7.枯れたのミスリル鉱山、の巻
治水事業が一段落して、タイラー領の景色は変わっていった。
川向こうの荒れ地は畑に変わり、下流の村々も、氾濫に怯えることなく作付けができるようになった。
安定した水の供給は、麦の収穫量を大きく押し上げ、これまで慢性的に不足していた食糧は、「余裕がある」と言える状態にまで改善した。
市場には活気が戻り、領民たちの顔にも少しずつゆとりが見えるようになってきていた。
(ようやく、スタートラインってとこか・・・)
治水の成功と、それに伴う食糧事情の改善は、周辺にも噂として広まった。
「タイラー領に行けば、食うに困らない」「治水事業で、羽振りがいいらしい」――そんな評判に釣られて、他領から流れてくる者が増え始めた。
食い詰めた農民、腕を見込んで職にありつこうとする職人、行商の当てを求める商人・・・人が増えることは、領地にとって歓迎すべきことだ。
執事のラドフォードから報告があがってきたのはそんな時だった。
「よそから流れてきた者同士の諍いや、土地に不慣れな者を狙った窃盗が増えています。人口が急に増えた分、衛兵の目が、行き届かなくなってきているようで・・・」
(豊かになったことが、治安の課題を生み出したか・・・)
人が集まれば集まるほど、それを支える秩序の整備が追いつかなくなっているのだ。
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バロン、アレン、そしてユウリの三人で領地運営の方針を話し合う会議でも治安問題が議題にあがった。
「治安問題というと、ラドフォードが言っていた、よそ者絡みの諍いのことか?」
「それも一つです。でも、それだけじゃありません」
「人間同士の諍いや盗賊などの問題もありますが、それより気になっているのは、モンスターです」
タイラー領は、比較的治安の良い土地だったが、それは「他の辺境に比べれば」という程度の話でしかない。
領内北部の森やヴェイル川上流の山間部には、モンスターが出没しており、家畜が襲われるという被害はある。
「今年は水利のおかげで農地が広がった分、モンスターと接する境界線も伸びています。今のうちに、対策を強化しておきたいんです」
「衛兵を増やす、ということか?」
「人数を増やすのも大事ですが、その前に、装備を見直したいんです」
ユウリは、執務室の壁に立てかけられた、衛兵用の剣を一本手に取った。
刃こぼれしており、切れ味は悪そうだ。
「我領の衛兵の装備、質が良くないですよね」
「ろくな鉱山もない土地だから、鉄等も余所から仕入れたものを使うしかない・・・今までは衛兵の装備を新調する資金も無かったからな」
「資金は治水指導である程度目途がたちました。衛兵の装備の新調を検討いただければ・・・ところで、話題にあがった鉱山の話なんですが」
ユウリは、地図を広げ領内北部の山間、一つの地点を指さした。
「ここ、昔、ミスリル鉱山があった場所ですよね」
「ああ・・・だが、あそこはもう、1,000年以上も前に枯れたと伝えられている。記録にもほとんど残っていない。当時の坑夫たちが掘れるだけ掘り尽くして、それきり鉱山ごと閉じられたらしい」
「そのミスリル鉱山・・・本当に、掘り尽くしたんでしょうか?」
「……どういう意味だ」
「以前、治水工事を行う際に鉱山の周辺の地質を調べた時に、少し気になっていたんです。このあたり地層のずれ方が、ちょっと不自然なんです」
「地層の、ずれ方……?」
「地面の下は平らに層が重なっているわけじゃなくて、大きな力で押されたり、断層でずれたりしていることがあるんです。この山に断層があって、鉱脈がそこでずれているとしたら――この鉱山まだ掘りつくされていないと考えられます」
バロンは、しばらく無言で地図を見つめていた後、深いため息をついた。
「……お前がそう言うなら、可能性はあるんだろうな。だが、鉱山の再調査には、それなりの人手と費用がかかるぞ」
「治水の件で、資金には若干余裕が出てきています。それに・・・地層や鉱脈の流れも『一応』わかるので多分間違いないかと」
「でた、ユウリ様の『一応』・・・貴族の若様が鉱脈読めるなんておかしいでしょ!」
アレンが、半ば呆れたように言った。
「分かるんだから仕方ないじゃないか。アレン、とりあえず図書館に行って当時の資料をみてみよう」
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ユウリとアレンはすぐに図書館へと向かうことにした。
図書館司書のオーウェンに頼んで、鉱山にまつわる古い記録を引っ張り出してもらった。
「坊ちゃま、ミスリル鉱山の記録なんて、随分と古いものをお探しですね」
「当時の坑道の図面とか、掘っていた方向が分かる資料があれば嬉しいんだけど」
埃をかぶった書架の奥から、オーウェンが持ってきたのは、書類の束と、簡素な坑道図が描かれた地図だった。
ところどころ虫食いで読めない部分はあったが、坑道が伸びていた大まかな方向と、掘り進めるうちに鉱脈が細くなっていった、という記述は、辛うじて読み取ることができた。
その図面と、実際の山の地形を照らし合わせ、ユウリとアレンは3日後にその土地に詳しい案内と数名の作業員を伴って、廃坑へと向かった。
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1,000年の歳月を経た坑道は、あちこちが崩れ、入り口付近はすっかり岩と土に埋もれかけていた。
案内には、鉱山の麓に住む猟師の老人に道案内を頼んだ。
「ワシも、この坑道に入るのは初めてでしてね。祖父の代から、『昔、山の中に鉱山があった』とだけ聞かされて育ちましたが」
坑道の入り口までたどり着いてから先は、同行した数人の作業員たちと奥へと進んだ。
松明の明かりを頼りに、壁面の岩肌を、じっくりと観察していく。
(この地層の傾き……やっぱり、思った通りだ)
岩の縞模様、鉱石の粒の並び方、周辺の岩の硬さの違い・・・・
「ここで鉱脈を掘りつくしたように見えるけど、おそらく地層ごとミスリル鉱脈は下にずれてるんだ」
「下に、ずれてる……?」
隣で明かりを掲げていたアレンが、壁を覗き込みながら聞き返した。
「ああ、この壁の縞模様、途中で急に途切れてるだろう?ミスリルの鉱脈は、おそらく、この壁の向こう側の少し下がった位置に続いると推測できる」
ユウリは、壁の一点を指差した。
「とりあえず、この辺りを掘ってくれ」
作業員たちは、半信半疑ながらも指定された箇所を掘り始めた・・・半刻ほど経った頃、作業員の一人が、驚きの声を上げた。
「出た!ミスリルの鉱脈だ!!」
露わになった岩の断面には、青白く光を放つ鉱脈が、確かに走っていた。
「まさか本当に枯れてなかったのか・・・しかもこの鉱脈の太さなら、かなりの埋蔵量が期待できそうだ」
(地層がずれたおかげで手つかずのミスリル鉱脈が、そのまま残っていたということか・・・)
アレンが呆然とした様子で、こちらを見て呟いた。
「さすがユウリ様・・・『一応』地質学もお分かりになるんですね」
「おっ、アレン分かってきたね。多少だけど分かるんだ」
「1000年前の鉱脈を復活させるのは、多少とは言いません!!」
アレンは、そう言って、深いため息をついた。だが、その口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
こうして、1,000年もの間「枯れた鉱山」とされてきたミスリル鉱山は復活することとなった。
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。




