ROUND2 やっぱりガードは最強でした
「あの……ロク様」
街道へ出たところで、リディアが心配そうにロクを見上げた。
「ん?」
「本当に大丈夫なんですか? 先ほど、あれほど強く攻撃を受けていたじゃないですか」
「ああ……」
ロクは自分の身体を見下ろした。
確かに、熊のような魔物から強烈な一撃を受けた。
そして、吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。
骨の一本や二本、折れていてもおかしくない。
いや、それどころか生身の人間なら普通死んでるところだ。
だが——
ロクの体はなんともない。
「私に手当てをさせていただけませんか?」
そう言って、リディアが優しく包み込むようにロクの手を握りしめた。
「——っ」
ドキッとロクの心臓が跳ねる。
突然の柔らかい感触。
繊細で美しいリディアの指。
女の子に手を握られたのなんて、いつ以来だろう。
独り身には刺激が強過ぎる。
「……ロク様?」
「あ、いや!」
ロクは慌てて手を引っ込めた。
「あの、お洋服を脱いでいただかないと、傷口が——」
リディアがロクの上着に手をかける。
「いやいやいや! 本当に大丈夫だから!」
慌てて身を引くロク。
「ですが……」
リディアは困ったように首を傾げた。
エレナは少し離れたところで、呆れたように二人を見ている。
「……まあ、本人がそう言ってるんだし、いいんじゃない? ロクって、さっきから全然痛そうじゃないし」
「それは……まあ……」
ロクは頭上の体力ゲージを確認する。
戦闘中は確かに四分の一ほど減っていた。
ところが今は——
「……満タンだ」
「え?」
リディアが不思議そうにロクを見つめる。
「いや、こっちの話」
ロクは一人で納得する。
ラウンド終了時、体力全回復。
さすが格ゲー仕様。
ロクは遠い目をした。
——これ、便利すぎないか?
◇ ◇ ◇
その後。
三人は街道を歩きながら、互いのことを話していた。
エレナとリディアの目は爛々と好奇心に満ちている。
「ねぇ、ロク。あなたのジョブって何?」
エレナが質問する。
「ジョブ?」
「うん。魔法使い、僧侶、戦士……いろんな職業があるでしょ?」
なるほど、RPGっぽいな、とロクは思った。
現実ではただの会社員だったが——
「俺は……」
ロクは少し考える。
「ストリート……」
「ストリート?」
「いや——」
コホンと咳払いをするロク。
「格闘家ってとこかな、とりあえず」
エレナが興味深そうにロクを見る。
「じゃあ、やっぱり格闘技の達人なの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
ロクは謙遜する。というか、格闘技の経験どころか、さっき生まれて初めて殴ったり蹴ったりしたところだった。
「でも、あの動き。ものすごく綺麗だったわ。身体が全然ブレてなかったし」
「そうですね。長年修行を積んだ武人のようでした」
リディアも頷く。
なるほど。確かに、動きだけ見れば達人なのだろう。
本来ならば、気が遠くなるような時間を費やして完璧なフォームを身につけるのだから。
だが、実際には——
ボタンを押して決まったモーションデータを再生させてるだけなんだよな。
毎回フォームが少しずつ変わっていたら、ゲームとして成立しない。
「いや……その……」
ロクは拳を握る。
「これは……俺の技術というより、システムなんだ」
「システム?」
「こっちの話」
ロクは苦笑するしかなかった。
エレナが矢継ぎ早に質問する。
「じゃあ、流派は? 格闘家なら、何かあるんでしょう?」
「うーん……」
ロクは腕を組んだ。
「さ、サイキョー流……かな?」
ロクが適当に答える。
「サイキョー流……! 聞いたことがない流派ですが、さぞ高潔で歴史ある流派なのでしょうね」
リディアが感心したように頷く。
「あとさ、さっき使ってた、あの光の弾」
エレナが目を輝かせる。
「あれは魔法? 無詠唱で打てるの?」
「あれは波動拳です」
「ハドーケン? なにそれ?」
波動拳の説明を求められ、「うーん」と唸るロク。
「魔法みたいなもんだけど……『気』とか『気功』って呼ばれてた、かな? 俺は魔法が使えないし、俺のいた世界には魔法なんてなかったから」
「ロクは大陸の外から来たってこと? ロクの世界には魔法の代わりに『気』っていうのがあって、それを戦いで使うのね」
魔法使いのエレナにとっては、興味深い話だった。
「まぁ、そんなとこだね。ちなみに波動拳は無限に打てるよ。ノーコストで」
「「ええ!?」」
エレナとリディアが同時に驚く。
「あなたの世界ではそれが普通なの!?」
「まあ、ゲームの中ではね」
「ゲーム……」
エレナは頭を抱えた。
どうやら、この世界の常識では理解できないらしい。
しかし、よくよく考えてみると格ゲーのシステムはMP消費ゼロで魔法連発みたいなものだから、驚くのも無理もない。
「ロク様は……ロク様の世界では、誰よりも強かったのではないですか? 先ほどの一戦、純粋な体術だけで、圧倒的な強さでした」
リディアが尋ねる。
「全然だよ。俺より強いやつなんてごまんと居た。俺は地元で少し強かったくらい」
「地元って?」
「所沢」
「トコロザワ?」
「…………」
二人が首を傾げる。
「聞いたことないですね」
「ロクみたいな化け物がゴロゴロいるのね、そのトコロザワには……。魔界の地名かしら?」
ロクは笑った。
——俺が子供の頃ゲーセンに入り浸ってた、東京にほど近い平和な町なんだけどな。
会話が一区切りしたところで、今度はロクから質問した。
「あのさ、二人に聞きたいんだけど……」
「うん」
「この世界って、どういうところなんだ? 俺、ここに来たばっかりで何も分からないんだ」
リディアとエレナは顔を見合わせる。
「そうですね……」
リディアが丁寧に説明してくれた。
この世界、地続きの大陸の名前は——アルカディア。
大陸にはいくつもの国があり、魔法や魔物が存在する。
人間だけでなく、エルフや獣人、ドワーフなど、様々な種族も暮らしている。
魔物は世界中に生息しており、強力な魔物を討伐するため、各地には冒険者ギルドが設けられている。
「なるほど……」
ロクは頷く。
「じゃあ、二人は冒険者なの?」
「私は見習いですが、聖都の神殿に所属しています」
リディアが答えた。
「私は王都にある魔法学校の学生」
エレナが続ける。
「私たちは冒険者じゃなくて、目的があって旅をしているの」
「どんな?」
「『巡礼の旅』よ。私たち見習いは、一人前になるために旅をするの」
エレナが杖を握りなおして言った。
「じゃあ、これからどこへ?」
「まずは近くの街、フェルナードへ向かいます」
リディアが答えた。
「そこで食料や物資を補給して、それから王都へ向かう予定です」
「王都か……」
ロクは少し考えた。
戦闘では負けない。たぶん。
だが——
「……腹減るよな」
「え?」
ロクには重大な問題がある。
食事、睡眠、そして落ち着ける場所。
生きていくために必要なもの。
異世界に一人で放り出されたばかりのロクは、それらを自力で確保しなければならなかった。
だったら——
「なあ、俺もしばらく一緒に行っていいか?」
「もちろんです! ロク様が一緒でしたら、これほど心強いことはありません」
リディアが大きく頷いた。
「私も別にいいわよ」
エレナも内心はロクの同行を心強く思っていた。
それはエレナの安堵した表情からも窺い知れる。
「よし! 決まりだ」
こうしてロクは、しばらく二人と行動を共にすることになった。
◇ ◇ ◇
フェルナードへ向かって街道を歩く。
しばらくして——
「……止まって」
エレナが足を止めた。
「どうした?」
「魔力反応。何かいる」
森の奥から、低い唸り声が聞こえる。
「グルルル……」
木々の隙間から姿を現したのは、灰色の毛皮に覆われた狼型の魔物。
「グレイファング……!」
リディアが息を呑む。
「五体も……」
エレナが杖を構える。
ロクは二人の前に出た。
「下がって!」
五体同時戦闘。
基本的に格闘ゲームは一対一。
敵が一斉に襲ってくる状況はあり得ない。
だが——
「……ちょっと試したいことがある」
ロクは頭の中に、あのレバーを思い浮かべた。
『←』カコッ。
ロクが防御の姿勢をとる。
「……ガード」
格闘ゲームにおける、基本中の基本。
そして、最強の防御手段。
俺の考えが正しければ——
「グルァァッ!」
五体のグレイファングが一斉に飛びかかった。
「ロク様!」
リディアが叫ぶ。
「危ない!」
二人は思わず目を背けた。
五体もの魔物に同時に襲われれば、いくらロクでも無事では済まない。
——そう思った。
ガキッ! ガッ! ガリッ!!
魔物の牙と爪が、ロクの身体に次々と叩き込まれる。
「…………」
ロクは微動だにしない。
「……?」
目を開けたリディアが、恐る恐る顔を上げる。
「……え?」
ロクは無事だった。
グレイファングのすべての攻撃はガードによって弾かれている。
「嘘……」
グレイファングが何度も噛みつく。そして、爪を振るう。
だが——
ダメージはゼロ。
「やっぱりな」
ロクは笑った。
「通常攻撃なら、ガードで完全に防げる」
格闘ゲームでは当たり前のこと。
ガード中において、必殺技なら削りダメージが発生するところだが、通常攻撃であればいくら受けてもノーダメージ。
そしてもう一つ。
「この犬っころには投げ技もない」
ガードを崩す手段。
それは『投げ技』である。
しかし、グレイファングは当然投げ技を持っていない。
すなわち——
「この狼たち、俺に対して詰んでないか?」
エレナは口を開けたまま固まっている。
「……何なのよ、あれ」
「私にも……分かりません」
ロクは防御しながら考えた。
ガードの性能は試せた。しかし、守りだけでは勝てない。
「一体ずつ倒すのも面倒だな……」
そのとき、ロクが閃く。
「……そうだ」
ロクは頭の中に意識を向ける。
現在はPとKの6つのボタン配置。
「イメージであれば、変えられるはず!」
ボタン配置を変更する。
6つのボタンが消え——
新たに4つのボタンが現れた。
『A、B、C、D』
「これなら……」
ロクは二人を見る。
「ちょっと頼みがある」
「何?」
「今から技の準備でチャージするから、少し時間を稼いでほしい」
「分かったわ」
エレナが杖を構える。
「どれくらい必要? 5分くらい?」
「んー……5秒あれば溜まる」
「分かった。5秒ね」
「うん」
「…………え? 5秒?」
「うん、それくらい。いや、3秒くらいかも」
「いやいやいや! 短すぎるでしょ!」
「5秒、よろしく!」
エレナは困惑したが、仕方なくロクに従う。
リディアも杖を構える。
「——聖なる盾よ!」
光の壁が展開される。
グレイファングの突進を防ぐ。
エレナが魔力を練る。
「ファイアボール!」
炎の球が飛ぶ。
その間、ロクはボタンに指をかける。
『A+B+C同時押し』
「はああああ……!」
溜めのモーションに入るロク。パワーゲージがグングン溜まっていく。
そして——
ピコン!
《POW MAXIMUM》
「よし、二人とももういいよ!」
「早っや!」
エレナが叫んだ。
「5秒もかかってないけど?!」
「細かいことはいいだろ」
前へ出るロク。
魔物たちが一斉にロクに飛びかかる。
「——準備は整った」
かつて何度も入力したコマンド。何度も使った技。
『↓↙←↙↓↘→+C』
ロクが左手を掲げると、勢いよく炎が噴出する。
『喰らいぃ……やがれぇぇ!!』
ゴォォォォォッ!!
ロクが踏み込むと同時に、全身を炎が包み込んだ。
「えっ——!?」
エレナが目を見開く。
「魔法!?」
そして、凄まじい炎が前方へ噴き出した。
五体のグレイファングをまとめて飲み込む。
「グルァァァァッ!?」
一瞬のうちに焼き払われ、地面に転がる魔物。
ロクの頭の中に、あの音が響く。
《KO》!
《Winner is Rok》!
ロクは自分の左手を見る。
指先には小さな炎がまだ残っている。
それを——
息を吹きかけて消す。
フッ。
そして二人に向かって、ドヤ顔でニヤリと笑って見せる。
『へへっ、燃えたろ?』
「…………」
「…………」
二人とも無言だった。
「……何?」
エレナがようやく口を開く。
「何今の?! 炎魔法? 波動拳は『気』とか言ってたけど!?」
「超必」
「ちょうひ?」
「超必殺技。魔法じゃない」
「……」
エレナは頭を抱えた。
「ねぇ、ロク。ちょっと気になってたんだけどさ……」
「何?」
「その……勝った後のポーズとか、キザなセリフって何なの?」
若干、というかかなり引いている。
「…………」
ロクの顔が赤くなる。
「あー……それも含めて格ゲーの仕様だから……その……身体が勝手に動いちゃうんだよ」
「そ、そう……」
エレナの顔が完全に引きつっている。
「で、でも……かっこよかったです!ロク様!」
リディアが慌ててフォローに入ってくれたが、ロクにはそれが逆にこたえた。
そういや昔、格ゲーキャラの真似をしてクラスの女子にキモがられたこともあったな。
ロクはそんな黒歴史を思い出していた。
格ゲー仕様めっちゃ強いんだけど、勝利の固定演出はどうにかならないのか——?
ともあれ、ロクは二度目の戦いも格ゲーのシステムを駆使して圧倒的な勝利を収めたのだった。
【参考動画】
このエピソードにでてくる超必
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