9.鍛冶師見習いミアの実力、の巻
領主直轄の鍛冶工房は、屋敷から少し離れた土地に建てられることになった。
「坊ちゃんの図面、また随分と変わってますね」
ドーソンは、炉の設計図を眺めながら感想を述べた。
ユウリが描いた炉は、この世界で採用されている普通の鍛冶炉とは違い、送風の経路が二重構造になっている。
そうすることによって、炎の温度を、通常よりもはるかに細かく調整できるようになっている。
さらに、炉の周囲には、魔力の乱れを抑えるための魔法陣が刻まれている。
「ミスリルを鉱石からインゴットへ精製するための炉には、繊細な炎の管理と魔力の制御が必要なんだ。親方この図面通りに出来るかな?」
「そのあたりの理屈は、儂にはさっぱりですが……坊ちゃんの引いた図面通り完璧に仕上げて見せまさぁ!」
ドーソン親方達の頑張りで、ほんの1か月でミスリルを精製するための炉が完成した。
________________________________________
「それじゃあ、一度、俺がやってみせるよ」
完成した工房で、ユウリは、ミアとアレンの前で、袖をまくった。
炉に火を入れ、温度を調整しながら、鉱石から不純物を丁寧に取り除いていく。
「ここで、一気に叩くと、魔力が飛び散って、精度が落ちる。だから、少しずつ、魔力を封じ込めるように叩くんだ。あと、この赤みが、青白く変わる瞬間が、水に入れるタイミング」
ミアは、食い入るようにその手元を見つめ、ユウリの一挙一動を見守っていた。
4時間ほどかけて、ユウリは、小さなミスリルのインゴットを完成させた。
「これが、俺にできる限界の出来だ」
精製されたミスリルのインゴットは、青白い光を放ち一般的な金属とは明らかに違う輝きを見せていた。
「……すごい」
ミアが、思わず、そう呟いた。
「覚えられそうかい?」
「はい――やってみます」
________________________________________
それからのミアは、寝食を惜しむように工房にこもった。
最初の1週間は、手本を忠実に再現すべく教えられたことを反芻した
2週間目には、教えられたことを危なげなくこなし、更には無駄を切り落としていく。
そして、3週間が経った・・・
「ユウリ様、これ見てもらえますか?」
ミアが緊張した面持ちで差し出したインゴットを見て、思わず息を呑んだ。
ユウリが作ったものよりも、明らかに強く澄んだ光を放っていた。
「すごいよ、ミア!!これ、どうやって作ったんだい?」
「えっと……途中から、魔力の封じ込め方や、冷却のタイミングなんかを工夫してみました・・・」
ミアは、不安そうに答えた・・・教えられたやり方から外れたことを怒られるのではないかと思っているようだった。
「俺が作ったものよりずっと純度の高いミスリルだ!」
「たった3週間で、ユウリ様の作ったものをはるかに超えるとは・・・」
傍らで見ていたアレンが、腕を組みながら、感心したように唸った。
「たまたまだと、思いますけど・・・」
ミアは、まだ半信半疑の様子だったが、その頬は喜びで、うっすらと赤らんでいた。
________________________________________
「これだけの純度なら、近隣の大きな都市に持ち込んで鑑定してもらおう・・・さて、いくらの値段がつくかな?」
ユウリはアレンを連れ、近隣の交易都市ローウェンへと足を運んだ。
目当ては、腕利きの鍛冶職人や商人が集まる、街で一番大きな鍛冶ギルドだった。
「タイラー伯爵家のユウリ・フォン・タイラーです。鑑定していただきたいのですが、お願いできますか?」
ユウリが差し出したミスリルのインゴットを一目見たとたん初老の鑑定士は、表情を凍りつかせた。
「……これは!!」
鑑定士は、震える手でインゴットを持ち上げ、専用の器具で魔力の反応を調べ始めた。
しばらくして、掠れた声で呟いた。
「……こんな純度のミスリル、見たことがありません!!」
「いい出来ですか?」
「いい出来なんてもんじゃないですよ!!帝都の宮廷鍛冶が扱う最高級品と比べても遜色ないでしょう・・・いや、こちらの方が上かもしれない」
鑑定士は、興奮を隠しきれない様子で、ギルドの奥にギルド長を呼びに走った。
ほどなくして現れたギルド長も、持ち込んだインゴットを見て、目を見開いた。
「ぜひ、うちで買い取らせていただきたい!!もちろん、相応の値をお付けします」
「・・・今回は少量ですが、よろしいですか?」
「金貨、200枚でいかがでしょう」
しばらく後に、提示された金額は想像以上だった。
(わずか数本のミスリルインゴットが、タイラー領の年間の税収の10分の1くらいか・・・)
「買取お願いします」
ユウリは、努めて冷静な声で、そう答えた。
________________________________________
「とんでもない純度のミスリルがタイラー領で作られている」
そんな噂が瞬く間に鍛冶業界に広まり、各地の腕に覚えのある鍛冶職人たちを領内に呼び寄せることになった。
中には、名のあるドワーフの職人も多くいた。
「ワシも、腕には自信があるが……ミア殿の腕にはおよばんな」
訪れたドワーフの一人は豪快に笑いながら言ったものだ。
各地から集まった熟練の職人たちは、みなミアの技術に素直に驚嘆した。
何十年という経験を積んだ職人でさえ、ミアが打ち上げるミスリルの出来には、及ばなかったのだ。
________________________________________
「ミアって、とんでもない天才だったんだね・・・」
工房で、黙々と鎚を振るうミアの背中を眺めながら、ユウリは呟いた。
「ミアさんにあれ程才があるとお分かりではなかったんですか?」
傍らに立つアレンが、苦笑しながらユウリに突っ込む。
「あの時は、俺よりは腕がいいみたいってことしか分からなかったよ」
「ぼんやり分かるだけでも、すごい目利きですよ」
アレンは、そう言って、肩をすくめた。
「アレン・・・褒めてくれてるんだよね?」
「ええ・・・『一応』は」
こうして、直轄鍛冶工房は、タイラー領の新たな特産品を生み出すことになった。
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。




