6.消える命の灯!――最期に妹がみたもの、それは……(前)
これでもかというぐらいの、不穏なタイトルになりました(笑)
朝の光が、ぼろぼろの廃小屋の壁の隙間から細く差し込んでいた。ほこりっぽい空気の中、セーニャは膝を抱えて座り込んでいた。淡い栗色の髪の隙間から覗かれる、薄緑色の瞳は泣き腫らして赤くなっていた。
彼女の手には、優華から預かったお守り。優華達の世界では幸運の象徴とされる四つ葉のクローバーの押し花が握りしめられていた。
「……返すって、約束したのに……」
声が震える。涙がぽたぽたと、お守りの上に落ちた。
あの夜、優華と真理子は自身のやんごとない血筋を証明する『鍵』を手に入れるために再度屋敷へと戻った。そして、『鍵』を手に入れた、その代償として……優華は捕まった。バルドに連れて行かれた。
(私の……私のせいで。私のそのやんごとない血筋のせいで、優華さんが……ならっ!)
セーニャは突然、立ち上がった。
「わ、私……今すぐ屋敷に戻ります! 私が……私が代わりに……」
小屋の出口へ駆け出そうとした細い体を、真理子の腕が遮った。
「やめなさい」
真理子の声は、普段よりもずっと低く、冷たかった。切れ長の目が、まっすぐにセーニャを見据えている。黒髪のセミロングはほつれ、中学の制服は泥とほこりで汚れきっていたが、その背筋はまっすぐ伸びていた。
「離してください! 私はやんごとない血筋なんですよね!そんな私にはギルベール様にとって価値があるはずです!私が全てを捧げると言えば、きっと……!」
「そんな甘い考え、通用すると思ってるの?」
真理子の一言が、セーニャの動きを止めた。
「いい、その『鍵』とあなたという存在は、王国を根本からひっくり返すほどのジョーカーなの。
下手したらブランシェール家という一貴族だけじゃない。王国全土をも巻き込んだ内乱にまで発展する事態に陥る、諸刃の剣ともいえるもの。
一時の感情で出せるような、軽々しい手札じゃないのよ」
「な、なら……あれです!例の秘密の通路を使って……」
「それも駄目よ。私が逃げる際にバルドの見てる前で秘密の通路に飛び込んだもの。すでに存在がバレたなら、もう秘密の通路でもない。
どうせ、出口には牢番のような男が待ち伏せしてて、そして……」
真理子はこの先をあえて言わなかった。言わずとも、末路が想像できた。
セーニャは唇を噛んだ。その小さな体が小刻みに震えている。
(真理子さんの言う通りだ。私の考えは浅さだった。でも……でも、このまま何もしないなんて……!)
真理子は、そんなセーニャの肩にそっと手を置いた。
「……大丈夫よ。ちゃんと方法はあるから」
セーニャが顔を上げる。
「方法……?」
「レジスタンス。ギルベールの悪事に対抗するために、この領地で秘密裏に組織されてる抵抗勢力よ。まぁ、小説通りだと、今はまだ小規模で、とても正面から戦える力はない……けど」
真理子は、こめかみを揉むしぐさをした。いつもの癖だ。
(……優華なら、ここで「でも、あたしの知識があればなんとかなるよ!」って、根拠なく笑うんだろうな)
あの底抜けに明るい妹の顔が、目に浮かぶ。
真理子は、ぎゅっと拳を握った。
「けど、別に打倒する必要はない。私の目的は優華救出。だから、陽動してもらうだけで十分。その協力を得られるような手札を……原作知識から探し当てる!
至急、レジスタンスから信用を得られる手札を――!」
セーニャの瞳に、かすかな光が灯った。
「……できるんですか?」
「やるのよ。優華を取り戻すためなら、恥でもプライドでも、なんでもかなぐり捨ててでもやってやるわ」
真理子の声は、決意に満ちていた。
「……真理子さん、あなたは……」
セーニャは、涙でぼやけた視界で真理子を見つめた。
「今すぐ妹さんを助けに行きたいはずなのに……こんなに冷静に、確実な方法を考えられるなんて。本当に、ぶれない人。強い人なんですね。優華さんがあなたを尊敬する気持ちが、少しわかりました」
真理子は苦笑いした。
「……強くないわよ。知っての通り、優華はしょっちゅう変な方向へと突っ走っていくから、私がしっかりと手綱を握って制御してやらないといけないだけ。本当に……いつもいつも私の気持ちも知らず……勝手に……勝手に……」
声が、少し震える、その時。
ドン、ドン、ドン。
小屋の扉が、外から叩かれた。
セーニャはびくっと肩を震わせた。
「ひっ……!」
真理子は即座に、指を口元に当てた。セーニャを物陰に押し込むと、自分はそっと壁際に寄り、扉の隙間から外をのぞく。
心臓が、うるさいくらいに鳴っているのを感じる。
(追手? もう見つかったの?ここは誰にも知られてないはずなのに)
手のひらに汗が滲む。息を殺して、扉を叩く人物を確認した瞬間――
真理子の思考が、真っ白になった。
(えっ?)
扉の外に立っていたのは、白髪交じりの髪を短く刈り込んだ、大柄な老人だった。
年齢は六十代半ばといったところか。顔には深い皺が刻まれ、武骨な体つきは長年の戦いで鍛え上げられた者のそれだ。
そんな老人の姿には、見覚えがあった。主要人物で衣装も作ったから間違いなかった。
(な、なんであの人がここに!?)
小説『フォンティーヌの囚われ姫』の終盤――その強さ故に策でもって直接対決を避け続けて来たが、最終局面ではついに直接対決を余儀なくされた最強の強敵。セーニャ陣営をたった一人で蹂躙した男、各地の戦場で数々の伝説を生み出した最強の傭兵。バルド・クレンヌ。
そんな最強を『貴様は強い。本来ならワシをも断ち切る牙を持っていたであろう。じゃが、今の貴様は飼い犬。飼い慣らされ、弱者しか相手にしなかったせいで、戦場で磨き上げてきた牙が見る影もなくなった飼い犬……非情に残念だ』っという台詞と共に真正面から引導を渡した男。
10年前にフォンティーヌ王家の血筋が途絶え、その開いた王の座に着いたのが、当時の五大貴族筆頭であったファレーヌ家。ファレーヌ家が新たな王家の血筋となった事を証明するために『フォンティーヌ王国』は『ファレーヌ王国』と国名を改名されたのだ。
その全てがフォレーヌ家の陰謀である事に気付きながらも、ただただ一部始終を見届けるだけしか出来ず、失意の元で表舞台から姿を消した男。
本来なら、この段階では現れない……存在こそ匂わせても、影も形もみせないからセーニャ陣営ではすでに死んだ者扱いされてた者。
そして、最終決戦でようやっと現れて参戦してくれる最強の助っ人。
元フォンティーヌ王国親衛隊長、オレグ・ヴァシリエフだった。
ご都合主義満載な超展開その1である。




