26.人はうまい酒のために労力を惜しまない、の巻
「陛下、タイラー伯爵領での治安システムを試験導入いたしました区画の経過報告でございます」
ドレイク男爵は皇帝オットーを前に報告を始めた。
「導入から3か月ほどですが、当該区画における犯罪発生件数は減少傾向にあります」
「ふむ、思ったより早く効果が出るものだな・・・ハドリーらは何か言っておるか?」
「最初は色々と言ってたようですが……効果が出始めてからは、改善案を検討したりしているようです」
「ふむ、奴らも捨てたもんではないな・・・しかし、やはり面白い小僧だな、やり方が小僧のクセに老獪だ」
「ええ・・・大変興味深い人物です。それと、ある程度の期間が経過し評価が順調でしたら、治安システムの拡大適用のご検討をよろしくお願いします」
「いいだろう・・・ハドリーらに進めさせよ。奴らが進めて治安がよくなれば奴らの功績となる故、文句も言うまい」
「さすが陛下、ご深慮、臣の及ぶところではありません」
「世辞はよい。しかし、小僧にもなにか褒美を考えておこう」
「褒美でございますか・・・」
「ああ、帝都の治安向上に貢献したのだ、なにか考えておこう・・・」
皇帝は、満足げに笑った。
________________________________________
タイラー領の屋敷にも、同じ内容の報告書が届いた。
「帝都から例の試験導入の報告書が届きましたよ」
サイラスが、届いた報告書を手に執務室に顔を出した。
「導入からまだ3か月ほどですが、当該区画の犯罪発生件数が減少傾向にあるとのことです。」
「うまくいってるみたいだな」
「古参の幹部たちからの反発もなくなってきているそうです。」
「とりあえず、役目は果たせたってとこだね」
「それと醸造所から、仕込んだ酒が仕上がったとの報告がありました。様子を見に行かれますか?」
「もちろん行くよ・・・楽しみだな♪」
アレンとサイラスを伴って醸造所へ向かうことにした。
________________________________________
醸造所に向かう道中、ミアと偶然会った。
「ユウリ様、アランさん、サイラスさんもお疲れ様です」
「やあミア、お疲れ様。工房以外で会うなんて珍しいね」
「ええ、新しくできた『ミスチール』工房での生産がようやく軌道にのったので、一息ついたところです。ここのところずっと工房にこもってたので気分転換に散歩に出たところなんですよ」
「『ミスチール』もいよいよ量産か~、ミアありがとう・・・そういえばミアはお酒のむんだっけ?」
「ええ、わりと好きな方です・・・沢山は飲めませんけど」
「ちょうどいいや。この前仕込んだ新造酒が仕上がったみたいなんだ。一緒にどうだい?」
「わぁ~、ぜひ、ご一緒したいです」
こうして、4人で連れ立って醸造所へと向かった。
________________________________________
醸造所に着くと、すぐに責任者が走ってきた。
「ユウリ様、お待ちしておりました。すごくいい出来なので、お試しください!」
「じゃあ、さっそくいただくよ」
それぞれがジョッキを手に取って、試飲した
「――っ!」
「な、なんですか、これ! 苦み・旨味・喉ごし、どれもエールとは別物です!」
「エールと違って臭みがないですね」
ミアも目を輝かせながら口をつけていた。
「酒なんて酔えればいいと思ってましたが・・・・これほど上手ければ、手間をかける意味がありますね」
(まあ、こんなもんかな……美味いは美味いけど)
ユウリ自身の感覚でいえば「75点のビール」というものだ。
とびきり感動するというほどのものではない。
(前世のビールの75点は、この世界のエールに比べると150点くらいになるのかな・・・)
ただ、ユウリには気になる点がいくつかあった。
________________________________________
「この樽にずっと保存しておくと、だんだん炭酸が抜けていくよね」
「ジョッキに浮いてくる、細かい泡のことですか?」
「木樽では隙間から、少しずつ抜けていくんだよ。爽やかな喉ごしも炭酸あってこそだから、抜けちゃうと味がだいぶ落ちる」
「しかし、それはどうしようもないんでは?」
「密閉された容器があればいいんだよね・・・口では説明しにくいから絵にかくよ」
金属製の樽に注ぎ口を下に付けた形だった。
「ミア、こんなの作れないかな?圧力がかかるから強度はある程度必要だし、隙間がないように作って欲しいんだけど・・・」
「・・・多分出来ると思います。『ミスチール』を少し使っても構いませんか?」
「おっ、作れそうかい?もちろん『ミスチール』使ってくれて構わないから試作お願いするよ」
「分かりました。そんなに難しくないので明日には出来ると思います」
「じゃあ、明日工房に行くよ。出来上がったらビールを入れてみよう」
________________________________________
翌日、工房に行くとミアが待っていた。
「ユウリ様、お待ちしてました。こんな感じでいいんですか?もっと大きいのも出来ますよ?」
ミアは小ぶりな金属製の樽を指さした。
ミスチール製の樽はユウリが絵にかいた通りに出来上がっている。
「さすがミア、完璧だ。大きさはとりあえずこれくらいがいいんだよ。さっそく醸造所に持って行こう」
醸造所に樽を持ち込んでビールをそっと入れて、蓋を閉める。
「うん、これならビールをしっかり気が抜けない様に保管できるね・・・あとは冷やすだけだ」
「えっ・・・冷やすんですか?」
「そう、そのために樽を小さめにしてもらったんだよ。今冷やすための魔道具を作ってるんだ」
________________________________________
3日後、領主館の一室に見慣れない魔道具が出来上がった。
「ユウリ様、これはなんですか?」
「アレンちょうどいいところに来たね。ミアとサイラスを呼んできて欲しいんだ」
「・・・わかりました。で、これなんなんですか?」
「3人がそろってから説明するよ」
・・・20分後、3人が揃ったので説明を始める。
「これは、食べ物を冷やすための魔道具だ。だいたい中が5度前後に保たれるようにしてある」
前世の冷蔵庫をイメージして、錬金術と魔術を駆使して作成した魔道具だった。
「魔晶石のかけらを使ってあるので周囲にある魔力を吸収して動くから、壊れるまでずっと使えるよんだ。中の温度を保つのが難しくて3日もかかったよ」
熱心に説明するユウリだったが、3人の反応が今一つなのに気づいた。
「ユウリ様、食べ物を冷やしてどうするんですか?」
(そうか、冷やして保存するという考え自体が一般的でないのか・・・)
「えー・・・肉や魚はほっとくといたむだろう?冷やしておくと、長持ちするんだよ」
「なるほど、取れすぎた食料を保存するんですね?」
「まあ、それもあるけど、冷やした方が美味しいものがあるじゃないか」
「とおっしゃると?なんでしょう?」
(そうか!!エールもワインもこの世界では常温で飲むものだった・・・)
「・・・ごめん。この間飲んだビール、冷やすと桁違いにうまくなるんだ」
3人の顔から表情が消えた。
「・・・それを早くいってください。早速冷やしましょう」
「いや、もう冷やしてあるから飲んでみよう」
冷蔵魔道具の中からビールの入った金属製の樽をだした。
もちろん、飲むための器も冷やしてある。
冷えたビールを器に注いで3人に渡した。
「さあ、飲んでみてくれ」
・・・・
「――っ! たしかにこの間より何倍も美味い!」
「冷やすと、こんなに味が変わるものなんですね……」
「うーん、これは元のエールには戻れませんね」
三者三様に絶賛してくれて、ユウリは満足だった。
________________________________________
「ユウリ様、この魔道具作成にどれくらいの経費がかかりますか?」
ビールを飲みながら、サイラスが聞いてきた。
「多少値が張るのは魔晶石のかけらと、ミスチールくらいだから・・・銀貨10枚くらいかな?」
「・・・なるほど、この魔道具売り出してみませんか?」
「需要があるかな?食べ物冷やすのはそんなに一般的じゃないんだろ?」
「ビールとセットで考えましょう。間違いなく新たな財源になります。魔道具はミアさんの工房でつくれますか?」
「魔晶石の加工と、冷気を制御する魔道回路の作成が難しいかもね・・・錬金術師や魔術師の領分だからね」
「では、その部分については専門の作成できる人間を探しましょう。当面は貴族などの富裕層向けの商品になるでしょうし」
「わかった、サイラスがいうならその方向ですすめよう。・・・それと我領用に大規模な冷蔵魔道具を作りたいんだけど、いいかな?」
「大きな規模というとどれくらいのサイズをお考えで?あと何に使うんですか?」
「大きさはこの部屋2つ分くらいだ。用途は不作の年に備えた備蓄用に使う。部屋1つ分はこの魔道具と同じくらいの温度にして、もう1つは更に温度を下げて保存期間を長くできるようにする」
「なるほど・・・いざという時の備えということですね?たしかに麦や穀物は計画的に備蓄してますが、その設備ができれば肉なども保管出来て危機管理のレベルが上がります」
サイラスがそう言いながら速記でメモを取っていく。
「規模が大きくなる分、設計も見直す必要があるし、大規模な加工になるから、ミアの工房の力を貸してほしいんだ」
「もちろんです!」
ビールを美味しく飲みたかっただけの思い付きが、領の危機管理の一役を担うことになるとは・・・と思うユウリであった。
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。
お手数とは存じますが、ご評価いただけると励みになりますので、よろしくお願いいたします。




