1.異世界転移でいきなり監禁!?――歓喜の妹と絶望の姉(後)
中世ファンタジー、通称ナーロッパの悪役貴族は、大体横暴なのがお約束
「そ、そんな……いくらなんでも横暴過ぎじゃない!」
“命があると思うな!”
バルドからの冷酷な宣言に真理子が抗議する。
だが、バルドの宣言には続きがあったようだ。彼は冷たい目を三人に向けたまま、さらに告げた。
「だがしかし、ギルベール様は特別に慈悲を与えられた。お前達は今この場で処分するのではなく、ある所へと生きたまま送られる事となった。
その移送は数日の内に手配が済む予定だ。そこでどんな目に合うかまでは知らんが、まぁ命だけは保証されている事は確か。
慈悲を下さったギルベール様に感謝しながら、ここで移送される日が来るのを待っておけ!」
「ところでさぁ。そのある所って、もっとすごい拘束具とかあるのかな?」
シリアスな空気をぶち壊すかのごとく発せられた、優華の突拍子のない質問。
あまりの予想外な問い返しにバルドが一瞬、ぽかんとした顔になる。
「……なんだ、その反応は?」
「だって、すごく気になるじゃん!ここの縛り方もすごい本格的だけど、そこではもっと違う縛り方とかあるのかなって!」
「あんた、なに敵と雑談しようとしてんのよ」
真理子が呆れ気味に優華を見るも、バルドはくくっと笑い始めた。
「面白い小娘だ。だが、その元気も移送の日まで持つかどうかだな。その時が来るまで、精々俺を楽しませてくれ」
優華の質問に気分を悪くするのではなく、意外にも気を良くしたバルド。用件はこれで終ったとばかりに来た道を戻っていく。
暗闇の中から聞こえる足音が遠ざかる。緊張が少し解けて、空気が和らいだ。
「……で、どうするの?まさか、このまま黙ってそのある所に送られるつもり?」
真理子がジト目で優華に聞いてくる。
「さすがに、それはないよ。向こうは詳細がとことんまでぼかされてたし、そんなとこで脱走を試みるより、勝手がわかってるブランシェール家の方が断然有利。この縛ってる縄も、手品の縄抜けをはじめとした、そうした技術を解説してるサイトを読み込んでるあたしに任せなさい。手始めに、ちょっとこの縄を詳しく調べてみるね!」
優華は背中に回されている手首を、ぐっと動かしてみた。縄の感触。結び目の硬さと位置。
指でそっと探り、何かに気付く。
「この縛り方、解くのは難しいけど、構造的にちょっとした遊びがありそう」
「遊びって?」
「動かし方によっては、時間をかければ緩められるかも。でも、その具体的な方法まではわかんない」
「やっぱり、そんな簡単にはいかないのね」
真理子ががっくりと肩を落としたので、優華が慌てて付け加える。
「いやいや、全く攻略法がないってわけじゃないよ。あたしのネットで得た知識と、お姉ちゃんとやってきたごっこ遊びの経験があれば、きっとなんとかなるって」
「……あんた、こんな時でもいつも通りに振舞えるのね」
「えへへ、そうかな?まあ、こんな状況でも楽しめるのはおかしいだろうけど、誰かを助けたいって思うのは、おかしくないはずでしょ」
「優華さん……真理子さん……」
セーニャが、涙で濡れた顔を上げて、姉妹を見る。
「ありがとう、ございます。もうどうにもならないって諦めてたのに……諦めなくていいんだって、思えました」
彼女の声はまだ震えてる。でも、その目にはさっきまでなかった光が、ほんの少しだけど灯っりはじめたようだ。
「まだ何もできてないけどね。でも、一緒に頑張ろう」
優華がそうはげますと、セーニャは小さく笑った。
壁の燭台のろうそくが、しんとした闇の中で揺らぐ。
影も揺れる。
冷たい空気に支配された薄暗い地下牢。
その中で本格的な後ろ手縛りを施されてしまった三人の少女。
でも、もう誰も泣いてなかった。
「さてと、改めてこれからどうしようかしら」
真理子が、真剣な顔で問いかける。
「まずはこの縄をなんとかする!あと、お腹もすいてきたし、なんか食べたい!」
「あんたね、そんなこと言ってる場合?」
「だって、私達って晩御飯を食べ損ねたんだよ!お腹すくと考える力も出ないよ!」
「ふふ……」
そんなやり取りをみたセーニャが、初めて声を出して笑った。
真理子も、仕方なさそうにため息をついたが、ちょっとだけ口元が緩んでる。
優華は思う。
今は絶対絶命な状況。
逃げ場のない地下牢に投獄された、後ろ手に縛られたままの、十一歳の小学生と十四歳の中学生。そして、十二歳の新人メイド。
現実ではありえない光景だ。
でも。
優華はさらに思う。
これは始まりなのだと
(まさか、あたしがヒーローに憧れる男の子のような冒険心を持っていたなんて驚いちゃったよ)
なにせ、ここは異世界。
現代日本からかけ離れた、中世ファンタジーを主とした異世界。
日常からかけ離れた世界に来たっという事実そのものにもワクワクしていた。
改めて、優華は状況を整理していく。
(まず、あたしたちは今、サツマ先生作の『フォンティーヌの囚われ姫』の世界。ファレーヌ王国の東部の辺境を治めるブランシェール家。五大貴族の一つであるブランシェール家に転移した。そして……転移早々に侵入者として扱われ、囚われの身となった)
ブランシェール家の闇に触れてしまった者。
不用意に秘密を知った者の命はない。
バルドはそう告げた。
誰がどう考えても絶体絶命である。
でも、優華には知識がある。チートこそないが、原作小説で得た知識がある。
それを駆使すれば、こんなピンチなんて簡単に覆せるという自信があった。
その自信故か……
「それにしても、初めての本格的な後ろ手縛り、すごく勉強になるよ!縄の締め付け具合も、結び目の位置も、これこそ完璧な後ろ手縛り!あとでちゃんとメモしとかなきゃ!」
絶体絶命な状況下であっても、本気で楽しいと思えてしまった。
そんな優華に真理子は再度呆れかえる。
「だから、なんであんたは、そう嬉しそうにしてるのよ……」
「優華さんって、不思議な方ですね」
「よく言われる!」
優華は、にこって笑った。
壁の燭台の灯りが、静かにゆらめいた。
夜は長い。
地下牢の闇の中で、幼い少女三人の長い夜が始まった。
優華は冷たい床に座り込みながら、縛られた手首をそっと動かしてみる。
縄が手首に食い込む痛みが、逆に現実感を与えてくれる。
痛くて、冷たくて、怖い。
でも、それ以上に……楽しみだった。
本物の緊縛を体験してるだけじゃない。
小説の世界に自分自身が登場人物の一人として、物語に加わる。
自身の行動で、物語が逐一変化していく。
変化した物語では何が待っているのか、
どのような結末を迎えるのか
そう考えると、胸がドキドキして興奮する。
(でも、今は物語うんぬんよりも、この本格的な後ろ手縛りを存分に堪能しないとね)
優華は後ろ手を縛っている縄をギチギチと鳴らしながら、小さく笑った。
ちなみにだが、世の中には目の前の危機や危険にあえて挑む酔狂な者がいる。
その歩く先が絶望しかなくとも、その足取りを止めない馬鹿がいる。
人々がそれを愚かと分かってなお、目を離すことなくその背を見続けてしまう。
そして……その背に勇気を見出し、後に続こうとする。
そんな酔狂で馬鹿で愚かな者を……人々はいつしかこう呼ぶようになった。
“勇者”っと……
なお、この小さな少女がこの先“勇者”と称えられるかだが……
少なくとも、歴史書に残る“勇者”としては称えられる事はないであろう。
勇者にはなれないけど、いろいろな意味で将来は大物になれそうな妹ちゃんである




