6.治水工法お金を産む、の巻
着工から一月ほど経った頃、工事は思わぬところで足止めを食らった。
「坊ちゃん、ちょっとまずいことになりました」
石工の親方ドーソンが、珍しく焦った様子で、ユウリのもとへ駆け込んできた。
「堰の基礎を掘っていたら、地面から水が湧いてきて……掘っても掘っても、追いつかないんです」
ユウリは、アレンを伴って、すぐに現場へ向かった。
谷を堰き止める予定地では、掘り下げた基礎の底から、じわじわと水が滲み出していた。
作業員たちが総出で桶を使って水をかき出しているが、焼け石に水といった様子だった。
「これは……」
ユウリは、掘り出された土の断面をしばらく観察した。表面は硬い粘土質だが、少し掘り下げたところに、水を含みやすい砂の層が挟まっている。
(地下水脈が、この砂の層を伝って湧き出してきているのか)
基礎の下に、そのまま水を通しやすい層が残っていると、堰全体が水を含んで緩み、いずれ地盤沈下や、最悪の場合は崩壊につながる。
「ドーソンさん、この砂の層、堰の下から全部取り除くのは、現実的じゃないですよね」
「ええ、そんなことをしていたら、いつまで経っても終わりません」
「だったら、砂の層を迂回させる形で、水を逃がす溝を掘りましょう。基礎の外側に沿って、水を集めて外に流す溝を掘って、そこに砂利を敷き詰める。その上で、堰の中心部分には、水を通しにくい粘土を、何層にも重ねて突き固める」
「……水を、逃がしながら、締め固める、と」
「はい。水を無理に止めようとするんじゃなくて、逃がす道を先に作っておいてから、堰自体は水を通さない構造にする、という考え方です」
ドーソンは、しばらく黙って、湧き出す水と、ユウリの顔を見比べていた。
「なるほど・・・やってみる価値はある」
溝を掘り、砂利を敷き、粘土を突き固める作業は、想定より数日多くかかったが、やがて、湧き出していた水は、綺麗に外へと導かれるようになった。
基礎は、しっかりと乾いた状態を保てるようになり、工事は再び動き出した。
「……いやはや、坊ちゃんの言う通りにしたら、本当に収まりました」
ドーソンは、感心したように何度も頷いていた。
________________________________________
それから数ヶ月をかけて、試験的な堰は完成した。
そして迎えた、その年の雨季――例年であれば、川向こうの畑や、下流の村々が水浸しになる時期だった。
「今年は、水が上がってこない……!」
村人たちが、口々にそう驚きの声を上げた。上流で堰き止められた水は、緩やかに調整され、下流に流れ込む水量は、驚くほど穏やかなものになっていた。
雨季が終わると貯めておいた水が、水路を通して、川向こうの荒れ地へと引かれていった。
長年水はけの悪さに悩まされてきたその土地は、初めて、安定した水の供給を受けることになった。
「これなら、畑にできるかもしれん!!」
農民たちの間に、静かな、しかし確かなざわめきが広がっていった。
________________________________________
この治水事業の成功は、思いのほか早く、近隣の領地にも伝わっていった。
「隣のグレイソン男爵から、使者が来ています」
ある日、執事のラドフォードから報告があった。
応接間に通された使者は、丁重な挨拶の後、単刀直入に用件を切り出した。
「実は、我が領でも、川の氾濫に長年悩まされておりまして。噂に聞く、タイラー領の治水の工法を、ぜひ我が領でも取り入れさせていただきたく」
「工法を教えてほしい、ということですか?」
「もちろん、無償でとは申しません。相応の対価はお支払いする所存です」
使者が帰った後、執務室で、バロンとユウリ、アレンの3人は、額を突き合わせて話し合った。
「工法を教える代わりに、対価を得る、か・・・ユウリ、お前はどう考える」
「悪くない話だと思います。ただ、一度きりの対価じゃなくて、使うたびに支払ってもらう形にしたいです」
「使うたびにだと?」
「工法を教えるだけなら、一度きりの対価で終わってしまいます。でも、堰を作るたびに、こちらの職人を派遣して監修する、という形にすれば、継続的な対価を得ることができます。それに、こちらで監修すれば、中途半端な模倣で事故が起きるリスクも減らせます」
バロンは、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど。工法そのものを売るんじゃなく、技術指導という名目で、継続的な収入源にする、というわけか」
「ええ、ドーソンさんにも指導料から継続的に還元できます」
「一回あたりの金額は、どれくらいにしたらいいと思う?」
「相場より多少高い程度に設定しようと思います」
「なぜだ?せっかくの独占技術なんだから、高く取ればいいだろう?」
「あんまり高く取ると、余裕のある大きな領地しか手を出せません。そこそこの価格にしておけば、うちみたいな小さな領地でも頑張れば頼めますし、依頼の数自体が増えます。1件あたりの利益は薄くても、件数が増えれば、結果的に儲けは大きくなります」
(技術ライセンスとコンサルティング料みたいなものだな)
________________________________________
こうして、タイラー領の治水工法は、正式に「技術指導制」として運用されることになった。
思惑通り、相場よりほんの少し高めに設定された一回あたりの利用料は、近隣の小さな領地からも気軽に依頼を呼び込むことになった。
大きな領地しか手を出せないような高額な価格設定であれば、話はここまで広がらなかっただろう。
「効果の割に随分と良心的だ」「うちみたいな小領地でも頼める」――そんな評判が、瞬く間に近隣に広まっていった。
堰の建設依頼や、既存の堰の改修依頼が、次々と舞い込むようになる。
そのたびに、ドーソンをはじめとする職人たちが現地に赴き、指導料という形で、タイラー領に着実な収入をもたらしていった。
その資金は、そのまま、領内の残りの治水事業に注ぎ込んだ。
最初の試験的な堰から始まった治水計画は、資金の目処が立ったことに加え、工法の評判を聞きつけた腕の良い石工たちが、次々とタイラー領に集まってくるようになったことで、加速度的に進んでいった。
ヴェイル川の支流にも、いくつかの小さな堰が築かれ、水路網が張り巡らされていった。
長年放置されていた川向こうの荒れ地は、瞬く間に畑へと姿を変え、下流の村々は、雨季の氾濫に怯える生活から解放されていった。
もともと、東西に細長いだけで、決して広大とは言えないタイラー領だ・・・資金と人手さえ揃えば、事業の進みは早い。
着工からわずか半年ほどで、領内の治水事業は、ほぼ全域で完了を迎えた。
「まさか、うちの領地が、水の心配をしなくて良くなる日が来るとはな」
完成した堰の一つを見上げながら、バロンが、しみじみと呟いた。
「これで、次の課題に進めますね。アレン、次は何から手をつけようか?」
「ユウリ様がそう聞いてくる時点で、もう答えは決まってるんじゃないですか」
「一応、いくつか候補はあるよ」
「じゃあ、さっそく会議ですね」
アレンは、諦めたように肩をすくめ笑いながら言った。
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。




