛でも。
こんなに強烈に「生きている」と感じたことはなかった。
「……これが、生きてるってことなのか」
ロクはしばらく天井を見つめていた。
そして——
「……よし」
自分の能力を整理してみることにした。
【ロクの格ゲーシステム】
①レバーとボタンによって、自分自身を操作できる。
②ダメージは受けるが、体力ゲージが減るだけ。痛みは感じない。また体や衣服は傷つかない。
③スタミナは無限。
④格ゲーキャラの技を正確に再現できる。
⑤ラウンド終了で体力が全回復する。
⑥ボタン配置を変更できる。
最後に——
⑦勝利時に固定演出が発生する。
「……これめっちゃいらないだろ」
ロクは真顔になった。
「なんでいい年したおっさんが勝つたびにいちいち決めポーズするんだよ……」
しかし、ここまで整理してみると、一つの結論にたどり着く。
「つまり……」
ロクはベッドの上で起き上がった。
「基本的に、格ゲーのルールとシステムが俺に適用されてるってことだよな」
これまでの二戦。
ロクは自分が知っているゲームの主人公キャラを使って戦っているような感覚だった。
ロクは考える。
「……だったら」
例えば——
別の格闘ゲーム。
別のキャラクター。
別の必殺技。
あるいは別のゲームシステム。
「思い通り?」
ロクの心臓が高鳴る。
自分は格闘ゲームを知っている。
それも、子供のころから死ぬほど遊んできた。
コマンドも。
システムも。
キャラクターの性能も。
戦い方も。
すべて身体に染み付いている。
「もしかして……俺……最強なんじゃね?」
その瞬間だった。
コンコン。
「ロク、いる?」
「!」
ドアの向こうから声がする。エレナだ。
「ああ、いる」
「今から酒場に行こうと思ってるんだけど。一緒に来ない?」
「酒場?」
ロクはベッドから立ち上がった。
「行く」
◇ ◇ ◇
街の酒場は賑やかだった。
笑い声。
食器の音。
酒を酌み交わす音。
そこら中から聞こえてくる。
三人は壁際のテーブルに座っていた。
「今日はあたしたちの奢りだからね」
エレナが胸を張る。
「いいのか?」
「ロク、お金持ってないでしょ?」
「……」
確かに、無一文だった。
「助けていただいたお礼です」
リディアも微笑む。
「……なんか悪いな」
自分より20歳近く年下の女の子に奢ってもらう。なんとも不甲斐ない。
そんなことを考えていると——
「お待たせしました!」
料理が運ばれてきた。
焼きたての肉料理、芳醇な香りがするパンとシチュー。
そして——
「お酒もあるわよ」
エレナが樽型のジョッキを持ち上げた。
「ロクも飲めるでしょ? 乾杯しよ?」
「ああ」
ロクも受け取る。
三人でジョッキを掲げる。
「「「乾杯!」」」
一口飲む。
ロクの目が見開かれる。
「ビール……?」
泡と苦味。
爽やかな喉ごし。
「異世界にもあるんだな……」
酒なんて、いつ以来だろう。
前世ではほとんど飲まなかった。
一人で飲んでも楽しくないから。
仕事帰りに一人で飲む気にもなれなかった。
だが——
「どう? おいしい?」
エレナが聞く。
「……うまい」
「料理も食べてみて」
「……ああ」
ロクは料理を口に運ぶ。
肉にパンにシチュー。
どれも特別高級なものではない。
だが、温かい料理だった。
「…………」
ロクの手が止まる。
「どうですか?」
リディアが心配そうに尋ねる。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
腹が満たされる——
いや、それだけじゃない。
心まで満たされていくような感覚。
どこか懐かしいような、不思議な感覚。
それはロクが忘れていた感覚だった。
「…………」
気付けば、つーっ……と、一筋の涙が頬を伝っていた。
「えっ?」
リディアが驚く。
「お、お口に合いませんでしたか?」
「いや、そうじゃない」
ロクは涙を拭った。
言葉が詰まる。
「こんなにおいしいの……初めて食べた」
エレナが目を丸くする。
「大袈裟だよ、ロク」
そして笑った。
「あんなに強いくせに、涙脆いのね」
「……うるさい」
ロクも笑う。
思えば、子供の頃以来だった。
家族と一緒に食べた夕飯。
同じテーブルを囲んで、他愛のない話をして、そして笑って——
いつからだろう。一人で食べることが当たり前になったのは。
仕事帰りに適当に済ませる食事。
腹は満たせても。
心は満たされなかった。
「……忘れてた」
ロクは呟く。
「食卓って……こんなにあったかかったんだな」
「ロク様……」
リディアは優しく微笑んだ。
「もう一杯、どうですか?」
「……もらう」
「ふふ」
酒を飲む。
料理を食べる。
そして、談笑。
心地良い時間が過ぎていく。
◇ ◇ ◇
気付けば——
「ロク、大丈夫?」
「だいじょーぶ」
「絶対大丈夫じゃないわよ」
「だいじょーぶだって……」
ロクは完全に酔っ払っていた。
「この男、お酒弱くない?」
「ふふ。でも、可愛いですね」
「可愛いって……」
「寝ちゃいましたね」
二人に両脇を支えられながら、ロクは宿へ戻った。
「ほら、部屋まで行くわよ」
ベッドまで介抱され、倒れ込むロク。
「それじゃあ、おやすみ!」
エレナはそう言うと部屋の扉を閉めた。
ロクは目を閉じる。
「今日は……最高に楽しかったな……」
ロクは薄く笑った。
「……明日は何して……遊ぼうかな」
そう呟いて、ロクは眠りについた。
◇ ◇ ◇
一方。
女の子二人の部屋。
エレナはベッドに腰掛けながら、昼間のことを思い返していた。
「ねぇ、リディア。ロクって……変人じゃない?」
「そうでしょうか?」
「めちゃくちゃ強いのに、言ってること、ときどきよく分かんないし」
「ふふ」
「変なポーズとか、変なセリフとか」
「ふふふ」
リディアが上品に笑う。
「それに、さっきなんてご飯食べながら泣いてたのよ?」
「…………」
リディアは少し考えた。
「ロク様は……」
「うん?」
「深い孤独を背負っていたのでしょう」
「孤独?」
リディアは頷くと、静かに語った。
「周囲から認められず、過小評価されていたのかもしれません」
「……」
「そして、自分の力にずっと気づいていなかったのかも」
「……なるほど」
エレナは少し驚いた。
普段のリディアは、おっとりしてるし、少しズレているところもある。
それなのに——
人の本質をよく見抜いている。
さすがは聖職者だ。
リディアは再び口を開く。
「自分の危険を顧みず、身を挺して見ず知らずの他人を守る……神に仕える者とて、なかなかできることではありません」
「まあ、確かに」
「ロク様は誠実な方です」
リディアは微笑んだ。
「真っ直ぐ涙を流せる、心の清い方」
「……」
「私はお慕いしています」
「えぇ!? お慕いって……!」
「そういえば以前、エレナさんも強い男の人が好きだって仰ってませんでした?」
「——っ!」
エレナの顔が一気に赤くなる。
「あ、あたしは別にそんな風に思ってないから!」
「ふふ」
「本当に! ていうか、その笑い方やめて!?」
「はい。ふふふ」
夜は静かに更けていく。
窓の外には、見知らぬ異世界の星空。
そして、この世界に来たばかりの一人の男と巡礼の旅を続ける二人の女の子。
三人の奇妙な旅は、こうして始まったばかりだった。




