3.図書館通いと領地視察、の巻
3歳から5歳にかけての2年間、ユウリは屋敷の困りごとを見つけるたびに「・・・・できるよ」を連発してきた。
おかげで屋敷の実務は目に見えて改善したが、同時に、使用人たちの表情に、微妙な戸惑いの色が浮かぶようにもなっていた。
小さな子供が、大人顔負けの仕事を次々とこなす。
最初は「賢い子」で済んでいたそれも、あまりに頻度が増えると、さすがに気味が悪い。
(人材育成という意味でも、俺が全部やってしまったら意味がない)
前世で便利屋のように何でも屋を任された経験で、何でもできる人間が現場に一人いると、周囲は途端にその人間に頼りきりになり、誰も成長しなくなる
(要所でだけ「・・・・できるよ」を出す。それ以外は、極力大人しくしていよう)
そう心に決めてから、5年の月日が経った。
ユウリ・フォン・タイラーは10歳になっていた。
「母上、図書館に行ってきていい?」
「あら、ユウリ。屋敷の書庫だけじゃ物足りなくなったの?」
「うん。もっと色々な本が読みたいんだ」
母のエレナは、少し驚いた顔をしたものの、すぐに微笑んで頷いた。
「いいわよ。護衛にトムをつけるから。町は久しぶりでしょう」
ユウリは、護衛を1人連れて、図書館に通うようになった。
表向きの理由は「図書館通い」だが、ユウリの本当の狙いは、別にあった。
(屋敷の中だけ見ていても、領地のことは分からない)
図書館に着くと、ユウリはまず司書の老人に声をかける。
「こんにちは。今日は、税の記録とか、土地の台帳とか、そういうのが見たいんだけど」
「坊ちゃま、10歳の子供が読むようなものじゃありませんよ」
司書のオーウェンは、ブツブツ言いながら古びた台帳を持ってきてくれる。
台帳から分かったことは、なかなか厳しい現実だった。
フォン・タイラー領は、ザルツヴェーデ帝国の中でも辺境に位置する、東西に細長い土地だった。
人口はおよそ3,000人、中心地であるハーロウの町でさえ、住民は500人に満たない。
残りは、点在するいくつかの小さな村に散らばっている。
土地の大半は、痩せた瘦地と、痩せてはいないものの水利の悪い荒れ地、主要な産業と呼べるものは、小麦の栽培と、わずかな羊毛くらいのもので、これといった特産品はない。
隣接する川は水量が豊かなのに、堰も水路もろくに整備されておらず、灌漑にはほとんど活用されていなかった。
交易路からも外れているため、商人の行き来も少ない。町の市場は、活気があるとは言い難く、品揃えも乏しかった。
(人口3,000人、これといった特産品なし、水利は未活用、交易路からも外れている、と……)
台帳を読み終えたユウリは、図書館を出ると、今度は自分の足で町を歩き回った。
市場を歩き、露店の商品を眺めたり、パン屋の主人と羊毛を扱う商人と会話や、洗濯をする女性たちの噂話にも、それとなく耳を傾けた。
「今年も麦の出来が良くなくてねえ」
「隣の領地じゃ、蜂蜜酒が名産になってるらしいじゃないか。うちにもそういうのがあればねえ」
「川向こうの土地、昔から水はけが悪くて、誰も手を付けようとしないんだよ」
(水利さえ整えば、あの川向こうの荒れ地は使えるようになるかもしれないな)
護衛のトムが、不思議そうにユウリを見た。
「坊ちゃま、さっきから何をそんなに、熱心に見て回ってるんです?」
「んー、ちょっと、町がどうなってるのか気になって」
「10歳の坊ちゃまが気にすることじゃないような……」
「そうかな」
ユウリは、曖昧に笑って誤魔化した。
こうして町を歩き、領地の現状をそれとなく調べていった。
図書館からの帰り道、ユウリは、荷車の車輪が外れて立ち往生している行商人に出くわした。
「くそ、こんな所で……」
行商人は、汗だくになりながら、外れた車輪を必死に持ち上げようとしていたが、うまくいかない様子だった。
周りには、手伝おうとする者もいない。
(うーん・・・困ってるし、通行のジャマだな)
少し悩んで、ユウリは近づいた。
「手伝おうか?」
「子供はひっこんでな・・・ケガするから」
「・・・・たぶん直せるよ」
「あん? 坊主が?」
行商人は、胡散臭そうにユウリを見たが、他に手立てもなく、渋々任せることにした。
ユウリは、車軸の構造をざっと確認すると、トムに指示して正しい角度で車輪を持ち上げてもらい、あっという間に軸に嵌め込んでみせた。
「ウソだろ・・・なんでお前みたいな子供に直せるんだ・・・」
行商人は、狐につままれたような顔をしていたが、ユウリはそそくさとその場を後にした。
護衛のトムが、目を丸くして、隣を歩くユウリを見ていた。
「坊ちゃま、今の、なんでできるんですか……?」
「本で読んだことがあるんだ」
「へー、そんな本があるんですか……」
トムは、それ以上は何も言わず、ただ何度も感心したように頷いていた。
(やり過ぎかな・・・気を付けないとな)
人口3,000人、特産品なし、未活用の水利、細々とした交易、情報は揃いつつあった。
(さて、どこから手をつけようか)
痩せた領地を見つめながら、ユウリの中で領地改善計画が動き始めた。
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その夜、ユウリは夢の中にいた。
白く滲んだ空間。銀色の髪をした、胡散臭いほどの美貌の女神が、腕を組んで、こちらを見下ろしていた。
「あんた、子供なのに、やりすぎよ?」
「いや、あれは、その、緊急事態だったというか」
「剣聖や賢者みたいに一つに突出した天才ですむけど、あんたみたいになんでも出来る子供は、ちょっと薄気味悪いわよ」
女神は、呆れたように肩をすくめた。
「困ってる人を見ると、つい」
「知ってる・・・あんた、性格変わってないもんね、そういうところ」
女神は、くすりと笑った。呆れているようで、どこか楽しそうでもあった。
「まあ、いいけどね。見てて面白いし」
「褒めてます?」
「さあね」
女神は、答えをはぐらかすように、ひらひらと手を振って消えて行った。
「何が言いたかったのかな?・・・・」
女神なりに、外れ超レアスキルの保持者の動向を気にしているようだった。
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。




