15.『あとで文句はなしですぞ』と言われましても、の巻
タイラー領の急成長は、ザルツヴェーデ帝国の社交界で、ちょっとした話題になっていた。
「あの貧乏領地が、ミスリルの一大産地とはな」「治水も鉱山も、まだ10代の新当主が手掛けたというじゃないか」
そんな噂は、近隣の領主たちの耳にも届いていた。
中には、その評判を快く思わない者もいた。
「あの貧乏伯爵家が、ワシよりも羽振りが良いだと……?」
隣接する領地を治めるコルビン子爵は、吐き捨てた。
コルビンの爵位は、子爵・・・タイラー家の爵位より一段下にあたる。
これまでコルビンが、タイラー伯爵家に対して優越感を抱いていられたのは、懐事情の差のおかげだった。
位は高いが、実情は男爵以下の貧乏貴族――そう陰口を叩ける限り、爵位の差など大した問題ではないと、自分に言い聞かせることができた。
しかし、今や経済力でもタイラー家に追い抜かれつつある――その事実は、コルビンの自尊心を傷つけた。
(・・・あの小僧に、少々痛い目を見てもらうとするか)
コルビンは、悪辣な笑みを浮かべながら1つの計画を練り上げた。
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「土地の交換、ですか?」
コルビンから持ち込まれた話に、ユウリは少し首を傾げた。
「うちの領地に広いだけで、あまり使い道のない土地がありましてな・・・」
コルビンは地図を広げ、タイラー領に隣接する広大な区画を指し示した。
「実はこの土地、古い記録を調べたところ大変肥沃な土壌だったらしいんですよ。かつては、穀倉地帯として名を馳せたこともあるとか・・・ただ、今は手が回らず放置しておるのです」
地図の地形を見る限り「肥沃な土壌」というよりは、水はけの悪い低湿地のようだった。
だが、あえて指摘せず話の続きを促した。
「それで、この土地と何を交換されたいと?」
「ワシの領に隣接するタイラー領の炭鉱と交換しては頂けないかと・・・」
タイラー領に古くからある炭鉱だ・・・工房の炉を焚くための燃料として重宝してはいたが、実のところ埋蔵量はそれほど多くない。
『10年と保たずに掘り尽くしてしまうだろう』というのが、鉱山技師たちの見立てだった。
「悪くない話だと思いませんかな?」
コルビン子爵は笑みを浮かべながら持ちかけてきた。
(俺が土地の価値を見抜けないと思って価値の低い土地を炭鉱と交換させようとしてるわけか・・・)
ユウリは、内心で苦笑した。
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交渉の場を一旦辞したユウリは、屋敷に戻るとその土地に関する情報を集めることにした。
「どうです、コルビン子爵の言う通り、本当に元は肥沃な土地なんですか?」
「アレン、これはどうも嘘だね。地形を見る限りこの土地、肥沃な穀倉地帯どころか、水はけの悪い低湿地にしか見えない・・・」
「……じゃあ、このお話はお断りするんですね?」
「いや、受けようかと思ってる」
「向こうの嘘を分かってて交換するなんて、コルビン子爵の思うつぼじゃないですか」
「まあ、聞いてくれ」
そう言いながら、地質図の一点を指差した。
「この土地は農地に向かない・・・だが、それは、あくまで『今のまま』ならの話だ」
「というと・・・手を入れたら何とかなるんですか?」
「うん、水を抜いて、しっかり排水路を整備すれば、十分に肥沃な農地に変えられる。それと――この土地、魔力の反応が、やけに強いんみたいなんだ」
「魔力の、反応ですか?」
「大地に満ちる魔力は、長い年月をかけて地中に滞留して凝縮していくことがある。そうやって生まれるのが『魔晶石』――魔力が結晶化した水晶だ」
「……魔晶石って、宮廷魔導師とか、高名な錬金術師が、喉から手が出るほど欲しがるってやつですよね?コルビン子爵、気づいてないんですよね?」
「気づいてたら交換の話なんか出さないよ・・・うちの炭鉱も、あと10年くらいで掘り尽くす見込みだし、先のない資産を魔晶石のありそうな肥沃な農地と交換できるんだから悪い話じゃないだろう?」
アレンは、しばらく頭を抱えていたが、やがて深いため息をついた。
「あの土地に価値があるというコルビン子爵の話は、皮肉なことに本当だったわけですね」
「コルビン子爵は俺をだますつもりなんだろうけど、実に良心的な交換を申し出てくれているんだ・・・面白い話だろ?」
「確かに……愉快な話ですね」
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数日後、再びコルビンの元を訪れて交換の話を受け入れた。
「コルビン子爵、あの土地と炭鉱を交換させていただきます」
「お、おお、そうか! それは重畳」
(かかったな、若造が!使い物にならない土地と炭鉱を交換するとはオロカモノめ)
「一度契約を結んだ以上、後になって『損な取引だった』などと文句を言うのはなしですぞ」
「もちろんです。ご不安でしたら契約書の作成と、公証人を立てましょう。正式な手続きを踏めば、揉め事になる心配もありませんから」
「ふむ……では、そうしましょう(バカめ、願ったりかなったりだ)」
正式な契約書があれば、この若造が難癖をつけてくる心配もなくなる――そう考え、コルビンは了承した。
こうして、公証人立ち会いのもと、タイラー領の炭鉱とコルビン領の広大な土地は交換されることになった。
炭鉱を手放すにあたり、そこで働いていた坑夫たちは職が無くなることを心配したようだった。
そこで彼らには、新しい低湿地の開発――排水路の整備と土地の下に眠る魔晶石の採掘の仕事を斡旋した。
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それから、1月ほどが経った頃・・・
「コルビン様、タイラー領と交換した土地なのですが……」
執事の報告はコルビンを驚愕させるものだった。
タイラー家の治水事業で培われた技術によって、水はけの悪かった土地は農地へと生まれ変わり始めていた。
さらに、地中には魔晶石を埋蔵しているという噂まである。
「な……なんだと……!?」
コルビンは、報告書を握りしめたまま、しばらく、言葉を失っていた。
(あの土地に、そんな価値があっただと……? そんな馬鹿な、使い道のない湿地のはず……)
だが、いくら悔しがったところで、後の祭りだった。
契約は、双方合意の上、正式な手続きを踏んで結ばれている。
しかも、念を押すような真似をしたのは、他ならぬコルビン自身だった。
「交換などしなければよかった……」
コルビンは、頭を抱えたまま、誰に言うでもなく、そう呟くしかなかった。
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「あそこまで見事に、自分の言葉で自分を縛るとはね~」
報告を聞いたアレンが、複雑な表情を浮かべていた。
「相手が仕掛けてきた話を、そのまま利用しただけだよ・・・向こうは、こっちを騙してるつもりだったんだろうけど、自分の方が土地の本当の価値を知らなかった、というだけの話だから」
この一件は、近隣の貴族たちの間で、密かに、ある教訓となる――「タイラーの若造を、舐めてはいけない」と・・・
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。




