2.理不尽に抗え!――姉妹の絆と脱出の糸口(前)
タイトルだけみると、熱い展開が待ってるようにみえるけど……
地下牢の空気はひんやりと冷たく、壁の燭台のろうそくが揺らめく灯だけが周囲を頼りなく照らしていた。
優華は首をひねって自分の背中をみながら、指先で縄の結び目の様子を探っていた。ギチギチと縄の擦れる音が、静かな牢獄に小さく響く。
「お姉ちゃん、聞いてよ!この縛り方、改めて調べると本当にすごいよ!」
優華の声は弾んでいた。十一歳の少女が縛られて監禁されてるのに喜んでいるという、どう考えてもおかしな状況だ。
真理子は深いため息をついた。十四歳の姉は、能天気な妹と違って状況の深刻さを痛感している。彼女もまた後ろ手に縛られたまま、冷たい石の床に座り込んでいた。セミロングの黒髪が顔にかかり、切れ長の目は疲れ切っている。
「あんたね、何度でも言うけど自分の置かれてる状況わかってるの?」
「もちろん!本物の後ろ手縛りだよ!この縛り方は縄の通し方が絶妙で、もがけばもがくほど締まる仕組みになってるんだ!」
優華はキラキラした目で解説を始めた。
「まずね、背中に回された手首を一本の縄で縛ってるんだけど、その結び目が普通の結び方じゃないんだよ。ここをね、親指でこうやって探ると……ほら、二重に巻いてから固結びにしてあるでしょ?素人が適当に縛ったんじゃなくて、ちゃんと捕虜を逃がさないための技術が使われてるんだよ!」
真理子は呆れた顔で妹を見つめた。
「あんた、なんでそんなに詳しいのよ」
「ネットで勉強したからに決まってるじゃん!『縛りの美学』ってサイトにね、後ろ手縛りの構造が詳しく書いてあって、それで――」
「ちょっと待って、小学生が何みてるのよ!」
真理子のツッコミが牢獄に響いた。
その隣で、セーニャが困惑した表情で二人を見つめていた。淡い栗色の長い髪がほつれて顔にかかり、薄緑色の大きな瞳は泣き腫らしてまだ赤い。彼女は優華と真理子のやり取りに、どう反応していいのかわからない様子だった。
「あの……お二人は、どうしてそんなに……落ち着いていらっしゃるんです……?」
セーニャの声は震えていた。十二歳の新人メイドは、主人に秘密を知られた罰として縛られ、地下牢に放り込まれたのだ。最初の頃は恐怖で泣き叫んでいたのだから、普通なら同年代な二人も同じように恐怖で泣き叫んでいてもおかしくない。
そんな疑問に応えるべく、優華はにこっと笑った。
「セーニャ、あたしたちね、別の世界から来たんだよ!」
「……別の、世界……?」
セーニャの細い眉が困惑で寄せられる。
真理子はもう一度ため息をついた。
「あんた、いきなりそんなこと言っても伝わらないでしょ。……いい?順を追って説明するから」
真理子は後ろ手に縛られた不自由な身体ながらも、どうにかしてセーニャと正面から向き合った。
「私たちは日本っていう国から来たの。そこであなたが登場する小説を読んでて、気がついたらこの世界に飛ばされてたの。その小説のタイトルは『フォンティーヌの囚われ姫』。あなたはその主人公でヒロインなの」
セーニャは目を見開いた。
「わ、私が……小説の……?」
「そうなんだよ!信じられないかもしれないけど、本当なんだ!」
優華はどどーんと効果音を鳴り響かせるかのごとく胸を張る。縛られたままでも、その態度は無駄に偉そうである。
セーニャはしばらく呆然としていたが、ふと優華と真理子の服装に目をやった。
優華は少し大きめの白いパーカーに黒のミニスカート、真理子は黒をベースとした中学校の制服。どちらもこの世界では見かけない服装だ。
「……そう、だったんですね。だから、見慣れないお召し物を……それに、聞きなれない名前もそれだと納得が……」
セーニャは小さくうなずいた。涙で濡れたまつげが震えている。
「それでね、セーニャがこれからどうなるかも、あたし知ってるんだ!」
優華は無邪気に続けた。
「原作だとね、セーニャはあと三日くらいしたらここから別の場所に移されるの。でもってその移送先でもっとひどい目に合わされちゃうんだよね。で、助け出されるのは第十話、作中時間だと一年ぐらい先の話になっちゃうんだ」
セーニャの顔から血の気が引いていった。
「これよりもっとひどい目に……一年も?」
「優華、ちょっと言い方ってものがあるでしょ」
真理子が妹をたしなめたが、もう遅かった。
セーニャの大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。彼女は唇を震わせ、声を詰まらせた。
「そんな……なんとか、ならないの……?」
セーニャは後ろ手に縛られている手をぎゅっと握り、体を丸めて泣き出した。華奢な肩が震え、すすり泣く声が牢獄に響く。聞きたくなかった未来を聞いたせいで心が折れてしまった。
真理子はなんとか近づいて、肩を寄せる。
「大丈夫、大丈夫よ……優華が言ったのは原作での話。原作では一人だったけど、今は私達が居る。今ここに、味方が居るのよ」
「そうだよ!あたし達が絶対に助けてあげるから!」
優華の声は確信に満ちていた。自分も囚われの身だというのに、その言葉にはなぜか説得力があった。
セーニャは涙で濡れた顔を上げる。
「どうして……?優華さんは、どうしてそんなに……強いの……?」
「強いっていうか、面白そうだから!」
「ちょっと、慰める気あるの!?」
真理子がすかさずツッコミを入れるが、優華は気にせずニコニコしながら続けた。
「あのね、セーニャ。あたしはこの世界に来られてすごく嬉しいの。だって、本物の拘束だよ?本物の地下牢だよ?こんなの、あたしの世界だと簡単に体験できることじゃないんだから!
それに、セーニャを不憫な目に合わせる鬱展開を覆すってのも、物語の主人公っぽくてカッコイイじゃない!」
セーニャはぼんやりと優華を見つめた。涙はまだ止まらないが、その瞳に少しだけ光が戻ってきた。
「……優華さんは、変わってるのね」
「よく言われる!」
真理子は苦笑いしながら補足した。
「でもね、こいつの言ってること、あながち間違いじゃないのよ。私も最初はパニックだったけど、優華があんまりにもいつも通りだから、逆に落ち着いちゃったっていうか。こいつのいいところは、何事にも前向きで、自分でやるっと決めたらとことんまで突き詰めちゃうところなの」
その言葉には、姉としての長年の観察が込められていた。
セーニャは涙を振り払うように、強くうなずいた。
「……わかりました。こんな理不尽に、負けてなんかいられません。私、がんばります」
まだ声は震えているが、その言葉には芯が通っていた。
「そうこなくっちゃ!じゃあ、まずはこの縄をなんとかしよう!」
優華は再び自分の縄に意識を戻したのをみて、真理子とセーニャも自分達を戒めてる縄をどうにかしようとあがく事にした。
優華が自力での縄抜けに対し、真理子はセーニャの縄を解くためにっとお互い背中合わせとなる。
セーニャの後ろ手を縛っている縄の結び目をみつけてそれを解こうとするが、背中越しでは見え辛い上に縛られた両手では思うように力が入らないから結び目はびくともしない。
ならばっと噛みついて縄そのものを引き千切る荒業にでるも、千切れるどころか切れ目すら付かない程に頑丈なので断念。
自力どころか他者の手助けがあっても縄抜けが無理とわかったこの理不尽な拘束を前に、真理子は藁をもつかむ思いで優華に問いかける。
「優華。さっきからずっと黙ったままだけど、何か攻略の糸口でもみつけたの?」
「あのね、こうやって手首を内側にひねると、縄にわずかな隙間ができるんだよ。その隙間に指を差し込んで、摩擦を利用して少しずつ結び目をずらすの。これはね、『逆手抜き』っていう高等テクニックでね――」
優華はまた講釈を始めた。
真理子は今回呆れる事なく、真剣に聞いている。脱出のためには、妹のマニアックな知識が頼りだと理解したのだ。
セーニャも真理子に倣って優華の説明に耳を傾けている。
「――ってわけで、ちょっとやってみるね!」
優華は体をひねり、手首を器用に動かし始めた。普通の人間には不可能に思える動きだが、彼女は長年の「ごっこ遊び」で培った柔軟性と、ネットで仕入れた知識で、実際に縄を緩めようと試みていた。
ギチ、ギチギチ……
縄が軋む音が連続する。
「……すごいわ、少し緩んでる」
真理子が息を呑んだ。その声には希望が混ざっている。
「ほんとですか!?」
セーニャの声も弾んだ、その時だった。
優華の動きがピタリと止まった。
「……あのさ」
「どうしたの?」
「トイレに行きたい」
一瞬の沈黙。
「はあ!?今!?今それ言う!?」
真理子の絶叫が地下牢に響き渡った。
いろいろな意味で 大 ピ ン チ




