3.ピンチはチャンスの始まり!?――拷問の後は絶好の好機(中)
質問:これから、エッチな事するんですね?
答え:しねーよ
姉妹が連れて行かれたのは、屋敷の一室だった。華美ではないが、重厚な調度品に囲まれた部屋。
当主ギルベールが表向きでの執務に使う部屋である。部屋の中央にある大きな執務机の向こう側に、一人の男が座っていた。
ブランシェール家当主、ギルベール・ブランシェール。
白髪混じりのダークブロンドの長髪を後ろで結い、病的なまでに透き通った青い目が二人を捉える。その顔には、貼り付けたような薄笑いが浮かんでいた。彼がいるだけで、部屋の温度が二度ほど下がったように感じる。
でっぷりと太って汗にまみれてそうな身体で下品な笑いを浮かべていた原作のギルベールとは正反対。この変わり様に姉妹は改めて困惑していた。
「やあ、遠いところからよく来たね。怖がらなくていい。私は君たちを傷つけたいわけじゃないんだ。ただ、いくつか教えてほしいことがあるだけなんだよ」
言葉使いやそのトーンも、他者を無駄に威圧する小物臭漂う描写がなされてる原作とは違い、信じられないほどに優しかった。
まるで大好きな祖父に語りかけられたかのような、不思議な心地よさが優華を包む。警戒心という名の防御壁が、音を立てて崩れていくのを感じた。
「あ、はい!なんでも聞いてください!」
優華が満面の笑みで返事をすると、後ろでバルドが「チッ」と小さく舌打ちをするのが聞こえた。
「そうかい。それは助かるよ。では、単刀直入に聞こう。君たちは、どこから、どうやって、何が目的で、あの書斎に入り込んだのかな?」
真理子が何か言う間もなく、優華はその質問に食いついた。
「あ、それね!あたしたち、日本から来たんだよ!えーっとね、パソコンっていう機械の画面が光って、気がついたらあの部屋にいたの!これって絶対、異世界転移ってやつだよ!」
部屋が、一瞬で凍りついた。
バルドは呆れ返った顔で額に手を当て、真理子は万事休すと天井を仰いだ。
「ふざけるな!この期に及んでおとぎ話でごまかす気か、小娘!」
バルドの怒鳴り声が部屋に響く。しかし、ギルベールは落ち着けっとばかりにバルドを制した。その病的な青い目を細めると、ゆっくりと懐に手を入れた。
「……なるほど。ならこれは、君たちの世界の品物かな?」
ギルベールが懐から取り出して掲げたのは、スマートフォンだった。電源は入っていないが、形からしてまず間違いない。
「あっ!それスマホ!なんでこんなとこ……に?!」
優華は好奇心のあまり近くでみようとするも、その前にバルドが後ろの首根っこをひっつかんだせいで前に進めなくなった。
いや、前に進めなくなっただけでない。バルドはそのまま力任せに引き寄せた。
ドスンっと言う音と共に優華は床に尻を強か打ち付ける。
ギルベール視点だと、当然のごとく優華の縞パンが丸見えとなり、彼は満足げに頷いた。
もっとも、それはラッキースケベが舞い降りたからではない。この世界では名称すらわからない未知の道具をみた優華の反応からして、二人が異世界から来た者だという確信を得られたからだ。
「ふむ……どうやらあの闇商人の言葉通りのようだね。つまり、君たちは、悪気もなく、偶然、あの場に来た、ということで理解していいかな?」
「は、はい!偶然です!事故なんです!」
真理子から『隠せ』の合図に応えるべく、優華は一度膝立ちしてスカートを整えてからの正座で訴えた。
「い、妹の言う通りです。私達は悪気があって侵入したわけでなく……」
真理子もギルベールに誠意をみせるべく、妹の隣で正座となって訴える。
そんな姉妹にギルベールはすっと目を細め、ゆっくりと首を振る。
「残念ながら、この一件は悪気がなかったで済まされる問題ではないのだよ。君たちは、見てはいけないものを見てしまった。悪気がなかったところで、その事実は変わらない。君たちの処分は、何も変わらない。それが、大人の世界というものだ」
ごめんで済んだら警察はいらない。
ギルベールの言い分はまさにこれである。
理不尽な法律を持ち出しての感情的で横暴な処分ではない。
私的な感情を一切通さない、理知的な理論によって下された処分。
どうあがいても覆らない『死の宣告』だ。
(予想とは違ったけど、もう私達が助かる道は脱獄一択しかないってわけね。でも……この油断も隙もないようなギルベールを出し抜いての脱出って出来るの?ほとんどムリゲーに近くない?)
リスクを考慮した結果、屋敷での脱出は辞めるべきっと真理子が考え直し始めた。その時だった。
乱暴にドアがノックされ、一人の執事が血相を変えて飛び込んできた。
「ギルベール様!ただいま、『銀の帳』より連絡が……至急のご要請です!」
少しの間の後、ギルベールの顔色が変わった。張り付いた笑顔が消え、苛立ちの色が浮かんだ……っと思いきや、すぐに落ち着き払った顔へと戻った。
「何事かね?見ての通り、今は取り込み中だ。それをわかった上での……報告なのかな?」
主人からの静かな怒りに執事は震え上がったが、執事は一歩も引かなかった。それほどの事態に陥っていたのだろう。
「し、しかし……あの『銀の帳』の名を出されましては、私どもでは……」
ギルベールは落ち着くために一度大きく息を吸って吐いてから、仕方ないとばかりに立ち上がって通達を読む。表面上だと落ち着いてるようでも、どこか余裕ないようにみえる。
「確かにこれは緊急事態だな。わかった、すぐに対処しよう。バルドよ、お前はここに残……いや、『銀の帳』との交渉には、お前も同席してもらった方がいいな。ならば……」
その証拠に、ギルベールはバルドに一度口にした命令を訂正するという……わかる者がみたらわかる異変。何者かの思考誘導を受けているかのような指示を出し始める。
本来なら全員がその事実に気付かないよう隠蔽を施されてるはずが、バルドだけは普段と違う雇い主の様子に小さな違和感を感じ取っていた。
「荒事への備えとして護衛は十人ほど連れて行こう。至急、馬車の準備もせよ。留守は、最低限の見張りだけで構わない。バルド、お前の部下は優秀なのだ。丸一日程度なら、居残り組でもなんとかしてくれるはずであろう?」
「……はぁ。ご主人様、俺とその部下を評価してくれるのは光栄なんですけど、いくらなんでも不用心すぎやしませんかね。このやりとり、小娘達もしっかり聞いてますぜ」
バルドが、目で正座中の姉妹を指す。
ギルベールはしばらく考えた後、ふっと笑った。
「こやつらの事なら心配ない、見たところはチートと呼ばれる不可思議な力もない小娘。何もできないだろう。それよりも、『銀の帳』の機嫌を損ねる方が、よほど我がブランシェール家の損失になる。
それにバルド、私は君を強く信頼しているのだよ。だからこそ、私のこの失態も取り返してくれると信じている。ただし、ある事情もある。なるべく穏便に済ませるようにっと付け加えさせてもらおう」
姉妹の事はバルドに任せ、ギルベールは執事を連れて足早に部屋を出ていった。
後に残されたバルドは、しばし沈黙していたが、やがて深い、深いため息をついた。
「まぁ、雇い主様の失態の尻ぬぐいも雇われの仕事の内。期待されてるなら、その期待に応えておかないと……な!」
バルドの灰色の目が、ギラリと姉妹を舐めるように見据えた。彼は優華の無邪気な笑顔の裏にある何かを、本能的に見抜いているようだ。
「いいか、お嬢ちゃんたち。聞いての通りだ。ここは手薄になる。だがな、余計な事をしようと思うなよ」
バルドはしゃがみ込み、優華と真理子、一人ひとりの目をじっくりと覗き込んだ。その冷たい目は、嘘や誤魔化しを決して許さないと語っている。
「せっかくだから教えてやる。本来ならお嬢ちゃんみたいな怪しい奴は拷問にかけるところなんだが、ある事情であのような優しい優しい尋問に留めなければならなかったんだ。
飯だってそう、囚人ならカビの生えたパンや腐ったスープを食わせるんだが、やはりある事情で下っ端よりも上等な飯が与えられてる。
そんな具合にお嬢ちゃんたちは丁寧な扱いを厳命されてるんだが……それでも、俺は必要と思えば、厳命を破る!俺はギルベール様に多大な恩義があるからな。例え咎を受けようとも、それでギルべール様の不利益を避けられるってなら、あえて咎を受けるのが俺の忠義!
もう一度言うぞ!俺達の留守中に脱走を企もうなんてしたら、厳命なんて知らんっとばかりに、とにかく拷問にかけてやる!いいな!」
優華はコクコクと素直に頷き、真理子は内心を悟られないようになんとか冷静さを保たせたまま一度だけ頷く。
バルドは再び姉妹の縄を掴むと、無理やり立たせて地下牢までの道を無言で歩かせた。その握力は骨が軋むほどで、彼の言葉が単なる脅しではないことを嫌でも理解させられる。
でも、そんな油断ない彼でもわざわざ黒幕的な存在を匂わせるような話を聞かせた。
脱走を企ててる事に気付いてる節はあっても、ナイフを隠し持ってる可能性には全く気付いてないかのごとく身体検査を行わない。
そのちぐはぐな対応が、どうにも不自然さを強く際立たせる。
地下牢の扉が開き、二人はまた中へと放り込まれた。バルドの足音が完全に消えるまで、三人は息を潜めていた。
結局拷問はされなかった……っと思った?
残念、ちゃんと拷問シーンは用意されてるよ(゜∀゜)o彡゜




