8.ミスリル加工計画、の巻
「――というわけで、ミスリル埋蔵量は、当初の想定よりかなり多そうです」
執務室で、ユウリは調査結果をまとめた報告書を、バロンの前に広げた。
鉱脈発見の後、鉱山技師が改めて鉱山を調べた結果、断層でずれた鉱脈は、当初予想していたよりも太く、しかも奥へ向かって、さらに複数の支脈に分かれて広がっていることが分かっていた。
「これは……予想以上だな」
「このまま採掘を進めれば、当分は枯れる心配はなさそうです」
「では、ミスリル鉱石を売って、衛兵の装備を新調するとするか」
「父上、それなんですが・・・鉱石のまま売るのは、もったいないと思います」
「しかし、他にどうするんだ?」
「ミスリルは、魔力を帯びた希少金属なので鉱石のままでも高値で売れます。でも、加工してから売れば、付加価値がついて、何倍もの値段になります」
ミスリルは、この世界において、単に希少な金属というだけではなかった。
鉱脈そのものが、大地に満ちる魔力の澱みから生まれるとされ、暗がりでもうっすらと青白い光を帯びる。硬度や魔力の伝導も申し分なく、武器や魔道具に最適な素材――そういう"魔法金属"だった。
鉱石のまま売れば、その利益は一度きりだが、加工技術と生産体制を自領に持てば、継続的な収益と雇用を生み出せる。
「加工まで、我領でやる、ということか?」
「はい、とりあえず領内の鍛冶工房に相談してみようと思います」
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とりあえず、タイラー領で一番大きな鍛冶工房の親方、ハロルドを訪ねることにした。
ハロルドはユウリの話を聞くなり、渋い顔をした。
「ミスリルの加工ですか……坊ちゃん、お気持ちは分かりますが、ミスリルの加工ってのは、そう簡単な話じゃないんですよ」
ハロルドは、腕を組んで、ため息交じりに続けた。
「ミスリルは魔力を帯びた金属なんで、叩き方や温度が悪いと、宿ってる魔力そのものが逃げちまって、ただの重たい金属屑になっちまう。鍛冶の腕に加えて魔術師並みに魔力の流れを感じ取れる感覚がないと、まともに扱えないんでさ。うちの工房じゃ、正直、手に負えません」
どう説得したものかと考えていた時、視界の端にいる人物が気になった。
工房の隅、火の粉と煤にまみれた一角で、道具の後片付けをしている女性だった。
歳の頃は、17・8歳といったところだろうか・・・無造作に後ろでまとめた髪の下から覗く顔立ちは、煤で汚れてはいたが、鍛冶工房とは不釣り合いなほど整っていた。
線の細い、可憐と言っていい容姿以上に目を引いたのは、その表情だ・・・単調な下働きをこなしているにもかかわらず、俯くでもなく、腐った様子もない。
彼女は、片付けの合間に、壊れかけていた鞴の部品を、誰に頼まれるでもなく、器用な手つきで直していた。
(ん……? あれ?・・・この人俺よりできる)
アレンの時と同じ、あの曖昧な感覚が湧き上がってきた。
「ハロルドさん、あそこにいる娘さんは?」
「ああ、下働きのミアです」
「彼女、道具の扱いに、随分慣れているように見えますが」
「そりゃまあ、長いことこき使ってますからね。女だてらに鍛冶仕事に興味を持っちまって、弟子入りを頼み込んできたんですが……とりあえず、雑用をやらせてます」
「雑用だけ、ですか」
それでも、あの娘は腐っていなかった・・・そのことに、少し感心した。
何年も雑用だけをやらされていれば、普通、心が折れてもおかしくない。
「ハロルドさん。試しに、彼女に、ミスリルの加工を手伝ってもらう、というのはどうですか?」
「坊ちゃん、正気ですか。下働きの小娘に、ミスリルを触らせろと?」
「駄目ですか?」
「・・・坊ちゃん、そんなにミアをきにいったなら、いっそ、引き取ってもらえませんか?正直に言いますとね、うちに置いといても、この先、まともに鍛冶を学ぶ機会なんて、一生訪れないでしょう。周りの職人連中の目もありますし、私も、いつまでも雑用だけさせておくのは、寝覚めが悪い」
ハロルドは、バツが悪そうに、頭をかいた。
ユウリは、少し考えてから、ハロルドではなく、少し離れた場所で灰を掃いていたミアの方を向いた。
「ミア、今の話、聞こえてた?」
ミアは、箒を握ったまま、ぱっと顔を上げた。その目には、戸惑いよりも先に、隠しきれない期待の色が浮かんでいた。
「はい!!バッチリ聞こえてました!」
「どうだろう、ミスリルの加工手伝ってくれないかな?」
「やります! やらせてください!」
「……早いね」
「だって、鍛冶に関われるチャンスなんてこれを逃したら、もうないかもしれません!!」
「分かった・・・それなら、決まりだね♪」
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ミアは身の回りの荷物をまとめた布包み一つを抱えて少し落ち着かない様子で、ユウリとアレンの後ろをついてきていた。
「まさか、いきなり人を引き取ることになるとは思いませんでした」
「ミスリルの加工ハロルドさんの所じゃ難しそうなんで、直轄鍛冶工房を、新しく作ろうと思うんだ」
「なぜ、難しいんですか?」
「そもそも、普通の鍛冶工房ではミスリルの加工をするには適さない・・・必要な設備が違うんだよ」
「そんな特殊な設備のある工房ですか・・・作るにしても何処に設計を頼むんですか?まさか・・・」
「さすがアレン、察しがいいね。設計は俺がやる・・・建てるのはドーソン親方に頼むかな」
ミアが、目を丸くして立ち止まった。
「え……ユウリ様が、工房そのものを設計されるんですか? 炉の配置とか、換気とか、そういうのも?」
「まあ、一応できるよ」
ミアが絶句する隣で、アレンは、しばらく黙り込んでいたが、やがて、諦めたような、投げやりな調子で口を開いた。
「はいはい、そうですよね〜。ユウリ様なら当然できますよね〜・・・もう驚きませんよ、ええ」
「うん、分かってくれて助かるよ」
「――って、ふざけんな!!・・・普通貴族のボンボンに特殊な工房設計なんてできるわけないでしょ!」
「仕方ないだろ・・・出来るんだから」
「フツーそんなのは専門職にしかできないんですよ!! まさかミスリルの加工もできるんじゃないでしょうね?」
「できるよ・・・一応」
「え……え? じゃあ、私、何のために引き取られたんですか……?」
「俺ができるのは基本通りミスリルを鉱石からインゴットへ加工することなんだ。ミアにはやり方を教えるから、その更に先を目指してもらう」
「・・・私にそんなことが出来るんでしょうか?」
「大丈夫、ミアの才能は少なくとも俺よりは上だから」
こうして、タイラー領直轄鍛冶工房計画が動き出すことになった。
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。




