12.面倒くさがりの行政官、の巻
治安整備が順調に進み始めた頃、ユウリのもとに、新しい頭痛の種が持ち込まれた。
「申し訳ありませんが、登記関連の処理が完全に滞っております」
執事のラドフォードが、疲れ切った顔で、そう報告してきた。
人口の急増は、治安だけでなく、行政の仕事量にも影響を及ぼしていた。
新しく移住してきた者たちの戸籍登録、土地の割り当て、税の算定――事務仕事が、完全にキャパシティを超えてしまったのだ。
「これは……確かに、酷いな」
積み上げられた書類の山を前に、ユウリは、思わず眉をひそめた。
________________________________________
まずは、人手を増やす必要がある――そう判断し、登記所に新しい職員を募ることにした。
書類仕事の経験を語る者、計算の速さを自慢する者・・・その多くは、それなりに優秀そうではあった。
だが、その中の1人――やけに愛想がよく、経歴も申し分ない、ある男と話していた時、ユウリの胸の奥に、これまでとは違う種類の感覚が湧いた。
(ん~?能力はありそうだけど・・・ なんか、イヤな感じがするな)
結局、その男は経歴も受け答えも悪くなかったが、採用しなかった。
後日、以前勤め先で帳簿をごまかして私腹を肥やしていたという噂が耳に入り、採用しなくてよかったと安堵した。
________________________________________
登記所の視察に訪れたのは、そんな面接が一段落した、ある日のことだ。
登記所は混乱の極みだった・・・書類の山に埋もれながら必死にペンを走らせる職員たち、怒鳴り込んでくる住民、そんな喧騒の中、1人異質な人物が目にとまった。
窓際の机に足を投げ出し、椅子に深くもたれかかったまま、うたた寝している若い男だった。
「あれは、誰だい?」
「ああ、先日採用したサイラスです。仕事はできるんですが、とにかく怠け者で」
案内していた登記所の責任者が、苦々しげに答えた。
「面倒な仕事は、なんだかんだ理由をつけてやろうとしないんです。しかも、最近処理した書類なんて、全然読めない字で書く始末です。そろそろクビを言い渡そうと思ってます」
しかし、ユウリの目には彼の文官としての才能が自分より上なのに見えたし、先日の採用しなかった男の様にイヤな感じもしない。
「彼の処理した書類を見せて欲しいんだけど・・・」
「見ても、無駄ですよ。全く読めないので」
「それでもいいから、持ってきてほしい。忙しいところ悪いね・・・」
責任者は渋々といった感じで、書類を取りに行った。
彼が処理した書類を確認すると、数日前までは普通に処理してあったが、最近のものは確かにふつうでは読めない字で書かれていた。
ユウリが近づくと、サイラスは薄く目を開けて口を開いた。
「当主様ですよね?俺はクビですか?」
「いや、クビにはしないけど・・・なんで?」
「所長から怠けるなって怒鳴られてますから。それに俺の処理した書類を見たんでしょう?」
「うん・・・これって速記でかいてあるよね?」
サイラスは、意外な顔をした。
「速記が読めるんですか?へえ~・・・」
「サイラスは今、何をしてるんだい?」
「一番大事な仕事しています」
サイラスは、再び目を閉じて気だるげに答えた。
「一番大事な仕事、というのはなんだい?」
「考えることです」
「……見た感じ、寝てるようにしか見えないけど」
「考えるのと寝るのは、傍から見ると似てるんですよ」
ユウリは、思わず、苦笑してしまった。
この状況で、これだけ悠然としていられるのには、理由がある気がした。
「じゃあ、聞くけど。この登記所が抱えてる問題、君はどう見てる?」
サイラスは、億劫そうに目を開けた。
「そうですね・・・来た順番に全部の事案を、同じ手順で処理しようとしてる。でも、実際には、8割は、簡単な確認だけで済む案件で、残りの2割が、ちゃんと時間をかけるべき案件です」
「なるほど・・・」
「それを全部、同じ丁寧さでやろうとするから、簡単な案件まで詰まって、結果的に、全部が遅れる。8割を先にさばいて、残りの2割だけに集中する仕組みにすれば、全体の速度は、多分、3倍くらいにはなります」
「……いつから分かってたの?」
「初日からですね・・・」
「じゃあ、なんで、誰にも言わなかったんだ?」
「まあ経験上言っても、怒鳴られるだけなんで・・・」
サイラスは、あくびを噛み殺しながら答えた。
「前いた帝都の事務局でも同じだったんで・・・速記に気づく人がいなければそろそろ辞めようかと思ってたとこです。働くのは構わないんですが、無駄なことはしたくないんで・・・」
ユウリは、サイラスの顔を見つめた後、思わず笑ってしまった。
(面倒くさがってるのは、仕事じゃなくて無駄な労力の方か・・・)
本質を見抜く目と徹底した合理性、怠惰に見える裏に、文官として類まれな才能が隠れているように見える。
「サイラス、登記所の仕組みを根本的に見直したいんだ。手伝ってくれるか?」
「タイラー伯爵は俺の言うことを信じるんですか?」
「ああ、信じるよ。所長には言っておく・・・あと、速記は読めるのが俺くらいなのでしばらくは使わないでくれ」
「分かりました・・・・変わった人だな」
サイラスは、気だるげに立ち上がりながら答えた。
________________________________________
「本当に、あの人で大丈夫なんですか?」
登記所を出た後、アレンが心配そうに尋ねてきた。
「んー・・・多分、大丈夫だと思う。サイラスは無駄が心底嫌いなだけなんだ。逆に言えば、必要なことはキッチリやると思う」
「まあ、ユウリ様がそこまで言うなら信じますけどね」
実際、サイラスが手を入れてから、数日で登記所の混乱は嘘のように収まった。
書類は滞りなく捌かれ、住民からの苦情も、目に見えて減っていった。
登記所の改革をした若者は、今日も自分の席で目を閉じて座っている・・・寝ているのか、思索ふけっているのかは分からない。
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。




