10.名剣を差し出されて困惑した、の巻
各地から来た名だたる鍛冶職人から称賛されても、ミアは変わることなく研鑽の日々を過ごしていた。
周囲から「天才」ともてはやされるようになっても、ミアは、朝は早く工房に入り、夕方まで鎚を振るった。
集まった職人たちの技を観察し、良いところがあれば、取り入れる・・・慢心とは、およそ無縁の姿勢だ。
「ミアさん、あれだけ持ち上げられても、全然浮ついたところがないですね」
工房の様子を見たアレンが、感心したように呟いた。
「ミアの一番いいところは、技術よりあの姿勢なんだろうね・・・」
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「インゴットを売って資金も出来たし、鍛冶職人も集まった・・・衛兵達の武器をつくる武器工房をつくろう」
ミスリルのインゴットを作るための炉と、剣や槍といった武器の形に鍛え上げるための設備とでは、必要な設備が違う。
「一応、設計はしておいたから」
「その『一応』が出た時点で、また何かとんでもない図面が出てくるんですよね・・・」
アレンが、しかしどこか楽しそうに、そうこぼした。
「普通の、武器工房だよ・・・導線なんかを多少くふうしてあるくらいで」
ユウリの図面をもとに、新しい武器工房が、既存の工房の隣に建てられた。
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武器工房が完成してすぐにミアからミスリルで剣を打ちたいという要望があった。
「ミアは、この直轄工房の立役者だからね・・・許可するから打ってごらん」
ミスリルで剣を作るにはある程度の量のミスリルが必要になる。
ミアが精製するミスリルのインゴットは高額なものなので、剣一振り分のミスリルはそれこそ目の玉が飛び出るくらいの高額になる。
しかし、そもそもミアの活躍がなければ、これほど順調に直轄工房の事業はすすんでいない。
ご褒美の意味も込めて、ミスリル製の剣の製作を許可した・・・例えどんな出来でもいいとユウリは思った。
2週間後ミアが、いつになく緊張した面持ちで、工房に来たユウリを呼び止め、布でくるんだ細長い包みを、おずおずと差し出したきた
布を解くと、青白い光を纏った一振りの剣が現れた。
刀身に走る波紋のような模様が淡く脈打っているようだ・・・
「私が初めて打ち上げた剣です。ユウリ様に、献上いたします」
「これを、俺に?」
「はい、ユウリ様がいなかったら、私は下働きで一生を終えたと思います。今、私がこうして鍛冶が出来るのはユウリ様のおかげです。私が作った初めての剣どうか受け取ってください・・・」
ユウリは、その剣を、恐る恐る手に取った。
(これ多分、物語に出る騎士が振るうような名剣だよな・・・)
「ミア、この剣は俺程度の腕前の人間が使っていいような剣じゃない気がする・・・」
「え?」
「これだけの業物、たぶん剣聖とか、そういうけた外れの人間が握るべきものだと思う」
その言葉に、ミアは、きょとんとした顔をした後、小さく、しかしはっきりと首を振った。
「・・・私のことを認めてくれた方に初めて打った剣をもらって欲しいんです」
その真っ直ぐな言葉に、ユウリは、しばらく何も言えなかった。
「……分かった。ありがたく、使わせてもらうよ」
「はい」
ミアは、心底ほっとしたように、はにかんだ笑みを浮かべた。
傍らで見ていたアレンが、小さく肩をすくめた。
「ユウリ様、そういう時は素直に喜ぶべきですよ」
「喜んでるよ、ちゃんと・・・ただとんでもない名剣にびっくりしてるだけさ」
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直轄工房は順調にミスリルのインゴットを生産していった。
生産したミスリルのインゴットは、少しずつ売却した・・・値崩れを起こさないためでもあり、品質を保持するためでもあった。
得られた資金は、タイラー領の財政状況を劇的に改善させ、その一部は工房の設備拡充や職人たちへも還元された。
そして、ユウリが忘れずに行ったのが、ハロルドの工房への対応だった。
「ハロルドさん、この度は色々とお世話になりました」
ミアの紹介料として、まとまった金額をハロルドの工房に支払った。
「坊ちゃん、こんなにいただくわけには……」
「いえ、正当な対価です。それと、うちで使う道具は、これからもハロルドさんの工房にお願いします」
(腕のいい人材を、ただで持っていったなんて噂が立てば、無用な反感を買う。それに、日用の発注を続けておけば、ハロルドさんの工房の生活も安定する)
ステークホルダーへの配慮というやつだ・・・恨みを買わず、むしろ良好な関係を保っておくことは長い目で見ればとても大事なことだ。
ハロルドは、しばらく恐縮していたが、やがて、深々と頭を下げた。
「……ミアのこと、よろしくお願いします」
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そんな時、父のバロンが話を切り出してきた。
「そろそろ爵位を、お前に譲ろうと思う」
「父上・・・」
「治水、鉱山、そして今回の工房、お前は、もう十分すぎるほど、この領地を背負えるだけのものを示してくれた。私が形だけ当主でいるより、正式にお前が継いだ方が、対外的にも都合がいいだろう」
バロンは穏やかな表情で、そう続けた。
「それに、正直に言うとな。母さんと二人、そろそろゆっくり、帝国内のあちこちを見て回りたいと思っていたんだ。あまり、この領地から出たことがなかったからな・・・」
「母上も、その気なんですか?」
「もちろんよ」
いつの間にか部屋に入ってきていた母エレナが、悪戯っぽく微笑んだ。
「ユウリがこんなにタイラー領を豊かにしてくれたんだもの。少しくらい、贅沢してもいいでしょう?」
「・・・分かりました。爵位をお受けします。父上と母上は、これまでご苦労された分、心置きなく旅を楽しんできてください」
バロンとエレナは、顔を見合わせ、それから、揃って目を細めた。
「……お前が、こんなに頼もしくなるとはな」
こうして、ユウリ・フォン・タイラーは、正式にタイラー伯爵家の当主となった。
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その夜、ユウリは、久しぶりに夢の中にいた。
いつもの、白く滲んだ空間。銀色の髪の女神が、腕を組んで、にやにやとした笑みを浮かべながら、こちらを見下ろしていた。
「あんた、とうとう当主様になったのね」
「お久しぶりです」
「感慨深いわ〜。あの3歳児がねえ~。治水、鉱山、ミスリル加工と成功させ、とうとう伯爵様か・・・順調すぎて、ちょっと心配になるわね」
「心配ですか?」
「そうね・・・せっかくの観察対象だから心配ね」
女神は、意味深に、口の端を持ち上げた。
「そいえば治安の問題・・・まだ手つかずだったわよね」
ユウリは、少し苦い顔になった。モンスターの出没、そして人口流入に伴う小さな諍い――治安の問題は、確かに解決していない。
「資金の目途がたたなかったんですよ・・・」
「でも今は、違うでしょ?」
女神は、くすりと笑う。
「金貨はジャンジャン入ってきてるし、武器の製造も順調・・・装備も資金も揃った今こそ、あんたが後回しにしてた宿題を片付ける、いい頃合いなんじゃない?」
「……手厳しいですね」
「まあ、ちゃんと見届けたいのよ。せっかく育てた領地が、モンスターや盗賊なんかにぐちゃぐちゃにされたら、面白くないでしょ?」
確かに、その通りだ・・・領民たちの頑張りの成果を、安全という形で還元する番だ。
「次は、そこに取り掛かります」
「よろしい」
女神は、満足そうに頷くと、いつものように、悪戯っぽく笑って、光の中に消えていった。
――目を覚ましたユウリは、しばらく天井を見つめたまま、女神の言葉を反芻していた。
(アレンに相談してみるかな・・・)
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。




